18
君たち……ランディが少し言い方を変えたことに井上凜が気付いた。
こちらのことを少し信用してくれたということだろうか。でも、関係ないという言い方は明らかに何かがあると考えている井上凜だった。
“どうしてわざわざこの遺跡に隠れていたのか?”
“どうして凶暴化になるまで、腹を空かせていたのか?”
“ドールの血は血じゃないのか?食べてはいけないのか?”
井上凜の脳内に色々な考え方と質問が入り混じっている。
そして、質問だけでなく、井上凜はもう一つのことに気がついた。
それはドールのことを頼んだ時、ランディが信用しない理由は「冤罪を被せる」ことである。
「冤罪を被せる」、自分がやろうとしていたのか、あるいは「経験上」のことなのか……と井上凜がそう推測していた。
「関係ない……ですか。」と井上凜が返事した。
「当然だ。知らない奴らに言うわけがない。さっきも言ったが、君たちのことを信用していないさ。分かればとっとと帰れ!」とげとげしい言葉だったが、ランディは強引に二人を追い払う様子がなかった。ただただ二人が離れるのを待っている。
「……つまり、本当に何があったということですね?」とツリーセが言った。
「ああ。だが、あったとしても君たちと関係ないことだ。」
「では、どうして腹を空かせたでしょう?腹を空かせたら、凶暴化になるでしょう?その理由は……」
「君たちと同じ、こちらの事情ってわけだ。」頑なに言わないランディである。
「逆に、なぜこちらのことを気になっていた?初対面だろう?」
「それは――」シナリオに関係しているかもしれないと井上凜が考えていた。だが、この話をすると、色んなことをばらさなければいけない。
だから、井上凜は曖昧な言い訳に変えたのだった。
「――ちょっとした好奇心です。吸血鬼のことを見たこともありませんし。」
「はっ!どこぞの田舎者か。」とランディが言いながら、冷笑した。
「そうですね。田舎者のグリンです。グリーンにも相応しいでしょう。」と寒いダジャレを言った井上凜である。実はこのダジャレの意図は半分真面目で、半分話を逸らすつもりで、あまり不自然に見られないように言ったのだった。
厳密に言うと、井上凜の計画が成功した。しかし、少々ランディの逆鱗に触れた。
「……おい!君がツリーセと言ったな?早くこいつを連れていけ!」
「わかりました。」
そして、突然ランディと気が合うようになったツリーセである。二人はあまり井上凜のダジャレが気に入らなかった。
『兄ちゃん……』と井上星も少し呆れていた。
「行こうか。リンさん。」
どんな世界でもオヤジギャグはアウトだな。
ある程度の予想がついた井上凜は驚いてなかったが、それでも二人の反応に少し傷ついた。
「うん。行くよ。でもその前に、一つやらせてほしい。」と井上凜がツリーセに言った。
「それは……あ!」とツリーセが気付き始めた。
「判定を申請する。」と井上凜が判定を申請して、メッセージが出てきた。
「あ?」とランディはまた井上凜が変な行動を取ったから、警戒し始めた。それに、その行動は明らかに自分を目標にしている。
井上凜:
「『ランディとの交流』の判定に、出目の結果と状況によって変わります。
『交渉法』スキルを使用することによって、出目の結果が+2の修正値がかかる。
1:ファンブル。
2~5:失敗。
6~9:部分的に成功
10:クリティカル。
その他:その他。」
6~9でも部分的に成功しかないのか……警戒の上にあまり言いたがらないってことだろうか。
井上凜は判定で相手の口を開けるつもりではない。確認したかったのだ。
このまま放置して、消えるだろう。
「何をするつもりだ?」
「何もしません。」メッセージが近づき、大きくなっている。
「今回の“はんてい”とやらは俺に対してのものだろう。」
「ええ、そうです。」メッセージがまた近づき、大きくなっている。
「もう一度聞く。何をするつもりだ?」
