19
井上桃花、井上佳月、井上智澄三人が行動し始めた頃の話だった。
井上凜と井上星二人を迎えに行くつもりで、三人が湖から離れていた。
「遺跡はどのくらい離れているかわからないから、とりあえず、二次遭難を防止するために、体力を温存する方向性で行動しよう。」
「はーい。」
「目印をつけるところは目立つところに。そして、明らかに人為的な印をつけておくように。」
「はい。」
井上智澄は自分もやりながら、二人に指示をしていた。複数の印を作って、一つや二つが破壊されても安心できる。
井上智澄はかなり手慣れた感じで何個の石を積み上げた。そして、床に落ちていた木の枝を三つ拾って、二つは方向性がわかるように交差し、土の中に刺した。最後の一本は交差した枝の上に置いて、明らかに来た方向へ示している。
あまり迷いがなく、かなり経験者の姿に井上桃花は思わず感嘆な声が漏れた。
「おお!すごい!父さんって、結構野外活動をやってたよね。」
「ははは!そうだよ。父さんの趣味だからな。」と井上智澄が笑いながら言った。手の動きも止めていない。
「やっぱ家族と一緒にいると、安心できるね。」
「そうだね。だから早くあの二人と合流したいわ。」
「急がば回れ。焦るといいことはないぞ。」
「わかっているわ。」
三人が話しながら全ての印をつけ終えた。そして、一緒に歩き始めた。
「そういえば、弟君もよく父さんと一緒にやってたよね?運が良ければ、弟君が作った印を見つけることができるかな?」
「うーん。どうだろう。星くんはパニックになると、物覚えが悪くなるからな。怖くて全然作ってないこともありえなくない。」
「あー……そうだね。」となぜか父の話に同意している井上桃花。
「桃ちゃんは行ったことがないよね。何でわかってるような感じなの?」と少し疑問を感じた井上佳月。
「いやー、母さん。忘れちゃったの?二年前の時、私、弟君と一緒にお祭りに行った時があるじゃん!」
「確かにあったけど……」
「実はあの時、弟君とちょっとはぐれちゃってさ。お互いスマホを持ってたから、スマホで連絡すればいいって思ったが、弟君が完全にスマホの存在を忘れちゃったの。見つけた時、ちょっと泣いたんだよ。だから、何となく想像できるなーって。」自分の弟君がかわいすぎると思っている井上桃花はまだ気づいてなかった。
「ふーん……」井上佳月が少し目を細めていた。
自分の母の反応に少し違和感を感じた井上桃花は、若干やらかした気分だった。
「あれ……祭りのこと、私は言ってなかったっけ?」
「祭りに行ったことが確かに聞いた覚えはあるが、この話……初耳なんだけど?」
「……あ。」母さんに内緒だよって、自分の弟に言った言葉は井上桃花自身が忘れてしまったのだった。二年前の話だから、その部分の記憶が薄れていた。
そもそも家族に無駄な心配をさせたくないから、少しの事故は言う必要がないと、簡単に判断してしまう。
「はあ……心配させるから、ずっと気を付けてって言ったのに。」
「わ、わかっているよ!だから言わなかったの……」
「そういう問題じゃないでしょう?」
「う……」自分の話は理屈になってないことがわかっているから、井上桃花はあまり反論する気がなかった。
「二人に何があったら、母さんが悲しいからな。」
「そうなのよ。その気持ちは嬉しいけど、心配させたくないから言わないのはダメだよ。それに、はぐれてしまったことは結構なことじゃない?やりたいことをいちいち聞いたり干渉したりはしないけど、こういう話を教えてほしいの。わかった?」
「うぅ……わかった。」やはりどんな時でも母さんは母さんだと井上桃花は思っていた。
「わかってるならいい。」井上佳月は娘の頭を撫でた。周りに家族しかいないが、少し気恥ずかしい井上桃花だった。
