№11 かくれんぼ恐怖症
それから、小生たちはしばしの間ドライブと洒落こんだ。殺人者とその被害者が乗っていた車で、だけど。
乾いた血まみれのシートで窓の外を眺めながら、いちじくちゃんは機嫌が良いわけでも悪いわけでもなさそうに、ただぼんやりとしていた。
……とても、父親を殺した母親が自殺しているところを目撃した直後には見えない。
沈黙にいたたまれなくなって、小生は慎重にハンドルを握りながらいちじくちゃんに話しかけた。
「考えごとかい?」
それとなく尋ねてみると、いちじくちゃんはその問いかけを無視した。
……小学生女児に無視されることが、こんなにもむなしいものとは思わなかった。
あきらめかけていたところへ、いちじくちゃんはようやく返答らしき返答をした。
「……数を数えてる」
「数?」
「うん。このへん、ガソリンスタンドたくさんあると思って、いくつあるのか数えてた」
「で、これまでいくつあったんだい?」
「八個」
そんなにあったのか。
おそらくは、個人商店のような小さい店まで数え上げたのだろう。そういうところは異様に目ざとい子だから。
「今ので、九個目」
駅へと向かう幹線道路、もうすぐ終点にたどり着くのを目前にして通り過ぎたガソリンスタンドを指さして、いちじくちゃんがカウントする。
「けど、レシートに書いてあったの、あそこじゃない」
「他に駅前のガソリンスタンドがあるのかい?」
「あっち側の道にある」
中央分離帯を挟んで反対側だ。あそこにたどりつくまでには、一旦駅前のロータリーでUターンしなければならない。
バスやタクシーと並んでゆっくり走って、駅前の信号を曲がる。
そうやって向かったのは、反対車線のガソリンスタンドだった。レシートに書いてある店はここらしい。
二十四時間営業のセルフスタンドに車を停めて、ようやく目的地だ。
小生は車のエンジンを停止させると、給油をするでもなくのっそりハンドルに体重を預けて、
「……店員は、見ていないだろうね」
「たぶん」
「防犯カメラの映像なんて見せてもらえないだろうし……どうしよっか?」
ここまで来て無駄骨か。
オドメーターを見るに、ここら辺まで来るのが限界だっただろう。だとしたら、死体は駅前付近に棄てられたということになる。
しかし、駅前だけあってひとが多い。こんなところに死体なんて落ちていたら、すぐさまおまわりさんが飛んでくることだろう。
いまだに事件になっていない。そうなると、ひとびとの盲点となるような場所に棄てられているはずだ。
繁華街の路地裏か、どこかの廃ビルや建設中のビルなんてどうだろう。
……いやいや。いくら路地裏といえど、繁華街ならばどうしてもこんな時間まで見つからないのはおかしいし、見たところ適当な廃ビルも建設中のビルもない。
だとしたら……
「……パパは、ひとりでいるの、いやがってた」
ぽつり、急に取り留めもないことを語り出すいちじくちゃん。
「おばけこわいの、って聞いたら、ある意味そうかもね、って言ってた。できるだけひとりにならないようにしてた。ママもそれがわかってたから、いつもそばにいた。見張ってるみたいだったけど」
……海斗先輩もまた、『観測』の『呪い』にとらわれていた。小生ほどでないにしろ、ひとりぼっちになること、『観測』されていない状態になることをおそれていた。
だから、奥さんは事情を知った上で、海斗先輩が狂ってしまわないように『見張って』いたのだろう。隣でずっと、『観測』してくれていた。
それがひとつの夫婦のアイノカタチとやらならば、それもまたそうなのだろう。呪われたものと、繋ぎ止めるもの。デコとボコ、破れ鍋に綴じ蓋、鍵と鍵穴。手袋のように両方そろっていないと機能しないものたち。
「一回、パパとかくれんぼしようって言ったことある。そうしたら、パパ、真っ青になってた。それ以上なにも聞かなかったけど、パパはきっと、隠れるのこわいんだと思った。そのままずっと見つからないでいるのがこわいんだって」
