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№13 『箱』

 ……結果として、小生たちは間に合った。


 そこに至るまでには、ことりちゃんの航空管制塔ハッキングやら小生の車内放尿やおまわりの検問突破やら、山ほどいろいろあったのだけれど、この際だから割愛しよう。


 とにかく、ぎりぎりで間に合った。


 ことりちゃんの手によって混乱している空港に、ちょいと忍び込むのは案外簡単だった。


 想像以上にだだっ広い滑走路まで行くことはなく、出発前の航空機が並んで待機している列に向かう。


 飛行機というものは、地上から見ていると小さく見えるものだけれど、実際に近くで見るととんでもなく巨大だ。それらが収まっている空港なんてもの、東京ドーム何個分かわかったものじゃない。


 しかし、いちじくちゃんは年相応に飛行機にはしゃぐこともなく、ぶつぶつと貨物列車のナンバーを口ずさみながら、ことりちゃんが教えてくれた便の飛行機へ一直線だ。


 さいわいにもタラップはかけられたままで、クルーらしき人間もそんなにいない。


 貨物便だからこそ、こんなに手薄で、なおかつセキュリティもゆるいボロ飛行機なのだろう。ありがたや。


 数少ない乗務員たちの目を盗みながら、小生たちは格納庫までこそこそと進んだ。


 そして、重く分厚い鉄の扉を押し開けると、暗闇の中にはたくさんのコンテナが積み込まれていた。手のひらサイズだったらブロック遊びができるだろう。けど、コンテナはひとつひとつが小屋くらいの大きさだった。


 その中から、いちじくちゃんは目的の貨物を探り当てる。パプアニューギニアなんて僻地に行くのだ、そう探し回るほどの数ではない。すぐに見つかった。


 鉄道会社の名前が書いてあるコンテナの番号は、たしかに駅で運行表に書いてあったそれと一致している。


 ……しかしながら。


「……これ、どうやって開けるの……?」


 コンテナの開け方なんて、大学ではもちろん、海斗先輩の『課外授業』でも教わらなかったぞ。


 それくらい想定外の事態に、小生は途方にくれて巨大なコンテナを見上げた。


 だが、ここで立ち止まるいちじくちゃんではない。


 いちじくちゃんはまっすぐに格納庫の壁へと歩いていくと、そこに吊り下がっていたエマージェンシーハンマーを引っ張った。いちじくちゃんのちからでは取れないらしく、小生に視線で持ち上げろと指示する。


 ……ワガママなら、もうちょっとかわいいやつがよかったな。


 遠い目をしてから、小生はいちじくちゃんの意図を理解し、覚悟を決めて壁面のハンマーを引っこ抜いた。かなりの重さで、先端はハンマーと斧になっている。これはいちじくちゃんどころか、小生にだって扱えるかどうかわからない。