その気恥ずかしさを振り払うために、井上桃花は前に出て、二人の方に向いた。
「では、しばらく手がかりもないから、もう一度試してみよう!判定を。」
「あ、あのダイスね?」
「でも、どうすれば判定できるんだ?俺たちは近かったから、判定できたのだが……」
「うーん、申請すればいいじゃない?ロールプレイ重視のGMなら、自ら申請するのは認められないけど、ここはただのTRPGの世界じゃないし……」
「いや、問題はその申請する方法……お!」と井上智澄が話の途中で、判定のメッセージが出てきた。
「父さんのこの反応……もしかして、メッセージが出てきた?」
「ええ、そうだ……やはり簡潔だな、これ。」と井上智澄は判定のメッセージを見てこう言った。
そのメッセージはとても簡明で少ない内容だった。
井上智澄:
「『捜索の判定』:難易度8。
スキル:『認識力』 スキル効果:出目に+2。
使う・使わない。」
「簡潔?」と井上桃花が言った。
「ええ。簡潔な内容だろう?長くないし。」と井上智澄は自分のメッセージに指を差して言った。
「いや、こちら父さんのメッセージが見えないからわかんないけど……まあ、でもたしかそんなに長くないね。」井上桃花は自分の記憶を探ってこう言った。
話の内容が少しすれ違った二人である。
実は井上桃花の判定のメッセージは井上凜と井上星の内容がほぼ同じだった。内容は長くないが、短くもない。
「では、母さんも申請し――お!」と井上佳月も話の途中でメッセージが出てきた。
井上佳月:
「『捜索の判定』:難易度8。」
「私も出てきたわね。」
「つまり、『申請』がキーワードかな?でも、そうだとしたら、何で私だけ出ないの?申請を言ってたのに。」
「条件差があるのか。」と井上智澄が言った。
「そうなの?!私も判定を申請したいんだけど――あ!」ここでやっと井上桃花の前にメッセージが出てきた。
井上桃花:
「『仲間の合流』の判定に難易度がある。仲間の合流の難易度:≧7。
『隠匿』スキルを使用しますか?出目の結果に+2の修正値がかかる。
はい・いいえ。
1:ファンブル。
10:クリティカル。」
「出てきた!」
「良かったね。」
「じゃあ、三人で振ろうか!その方が成功率が高くなるから!」
「うん。そうしよう。」
三人がダイスを振って、結果が出た。
井上桃花:10(+2)=12 大成功 いいことが起きるかもしれない。
井上智澄:3(+2)=5 失敗。
井上佳月:4 失敗。
「おお!また大成功が出ちゃった!」
「おお、さすが我が娘。」
「はは。何だそれ。父さん母さんは?」
「普通に失敗だね。」「私も。」
「そうか……大成功だから、無事に合流できるかもしれない!」
「そうだな。じゃあ、行動しないとな。」
そして、判定が終わった後、三人がまた歩き出した。
しばらく歩いていると、井上桃花は床に一つの影が掠めて飛んでいくことに気付いた。
何だろうと空を見上げると、鳥みたいなものが飛んでいる。しかし、その外見は確実に鳥ではなかった。
人型のもので、蒼白な皮膚、血みどろなマントを広げるその姿は簡単に一つの名前が浮かんだ――吸血鬼。
「父ーさん、母ーさん!こっち。」極力小さな声で両親を呼んでいる井上桃花は木の側に近づき、二人に手を招いている。
その動きを見て、当然二人が疑問を感じた。一緒に隠れると、すぐ聞き出した。
「どうした?」
「上!なんかいるよ。」井上桃花は小さな動きで指を上へと言っている。二人が上を向いて、少し驚きのあまり身体が硬直になった。
「それは……なんだ?」
「さあ……」
「私もわかんないけど、なんかやばい感じがしない?体中に血みどろだったし、狂ってるように何かを探している……」
「そうだね……何なのかわからないが、とりあえず隠れよう。そして、ありがとう。もう少しバレるところだったな。」
