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「……だとしても、一番軽傷である私が血をあげたほうがいいだろう。」と井上凜が頭を下げたまま言っている。まるで言い訳を探している子供みたいに。
「それを否定するつもりはない。だから、私は兄さんがあげるなら自分も上げると言った。だって、今の私も軽傷って感じよ。」と井上桃花は言いながら、治されたばかりの身体をぐるりと回って、自分は元気だよとアピールしてみた。
しかし、明らかに力が足りていない。井上桃花が一回だけ回った後、不穏な感じでふらついた。
井上凜はすぐ転ばないように抱きつく。
「ほら、全然軽傷じゃない。さっきまでの怪我はまだ影響されているだろう!」と今回二人の立場が逆転して、井上凜が叱っている。
叱られていたが、井上桃花は引くつもりはない。
「でも、兄さんは血をあげたでしょう。血が少なくなると、体力が奪われる。気絶する可能性もある。命の危険性で言うなら、兄さんは私とあまり差がないよ……」
こうやって、二人が似たような論争を続いている。
ランディは阻止するつもりがない。サンディは聞いているが、ツリーセとリンディの戦いに集中していて、意見が出せなかった。
これでいい。こうして言い争い続ければ、あの子はきっと阻止するだろう。きっとこう言うだろう。
“そもそも、私たちは血をあげる義務はない”……と。
ランディはかつての経験則でかなり聞いた覚えがある言葉を思い出して、井上桃花が言い出すのに期待している。
どんな種族でも同じ。命の危険があるなら、人を助ける余裕がなくなる。危険なら、血をあげなければいい。あの子はきっと簡単に考え付くだろう。
そうすれば、自分たちは正当な別れる理由ができる。この人たちも自分たちの事情に巻き込まれないようになる。
まさにwin―winのやり方だ……ランディは自分の打算を考えつつ、もうしばらく二人の争いを聞いている。
「何でわかってくれないんだよ!」
お互いの気持ちがわかっているからこそ、言い争っているだろう?
「君こそ、わがままを言うんじゃないよ!」
そのわがままはお前のために思うものだ。
ランディは自分が故意に起こす状況に、少し不敵な笑みを浮かべた。これは二人が自分の思惑通りに動いてくれたことに嬉しい表情だった。
そして、二人の言い争いが間もなく自分の思う通りになる――井上桃花はランディが考えた言葉を言い出そうとしているところだった。
「そもそも、何で私たちは――」と井上桃花が言いかけた時、ランディは一瞬内心で良し!と思った。
やはりあの子は言うと思ったと、ランディがそう思っている。
しかし、井上桃花はこのまま言いかけてしまった。話がそのまま止まっている。
井上桃花だけでなく、井上凜も不自然な感じで会話が止まっている。二人の会話が止まっているせいで、ランディはツリーセの方も見た。
ツリーセは普通にリンディと戦っている。
ランディは二人が突然止まった理由がわからない。
もしかして、自分が何を間違っていたのか?とランディは考えていた。
井上一家の事情が知らないランディは、確かに間違っていた原因を見つけることができない。
それは――
「申し訳ありません。あの……喧嘩は良くありません!」とランディたちには声が聞こえない人物――フロンが言った。
「すみません。現場の状況がわからないんですが、二人の言い争いに放っておくわけにはいかないと思いまして……」
二人が返事してこないが、フロンは気にしていない。二人の話から推測すると、まだ他人がいると思っているから。
そして、その人物はきっと会話でよく出たランディという吸血鬼だと。
「特に返事しなくてもいいです。私はただ一つ教えなければいけないと思って、話しかけました。」
「二人の話から聞くと、恐らくお二方はランディたちという吸血鬼たちに血をあげたいということでしょう?」フロンのこの問題に、見られていないとわかってても、二人が思わず頷いていた。
「だが、二人の争いは必要ないと思います。確かに吸血鬼は血を主食にしているのは間違いないですが、その血は人間の血だけではありません。動物の血でも大丈夫です。動物の血と人間の血と一緒にあげるのも一つの手です。」
不自然に会話が止まっていた井上凜と井上桃花に、なぜかランディは嫌な予感がした。二人が突然頷いている動きに更にその感じが増している。
「それに、動物の血が嫌でも、人間の血だけが必要であれば、人数を増やしてみてはいかがでしょう?それで一人があげる分も少なくなります。吸血鬼が必要なのは血の量です。現実世界の献血みたいに、厳しく分類する必要がありません。」
「つまり、誰も危険に陥らない方法があります。一つの方法にこだわる必要がありません。」
時には当事者ではないからこそ言える言葉がある。そして、これは当事者ではないフロンだからこそ、分析できることだった。
「なるほど……」と井上凜と井上桃花二人が呟いた。この声もランディのところに届いた。
この呟きに、ランディは少し警戒な目をしている。もしかして自分がやっていたことがバレていたと考えている。
井上凜と井上桃花はお互いのことを思って、家族のことを思って、簡単に自分の身を出してもいいと選択肢を狭まれた……あるいは、ランディがそのように狭まれたのだ。
さっきまでその感情がうまく利用されていると自覚していない二人だったが、今フロンの提案によって、少し勘づいた。自分の気持ちが利用されていることと……
「ランディさん。一つ聞いていいですか?」と井上凜が言った。
「……なんだ?」
「あなたたちは助けられたい……でしょうか?」
ランディは一瞬目を見開いて、少し頭を垂れた。
気付かれたんだ。ちょっと突然だが……
少しの間、ツリーセとリンディ二人の戦いの音しかなかった。
「遺跡の時……初めから、助けを求めた覚えがない。」
ランディの答えは明白だ。
「……そうですか。」
「そうだ。だから、お節介はここまでにしたらどうだ?」ランディは嫌な口調で言ったが、二人は特に嫌な表情をしなかった。
「……ランディさん。二体分の血は動物の血でもいいでしょう?」と井上桃花が言った。
ランディは少し戸惑っていた後、「ああ。」と返事した。
「兄さん。一緒に動物を探そう?」
「あ、ああ……でも」ともう少し何が話したい井上凜だが、井上桃花は先に止めて、ランディに話した。
「これくらいなら手伝わせても大丈夫でしょう?ランディさん。」
「ああ。構わない。」
「では、兄さん。弟君の戦いが――」
まるでタイミングを計っていたかのように、サンディが「ここまで!」と言った。
ツリーセとリンディの戦いがちょうど終わった。




