№12 ここではないどこか
近くのコインパーキングにカーシェアの車を停めると、いちじくちゃんは勝手に助手席のドアを開けて駅舎へとずんずん歩いていった。
小さな身長にしては歩くのがやたら速くて、運転席から飛び出した小生も慌ててその後を追う。
細い路地を真っ直ぐに歩けば、駅舎はすぐそこだった。地方都市にありがちな、古さびれた哀愁漂う劣化コンクリート製。点字ブロックが剥がれかかっているのがまたものさみしい。
「切符、買って」
券売機の前で、オネダリと言うにはあんまりな命令口調でいちじくちゃんが指をさす。
駆け出し配信者には電車代もけっこうバカにならないんだけれど、事件解決のためだ。
小生はばりばりとマジックテープの財布を開くと、
「どこまでの切符?」
「ここまで」
「ここまで、って……入場券を買えばいいのかな?」
「うん」
さすがに、死体を棄てた時間帯には最終電車も過ぎ去ってしまっただろう。電車が動いていない間に、駅の中に棄てた?
……それはない。そうすることのメリットがまったくないからだ。たしかに、駅員さんは朝になったらホームに立つだろうけど、それまでだってベンチで寝こけている酔っぱらいを起こしたり、侵入してきたホームがレスのひとを追い出したりと忙しいはず。
基本的に、これくらいの規模の駅になると、いかに古さびれているとはいえ、なにがしかの形で駅員さんは常駐している。ちょっと忍び込むくらいならわけないけど、がっつり死体を棄てておくには適さない。
そもそも、奥さんが自殺したのはいちじくちゃんが学校に行っている昼間のはず。いちじくちゃん本人の証言があるので、これは確定事項として動かせない。
駅舎に棄てたのでは、確実に朝のうちに見つかってしまう。自殺が間に合わない。
だとしたら、奥さんはなんのために深夜の駅に死体を担いでやって来たのだろうか?
入場券を二枚買って、その片方を渡すと、いちじくちゃんはそのまま自動改札機をくぐっていった。
その後に続いて改札を抜けると、いちじくちゃんは歩きながら小生にかいつまんだ説明をしてくれた。
「……ここに来るまでに、ガソリンスタンドたくさんあった」
「たしか、九軒だったね」
「うん。けど、ママはそのどれも選ばなかった。わざわざ反対側の道まで行って、十軒目のお店でガソリン入れた。この駅の前でぐるっと回ってからじゃないと、入れない。ってことは、絶対にこの駅に用事があった」
「その用事を済ませてから給油したってことか」
「そう。それに、おじさんが話してくれた走った距離は、ちょうどこの駅くらいまで。これより遠くへ行ったってことはないと思う」
あくまでも美しく整ったロジックだった。つくづく、こんな幼い女の子の考えることとは思えない。
駅のホームへ続く階段を下りながら、いちじくちゃんは続けた。
「決まった時間に、絶対に見つかる。けど、その時間までは絶対に見つからない。見つかるとしても、どこか遠くの場所で。時間は夜中。普通の電車はもう来ない。だったら、『普通じゃない』電車は?」
「……貨物列車か……!」
察しの悪い小生にもようやく理解できた。
そして、その鮮やかな推理に思わず手を打ってしまった。
たしかに、貨物列車ならすべての条件を充分に満たしてくれる。
終電が行ったあとの駅に立ち寄った理由。時間まで絶対に見つからないけど時間になったら必ず見つかる、それも、どこか遠い場所で。
貨物列車なら、コンテナを積んでいる。一旦死体をそこに突っ込んでしまえば、自動的に死体は遠くへと運ばれる。
輸送中のコンテナなんて、よっぽどのことがない限り開けないだろう。死体はそのまま別の場所へと運ばれていき、荷降ろしがされる瞬間にやっとはっきりと見つかる。
コンテナの運行状況さえ把握していれば、いつどこで見つかるかはおおよその予測がつくだろう。そして、コンテナは最終的にすべて開かれる。死体なんて乗っていれば必ず見つかるはずだ。