「ふんふん。」褒められて嬉しかった井上桃花である。
吸血鬼がちゃんと空から去ったことにわかった後、三人が木の近くから離れた。
「気づいてないよね……」
「うん。こちらに向かってないから、たぶんね。」
「何なんだろう、アレは……」
「さあ。」
「決めつけは良くないけど、一番っぽいのは吸血鬼かな?」
「そうだな。でもまあ……離れたから。今はそんなことより、あの二人の方が大事だ。」
「そうね。」
「ちょうどいいし、ここで休憩しながら印を作ろう。」
「「はい。」」
そして、三人が休憩がてら印を作っている。あまり手間がかかってないから、早めに終わった。
「では、行こうか。」
「うん。」
再び歩き出した三人はしばらく進めていた。
「そろそろ何がいいことが起きるじゃないかな。大成功を出したから、早く二人と合流したいな……」
「森の中では方向感覚がわからなくなるから、来た道に戻ってないことから考えると、着実に進んでいると思うぞ。迷ってないだけでかなりいいことだよ。」
「ええ……母さんと出会えたみたいに、わかりやすい方がいいな。」
「まあ、距離がかなり離れているだろう。その分難しくなると思う……」
「はあ……あ!そうだ!」
井上桃花は何が思い付いたように、同じく二人の前に出ていた。しかし、今回二人に向いたではなく、手の横で口周りに囲めて、メガホンみたいな形にしたのだ。
井上桃花は叫んでいた。
「にーいーさーん!おーとうーとうーくん!」井上桃花の声が木霊していた。
「うん?」「桃ちゃん?」娘が予想外の行動を取っていたことに、二人は一瞬何も反応できなくなった。
「聞―こーえーるーか?聞こえるなら、返―事―しー……ううん?!」ともう一度叫んでいる井上桃花は、やっと反応できた井上佳月に口を塞いだ。
「桃ちゃん?何をやってるの!」
井上桃花はうーんうーんと自分の口を指で差して、話すから離してっていうジェスチャーをした。ジェスチャーの意味がわかった井上佳月は手を離した。
「ふう……何って、二人に気付かせるために、叫んでいるよ。」
「いや、それはわかっているけど……その、吸血鬼のことが忘れたの?」
「でももう離れたし、聞こえないだろう。」ここで二人は自分の娘は何を考えているのかわかってきた。
「あの……吸血鬼はただの一体だけじゃないかもしれないよ。」
「え……」
「つまり、この森に何体が潜んでいることも――」と井上智澄が話の途中で、恐れていたことが起きてしまった。
ガサガサ……
ごそごそ……
周りの草むらから、吸血鬼は一体ずつ三人の前に現れた。三体の吸血鬼だ。
「あ、あ……」自分がやらかしたとわかった途端、井上桃花は何を言えばいいかわからなくなった。
「下がってくれ!母さんのところにいろ。」と井上智澄は早くも娘を庇うように井上桃花の前に出ていた。二人は今三つ方面に囲まれている。
「ご、ごめん、こうした方が早いかなって……」
「わかっている。とりあえず、君は母さんのところに――」と井上智澄がそう言った途端、床に一つの黒い影が掠めていて、何かが空を飛んでいる。その何かが井上佳月の後ろに留まった。
黒い影が手を伸びたように、井上佳月を掴もうとした。
だが、井上佳月は黒い影のことに気付いて、自分の後ろに留まった瞬間、慌てて二人のところに走っていた。伸びた手は何も掴めなかった。
そして、よく黒い影を見たら、それはさっき三人が見た吸血鬼だった。
三人は三つの方面に包囲された上、もう一人の吸血鬼が加わったのだ。
三人が四体の吸血鬼に囲まれた。
こんな混乱な状況で、三人の脳内にフロンの声が響いた。
「お三方!判定の結果が見えたので、どうしました?」
状況がさらにカオスになっていた。