「ランディさんに何もしません。」メッセージが再び近づき、大きくなっている。
「信じられないな。」
「怪しい行動を取っていてすみません。しかし、何をするつもりはありません。」メッセージが限界まで大きくなっていた。
ランディはここで沈黙した。井上凜の行動を注目している。まるで少しでも動いていたら、すぐ追っ払うつもりだった。
だが井上凜は何もしなかった。
ツリーセと井上星も自分が何かできるか考えていたが、何もできなかった。変に井上凜をカバーしても、説明に加わっても、あまり得策ではない気がしたから。
しばらくの間があって、三人の間にずっと変な空気が漂っていた。
そして、井上凜の前に限界まで大きくなったメッセージがやっと誰かテレビの画面を閉じたみたいに、横線になって消えていた。メッセージが消えた時、ピッという音も出た感じがした。
「……忠告しておこう。そういう能力は無闇に晒さない方がいい。世の中にはどんな奴がいるか知らないからな。」警戒を解かなかったが、ランディはこう言った。
「お気遣いいただきありがとうございます。肝に銘じます。」メッセージが消えたのをもう一度確認して、井上凜が返事した。
井上凜の視線の動き方が気になったランディだが、深入りをしなかった。
「ふん。ではさっさと帰れ。」
「わかりました。では、帰りましょう。」井上凜が返事し、ツリーセと目を合わせた。そして、二人は心が通じているように頷いて、下に行くつもりだった。
「そうだ……待ってくれ!」とランディが一つ思いついて、二人を止めた。
「どうしました?」
「回復の道具を持ってないが、簡単な処置ならできるぞ。」とランディが二人の噛まれた傷に指を差した。
このことを言われる前に、二人とも意識していなかった。すでに痛みが引いていたから。
だが、血がずっと流れている。床にもぼたぼたと数滴の丸い血液が滴った。牙に作られた傷口はかなり深かった。
「そういえばそうでしたね。ありがとう。言ってくれて。」
「ランディさんが言わなかったら、意識していませんでした。もう痛みを感じてなかったから……」
「は!本当に田舎者だな。痛みを感じなかったのはちょっと感覚止めの効果があったから。でも血は流れるままだし、身体に影響を及ぼすだろう。」
「そうか……あ!だからランディさんが運んでくれましたのか?ドールを。」とツリーセが思い出したかのように言った。
「違う。ただ恩を売られたくないからだ。それで、受けるか?傷の処置。」
二人とも顔を合わせて、一緒に返事した。
「では、お願いします。」「はい。よろしくお願いします。」
はあと少し面倒くさい顔をしたランディは二人に近づき、傷の部分に手をかざした。
「う……」そして、肉眼では認識できないが、二人の身体に温かい半分で、冷たい半分の何とも言えない感覚に襲われた。
気持ち悪いとは言えない感覚だが、どちらにも中途半端な感じで、決していい気分ではなかった。
体感何分間を感じた二人は、腕が元に戻したみたいな感じで、少しずつ再生されている。
処置が終わった後、噛まれた傷が治った。血は流れなかったが、少し凸凹の丸い噛まれた傷跡が残された。
「これくらいでいいだろう。」
「ありがとうございます……」少し不思議そうな顔をしている井上凜である。
「ありがとうございます。これは魔法ですね。」当然ツリーセの中にいる井上星も不思議な感じがしたが、ツリーセが解答しているようにこう言った。
「ああ。そうだ。」
「これはどんな魔法ですか?」と井上凜が言った。
「ああ?魔法は魔法だ。一つの能力で、使い方によるものだ。概念を覚えれば誰でも使える。」
つまり、魔法は分類されていないということだろう。
「……それと、リンさん。魔法の使い方は種族によって、概念も違う。」とツリーセがヒントを与えているように言った。
ランディにこれ以上のことを聞かない方がいいという意味を含めている。
「……そうか。」その気持ちを汲み取った井上凜は相槌を打った。
