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これは、とある子どもの話だった。
「リーズ!」一人の男は廊下に歩き、不機嫌な様子で名前を呼んでいた。
男は今教会の廊下、また教会院とも呼ばれるところにいる。
教会院、世間では遺児の収容施設だという認識が一般的である。だが、教会の人と繋がりを持っていれば、あるいは、教会の人員になれば、こういう認識はとても浅はかとしか言いようがない。
「リーズ!」男はもう一度呼んでいた。
一つの廊下を通り抜けて、また次の廊下に渡る。早歩きの足音は本人が焦っているという気持ちが伝わっている。
リーズと呼ばれた子どもは教会院の子、いわゆる、教会に引き取られた遺児である。経済や家庭環境の問題で捨てられた子どもが多くにいる。リーズもその中の一人だ。
「リーズ!」男はさらに名前を呼んでみた。ずっと返事が返ってこないため、男は怒り心中のあまり、諦めようとした。
怒っている男はリーズにどうしたものかと考えつつ、踵を返そうとした時、まさに三度目の正直。男は子どもの声が聞こえた。
「はーい!」声のトーンからして、子どもは慌てている。それに、気付けられないとまずいと思うであろう。声の主は慌てていながら、「はいはい!」と声を上げ続けている。
声が段々と近づきにつれて、足音も聞こえてくる。
やっと返事が聞こえたから、男は踵を返そうとした時、動きを止めた。足を止めたが、怒っている様子は解消していなかった。
男は腕を組んで、声の主を待っていた。
しばらくして、一人の子どもは水に浸っているしわしわの服で、とても狼狽した様子で男の前に現れた。両手に抱えている竹ざるも色んな服を積み上げて、子ども一人にしては持てそうにない量だった。
「はい!ロブ神官長、リーズです。ここにいます!」子どものリーズは恐る恐るの様子で目の前の男に言った。
この様子を見て、ロブと呼ばれた男は元々怒っている気持ちが若干沈んでいた。
「……なんだ、その様子は?あと、その洗濯物は多くないのか?」
「あ、ええと……こ、これは、その……転んだだけで……あと、洗濯物は、自分が、干したい、から……」リーズは俯いて、どもる口調で言った。
「本当か?」
「は、はい……」
「ならそれ、そのまま放っておいてもいいだろう?持ってくるのがおかしいだろう?」ロブはリーズが持っている竹ざるに指差して言った。
「あ、よ、汚れるのが、怖くて……」
「汚れる?別に今日の風は強くないだろう。」
「あ、ええと……」と、リーズはこれを言い終えて、何も言えないまま黙った。
リーズが黙ったことにロブは不機嫌な感じにチッと舌打ちをした。
「……まあいい。結構だ。それより、大事なことを伝えに来たんだ。」
「あ、はい!ロブ神官長。」リーズはまず竹ざるを下ろして、跪く。両手を交差し、胸にしまう。これは教会の礼儀作法、女の子の敬礼だ。大事なことを伝える時、このようにしなければいけない。
うやうやしく頭を下げている動きを見て、ロブは一瞬竹ざるの方を見ていた。だが、リーズの視線が自分に向けてくると、ロブは間もなく自分の姿勢を正して、咳払いをした。
「洗礼式の日付が決まった。三日後だ。」
リーズは静かに聞いている。
「それでは、この三日間、三つの掟を聞かせてくれ。覚えているだろう?」
「あ、はい。三つの掟は――」
一、常に身を清らかにし、五葷抜き。
二、常にこん棒術を精進し、人助け。
三、よく規律を身につくべし、自愛の元。
「――この三つの掟はおおもとに、自潔、自律、自愛という原則で作られています。」
「うん。よろしい。では、この三つの原則はどういう解釈があるのか、説明してくれ。」
まるで小テストみたいに詰められているが、リーズは慌ててなく、説明し始める。
「身を清らかにするのは、水に感謝し、神に感謝するためです。水があるからこそ、生物はやっと清潔となる。自然への意を込めて、身を清らかにする。そして、五葷はあくまで序の口。」
「それでは、五葷というのは?」
「五葷とは、草食にしても食べてはいけない植物。それぞれは――ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、アサツキ。これらは思想と情を乱し、欲望が湧かすもの。欲望は満たされない。満たされない欲望は人を狂わせる。やがて害をなす。五葷抜きは、それらの雑念を払うためであります。」
「うん。よろしい。では次、二の部分。」
「人は、身につけることによって集中し、規律ができる。学ぶことによって、善が始まる。そして、人を助けることから、まだ自律を学ぶ。ある人が言う、“善は急げ、悪は延べよ”。この言葉はまさにそのものです。」
「よく言った。では、最後は?」
「人は、自分を愛すべし……ええと、規律ができると、人は善ができる。その善は人達だけでなく、自分にも与えるべし……人への慈愛には、中には自愛も必要……です。」
「うん。どれもわかっているんだな。」
「はい。ロブ神官長。」リーズは俯いたまま言った。
「……君に期待しているんだぞ。この試練がうまくできれば、君は見習い神官になれる。君が大好きな音楽もできるんだ。」
「わ、わかります。ロブ神官長。」
「ふん……精々掟を破らないように。」
「は、はい……」
ロブは離れた。
リーズは俯いたままだった。
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血の海。
いいえ、正確には誰も血が流れていない。しかし、誰も横たわっていたままだった。
呼吸もなく、静かに横たわる。死んでいるのだ。
「ガッガガガガガ――」と一人の歪な叫び声が途中で途切れて、静まりに返った。
教会院の室内に一人の子ども――リーズは片隅に縮まって、震えている。
ジュるるる……彼女は恐怖のあまり、「何か」が出た。
「あーははははは!なーんだ……結局こいつも大したものじゃないじゃん。ここのやつら……つまんねえな。」
狂っている男……いいえ、正確には、形容しがたい存在だった。あの存在は一体何なのか、リーズには言葉が見つからない。
男らしい狂っている人型のもの、黒い気味悪い存在、あるいは純粋な悪意……少なくとも、リーズにはそう見えている。
「……おっと、あと一人がいたんだっけ。」その存在は自分のことに気付いた。
「ぁ……」叫び声すらできないリーズは、動こうとした。逃げる隙はすでになくなったが、逃げようと思った。
でも、
「脳よ精神よ!我に従え!」あの存在が「魔法」で止めた。
「あ!」
リーズは逃げられない。足が自ら止めた。恐怖でも何でもない。「自ら」だ。
精神魔法……これは、リーズが最後に思えることだった。彼女は後に――
「うーん……ま、ざこだな。適当に済ましとこうか……とりあえず――」
“死んでくれ。”
――死んでいた。