自殺を完遂するまで、絶対に見つからない。
けど、時間が来たら絶対に見つかる。
ここから離れた、どこか遠くで。
……駅前のガソリンスタンドのレシート一枚っきりから、いちじくちゃんは見事に奥さんの思考をトレースして見せた。
これなら、すべてに合点が行く。
説明がついてしまうのだ。
揺るぎないロジック、いちいじくちゃんの思考のトレースとは、そういった推理法だった。
小生が唖然としているうちに、いちじくちゃんはホームの端っこまで歩いていって、柱にかかっていたクリップボードを背伸びで手に取った。
「……それ……貨物列車の運行表……?」
「駅のお仕事体験、したことある。夜中も駅員さん働いてるって。おじさんも見習って」
「おじさんじゃなくて、お兄さんね。あと、小生選択的ニートだから。働けないんじゃなくて働かないだけだから」
「ダメなおじさんは、だいたいそういう言い訳するって、ママ言ってた」
……海斗先輩は、一体どれだけ悪し様に小生の近況を奥さんに話していたのだろうか。あの先輩のことだから、さぞかし面白おかしく話を盛ったのだろう。タチが悪い。
しかし、もう死体になってしまったのだから、文句のひとつも言えやしない。
いちじくちゃんは運行表をぱらぱらとめくって、今朝の貨物列車のコンテナの情報を小生に告げた。
「……これ、何時にどこに行くのか、わかる?」
「小生にはわからないけど、あいにくこっちには最強のブレーンがいるんでね。いちじくちゃんよりも小さいけど」
いちじくちゃんから教えてもらったコンテナの情報を携帯に入力すると、早速家にいることりちゃんにメールを送信する。この時間、起きてくれていればいいんだけど。
さいわいなことに、少し待ったあとにメールが返ってきた。すぐに調べてくれるとは、うちの五歳児はなんて健気ないい子なんだろうか。
「……ええと、なになに……?」
僻地の山奥になんて行かれていたらたまったものじゃない。最悪の場合、北海道まで飛ばなければならないのだ。
……しかし、そこに記されていたのは、想像の遥か上を行く回答だった。
「…………パプアニューギニア!?」
すっとんきょうな悲鳴を上げてしまう。
しまった、そういうルートもあるのか。あろうことか、コンテナは海外便だったらしい。しかも、赤道直下の異国の地だ。
「冗談じゃない!!」
焦って歯噛みしながら、小生は追加情報を待った。
それによると、どうやら航空便で今夜日本を出立する予定らしい。税関手続きなんかもあるだろうから、今まさに空港に到着しているころだろう。
……間に合うか……!?
いや、間に合わなければならない。
なんとしてでも。
小生はいちじくちゃんの腕を取ると、引きずるようにして早足になった。
「……おじさ、」
「お兄さん!」
今は一分一秒も惜しい。そのまま改札機を乗り越えると、小生はもはや駆け足でコインパーキングへと急いでいた。
精算機に適当に札を突っ込んで、お釣りも受け取らずに車に乗り込むと、いちじくちゃんが助手席のドアを閉めると同時にエンジンをかける。
もう、安全運転がどうのこうのと言っていられる状況ではない。
おまわりにスピード違反で目をつけられようとも、そのまま高速をぶっちぎってやる。
律儀にシートベルトを付けるいちじくちゃんに向かって、小生は吠えるように告げた。
「成田まで飛ばすよ! しっかりつかまっててね!」
「……わかった」
ぎゅ、とシートベルトを握りしめるいちじくちゃん。
小生はと言えばロクにシートベルトを装着することもなく、勢いよく車を発進させる。この際だ、何人かはねてしまっても、小生が頭でフロントガラスをぶち破ろうとも、構うものか。
コインパーキングを飛び出して、一路高速道路へと突き進む。
間に合え、間に合えと、呪文のように胸中で繰り返しながら、小生はありったけのちからでアクセルを踏みしめるのだった。