「相当な田舎者だな。こいつ。」と井上凜はランディに常識知らずとして扱われていた。
「大事な家族です。そういう言い方があまり好きではありません。」少し不機嫌なツリーセ。
あまりいい雰囲気じゃないと感じた井上凜は、もう一度アレを披露するつもりだった。
「大丈夫だよ。ツリーセ。私は田舎者のグリンで、グリーンに――」
「ああ――!もうわかった!悪かった!早くこいつを連れてっけ!」
「はい!」
披露する途中で、井上凜はツリーセに引っ張られて遺跡を離れた。
半分ふざけた気持ちだったが、ここで井上星は少し兄の意図がわかってきた。こちらのことを深入りさせないように、相手の注意を逸らしたのだった。
「ふう……」遺跡から離れた瞬間、井上凜は息を吐いた。ツリーセも少し疲れた顔色になった。
決して長くない間だが、二人とも久々光を見てなかったような気がした。何せ色んな事が起きていて、その心労とメンタル面ではかなりきつかった。
そして、二人とも何が話したかったが、パシャーと遺跡の向こうからマントを広げたような音がした。
二人は空から一つの細長い人影を見て、それはランディだった。
恐らく今から仲間と合流するだろう。
二人はランディが少し自分の方へ見ていたような気がした。だから、しばらく会話する気持ちを抑えて、ランディに向かって手を振っている。
そして、二人も気のせいだと感じるほどに、ランディがマントを強いひと振りで返事した気がした。
人影が見えなくなった後、二人が会話し始めた。
「ありがとうございます。ツリーセさん。カバーしてくれて。」
「いいえ、凜さんは賢い方でして、こちらのことも理解してくれました。こちらこそありがとうございます。」
お互い礼を言って、二人とも少し恥じた笑顔になった。
「それで、一つ気になっていますが、どうしてツリーセさんに?その経緯は一体……」と井上凜は気になったことを聞いていた。
ツリーセは少し悩んだ末、井上凜にあの部屋にあった出来ことを説明した。
「――と、この感じです。これ以上星に傷ついてほしくなかったから、僕に変わってほしいと星に勧めました。」
『ツリーセ……』お互い身体が共有しているから、井上星も感じている。ツリーセは本心であることに。
「そうですか……」
「すみません。僕にはこれしか思いつかなくて……たぶんもっといい方法があるはずですが……」
この話を聞いて、井上凜は頭を横に振って、井上星と同時にツリーセに話しかけた。
『ううん。違うよ……君は僕を――』「ううん。君は弟君を守ってくれました。これはとても素晴らしいことです。」
「『だから守ってくれてありがとう。ツリーセ(さん)。』」
同時に二人の話を聞いたツリーセは、本当に良い家族だったなと思い始めた。思わず微笑みを零した。
「……では、今の状況をフロンさんに伝えた方がいいかもしれません。」
「そうですね。僕にはフロンおじさんの声が聞こえませんので、また凜さんに……」
「いや、状況の説明は私に任せてもいいですが、星くんも聞こえるでしょう?」
『聞こえるよ。』
「はい。聞こえると星がさっきおっしゃいました。」
「聞こえるなら、つまり、星くん。君がフロンさんの代わりに伝えるんだ。ツリーセさんに。」
『……あ!そうだった!僕がフロンおじさんになればいいんだ!』
「なるほど。」
「それに、少しロールプレイング状態のことも詳しく知りたいし、ツリーセさん。あと何個の質問がありますが、まずフロンさんに状況を説明した後で聞いていいでしょうか?」
「もちろん大丈夫です。」
「では、フロンさん――」と井上凜はフロンに話しかけたが、返事がもらえなかった。
なぜなら、三人のところに大きな事件が起きていた。
フロンはしばらく状況が落ち着いた井上凜と井上星のところは後にしたのだった。
四人の吸血鬼に獲物として選ばれた三人――井上桃花、井上智澄、井上佳月、今偶然にも四人の吸血鬼に襲われている。
そして、四人も凶暴化になっている。