 だけど、やるっきゃないのだ。


 ずるずるとハンマーを引きずりながら、小生はぐるりとコンテナの周りをまわった。すると、天井の蓋以外にも、人間が入り込めるくらいの扉がついているのを見つける。


 錆び付いた頑丈そうな錠前は、これからぶっ壊される運命にあるのだ。


「……いくよ」


 大きく深呼吸をしてから、小生はよたよたと必死でハンマーを振りかぶった。


 そして、遠心力を借りてなんとか振り抜く。


 がぎん!と斧のやいばと錠前の金属がぶつかる音がして、火花が散った。ほんの少し、錠前がゆがむ。


 もう一回。


 額に汗を感じながらハンマーを振るうと、ひどい音と共に錠前がはっきりと変形した。


 あと一撃。


 これで最後だと、渾身のちからを込めてハンマーをなぎ払う。がぁん!!と砕け散った錠前が格納庫の床にばら撒かれ、これで小生たちを阻むものはなにもなくなった。


 息を乱して顎の汗をぬぐい、小生はエマージェンシーハンマーをその場に投げ捨てて、かんぬきに手をかける。


 錆び付いた鉄の扉を、ちからの限り引っ張って開ける。


 ぎい、ときしみを上げながら、薄暗がりの中でコンテナの封印は解かれた。


 海斗先輩の死体を囲っていた『箱』の鍵は、今破られた。


 久しぶりに外の世界と繋がったコンテナの内部からは、鉄とスパイスとカビのにおいといっしょに、生ぐさい空気が流れてきた。


 たしかに、ここに『ある』のだ。


 いちじくちゃんが先んじてコンテナの中に入って、麻袋の山をよじ登る。


 大きいと言っても、中に入ってしまえば小屋くらいの広さだ。『それ』はすぐに見つかった。


 ……隠す気がないのが、はっきりわかる。


 他の荷物と同じように、『それ』は無造作に転がっていた。


 ……いや、『それ』なんて他人行儀な呼び方はやめて、現実を直視しよう。


 たしかに、海斗先輩の死体だ。


 死んでいる海斗先輩なんて当然見るのは初めてなんだけど、確信できる。見間違えようがない。


 小生がよく知っている顔は、うっすらと目と口を開けた状態で血まみれになっていた。喉元には第三の目のようにぱっくりと大穴があいていて、予想通り包丁で刺し貫いたものだろう。脊椎まで貫通している。


 そこから飛び散った血は、着っぱなしになっているパジャマも染め上げていた。赤黒く乾いた血痕が足元まで続いている。


 コンテナの壁にもたれ掛かるようにして四肢を放り出し、茫洋としたような表情で、海斗先輩は死んでいた。


 そこにはなんの作為もない。純然たる『死』が転がっている。『殺害』『喪失』『結末』と言い換えてもいいかもしれない。


 ……ショックを受けなかった、と言えばウソになる。


 だけど、衝撃を受けるべきは小生ではなくいちじくちゃんだ。


 そのいちじくちゃんは、ショックなんて微塵も感じさせない様子で、あれこれと死体を検分している。


 だったら、小生もそれにならうべきだ。


 首の正面の大きな穴と、後頭部側の小さい穴とを指でたどり、いちじくちゃんはかすかにうなずいた。


「……包丁といっしょの大きさの傷」


「見たところ、即死だったろうね」


「首の骨まで貫通してるから、即死に決まってる。やっぱり、ママはパパを苦しめたくなかった。それに、本当にここにあったってことは、長い間『かくれんぼ』しなくていいように、ってこと」


 そんなに気遣いのできる殺人者、他にいるだろうか?


 なんだか、気を使う方向性が大いに間違っているような気がするのは小生だけだろうか?


 ……そもそも、『どうして』という殺害動機だけは、まだまったくわかっていない。


 ここまで丁重に死体を扱うような奥さんは、そもそもなぜ夫である海斗先輩を殺したのだろう。


 さすがのいちじくちゃんも、そこまでは思考のトレースが及ばない。


 まだ子供のいちじくちゃんには、隠されている部分が大きすぎるからだ。


 そして、同じく部外者である小生にも、事情は汲み取れない。


 ……ともかく、だ。


 死体は無事に見つかった。


 海斗先輩は、たしかに死んだ。


 ここに来るまでずっともやもやしていた胸の内が、やっとすっきりしたような心地になった。


 不謹慎だと笑わば笑え。


 それでも、生きているか死んでいるかわからない、『観測』されていない状態の先輩なんて、不安の種でしかなかった。


 『呪い』に支配されたものの、それは滑稽な習性の一種だ。きっと、海斗先輩本人だってそうだったろう。


 ……小生は、明確に『ほっとした』のだ。


 やっと、先輩の『死』が『観測』できたことに。


 いわば、海斗先輩はここでようやく、『死に切る』ことができたのだ。


 霊魂だ成仏だ天国だ地獄だなんてものは、小生たちにはまだ『観測』できていない領域。


 だからこそ、不安と同時に希望を抱いてしまう。


 あるかもしれないし、ないかもしれない。


 願わくば、なんておこがましくて言えないけど、もしも海斗先輩の意識体のようなものが死後も連続していたとしたら、きっと見つけてもらえたことに関して、小生と同じく『ほっとした』ことだろう。


 『シュレディンガーの猫』だった海斗先輩は、今こうして、やっと『死』を『観測』され、その存在の抹消を確認されたのだった。

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― 新着の感想 ―
そうか。そうだよね。 今までの依頼者もそうだった。 認めたくないけど認めたい。いつまでも終わらないから。
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