永遠に終わらないかくれんぼなんて、小生たちにしてみれば地獄のようなものだ。だれにも見つけてもらえない。そこにいることを、自分しか知らない。つまりは、みずからの自我でしか存在を立証できないのだ。
教授が遺した『呪い』とは、そういうたぐいのものだ。
小生がそんな風に物思いに耽っていると、いちじくちゃんはさらに取り留めもなくつらつらと語る。
「これはかくれんぼじゃない。ママは、パパがこわがるのも『かわいそう』って言ってたから。かくれんぼだったら、もっと上手に隠すと思う。けど、ママはパパのこと、そんなに隠しておかない。たぶんだけど、いつかは見つかるところに棄てたと思う」
「……自分の手で殺しておいて、かい?」
言ってしまってから、しまった、と内心舌打ちする。
……それは絶対に、いちじくちゃんには言ってはいけない言葉だ。わざわざ現実というクソを両手いっぱいに抱えてぶちまけるようなものだから。
けど、いちじくちゃんはその現実を真っ向から受け止めて、軽くうなずいた。
「ママは、パパを殺した。けど、きらいだから殺したわけじゃない。どうしてもそうしなきゃいけない理由があったから、殺した」
「……理由ってなんだか、いちじくちゃんにはわかってるの?」
「しらない。けど、きらいならあんな殺し方しないと思う」
「どういう意味?」
「きらいだったら、もっとからだじゅうぐさぐさに刺してた。もっともっと、苦しめて殺してた。ちょっとずつ首を絞めてたかもしれない。でも、ママはそうしなかった。パパができるだけ苦しくないように、一瞬で殺した。パパが寝てる間に」
……言われてみればそうだ。
相手を即死させるような殺害方法には、殺意はあっても害意がない。苦痛を与えて殺すなら、他にやり方はいくらでもあっただろう。
でも、奥さんは一撃で海斗先輩のいのちを奪った。しかも、眠っていて意識がない内に。
抵抗されないように、というのもあっただろう。
とはいえ、そこにあったのは紛れもなく、『いかに安らかに殺すか』だ。
奥さんは、海斗先輩を憎んでいたわけではない。
いちじくちゃんは、感情論ではなく、またしても理詰めでそれを立証して見せた。
やっぱり、母親をかばってというつもりではないらしい。
いちじくちゃんは、あくまでも真実を探求している。
父親の死体を、探し求めているのだ。
……どうにも、愛するパパをちゃんとお墓に入れてあげるために、というわけでもないようだ。
まるで、『死』を目視するために探しているみたいだった。本来なら形を持たないはずの『死』を。
『死』の輪郭をなぞるように、いちじくちゃんは真実が隠された暗闇の薄皮を一枚一枚剥いでいく。
……果たして、その先でたどりつく『死』を前に、いちじくちゃんはどんな反応を見せるのだろうか。
泣くのだろうか、怒るのだろうか、それとも笑うのだろうか。
いずれにせよ、小生の想定の斜め上を行くようなリアクションをするに違いない。
なにせ、いちじくちゃんは『モンスター』だ。
「……ママは、自分が死んで私が見つけるまでの間だけ、パパの死体が見つからないようにしたかった。時間が来たら見つかるように、そのときがはっきりわかるような隠し場所。けど、それまでは絶対に見つからない場所」
……そんな都合のいい隠し場所なんてあるのだろうか。
時限爆弾じゃあるまいに、いついつになったら必ず見つかるけど、それまでは絶対に見つからない。そんなの、あるはずが……
「……いっこ、思いついた」
いちじくちゃんはそう言うと、急かすようにグローブボックスを蹴った。
「こら、はしたないよ」
「駅の中、入れる?」
「どこかに車を停めてからね」
そりゃあ、駅なんだから入れて当たり前だろう。まさか、駅の中に隠してあるなんて言い出さないだろうな?
そんなことを考えながら、小生はどこか適当なパーキングを探しに車を発進させるのだった。




