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井上凜は今まで話せなかった事情と、ランディと会話したことも整理して、概要の感じでフロンに説明した。
「――と、今はこんな感じです。」
「なるほど。だから吸血鬼のことが知りたいわけですね。」
「はい。そうです。」
「わかりました。ちなみに、その吸血鬼さんは今どこにいますか?」
「私はランディさんに『ドール』を見せてほしいと頼みました。だから、今彼は倒した『ドール』を運んでいて、近くにいません。どのくらい時間がかかるかわかりませんが、運ぶだけだったら、あまりかからないと思います。」
この話を聞いて、フロンは井上凜の言外の意味がわかっている。あまり会話する時間がないかもしれないから、要点で言ってほしいという意味だった。
「わかりました。吸血鬼に関することは、三つの要点にまとめて説明します。もしランディという吸血鬼さんが戻ったら、ツリーセと喋っているふりをしてください。」
フロンにとって、ランディは「シナリオ」を解決してくれた人だから、警戒する必要がないと思っていたが、井上凜が心配する理由もわかっている。だから、フロンはなるべく現場の状況と合わせていた。
「はい。そうします。」自分が心配していることをフロンが察知してくれたと、井上凜は少し安心した。
「ツリーセさん。状況を合わせて、私と会話してください。」
「わかりました。」
「フロンさん。説明してください。」
本人が見えなくても、フロンが頷いて言った。
「では、吸血鬼について――」
1.吸血鬼は名の通り、血を主食にする一つの種族である。どんな血でも食べられるが、個体によってその好みが分けられている。大半は動物の血で生きているが、人間の血を食べるのもよくある。また、お腹が減ったら理性が失う。
2.吸血鬼が一番特有の特性は、「凶暴化」の状態である。凶暴化は何日も食べていない状態にしたら、理性が失い、同じ種族以外の存在に攻撃することだ。本人は記憶が失ったというわけではないが、理性を取り戻した場合、少し抜け落ちたこともよくある。
もし吸血鬼が凶暴化に陥って、理性に戻させたい場合、ある程度の血液の量をあげるか、道具を使うかの二択だ。
3.吸血鬼一番特有の特徴は汎性である。性別の意識がない上に、儀式を通して人為的に数を増やすことしかできない。寿命は人間より長いが、長く生きていても150年くらいが限界だ。
「――と、吸血鬼についてはこの感じです。他に言えるのは、吸血鬼は魔法生物と同じ、良いやつもいれば、悪いやつもいます……が、実はどんな種族でも同じです。なるべく先入観をもたない方がいいでしょう。」とフロンが説明し終わった。
井上凜は返事しなかった。
「凜様?」自分が説明に夢中しすぎて、返事が聞こえなかったと考えていたフロンは、井上凜の次の言葉でやっと理解した。
「ツリーセ。これは……部屋で見た『ドール』……なのか?」
ランディが『ドール』を持って帰ってきたのだ。井上凜はフロンに返事できなかったが、この話でフロンに知らせた。
「はい……確かにこれを見たことはあるが、『ドール』かどうかわからない。」とツリーセが言った。
ツリーセが『ドール』を見た瞬間、井上星の気持ちが自分の心に伝わって、すぐ『ドール』から視線を逸らした。
「人間とそっくりだな……」と井上凜が心を痛める様子で言った。
『ドール』の身体は何箇所が欠けていて、怒りと憎悪の顔付きがとても印象的だった。今にも動き出すような表情だった。井上凜も思わず視線を逸らした。
「そっくりでも『ドール』だ。」とランディが言った。
そう言われても……と考えている井上凜に、ランディが続いて言った。
「それに、俺と仲間を襲ってきた奴らだ。慈悲が必要ない。」
ここで井上凜はランディの方に見た。
ランディは『ドール』を二人の前に運んでいたから、元々血みどろだった身体が更にひどかった。全部『ドール』から付いたのだった。
そんなひどい様子だが、『ドール』から視線を逸らしたツリーセはランディに直視した。
「もしかして……ランディさんは僕たちを慰めているのか?」
「あ?そう思うなら、考えすぎた。俺はただお前みたいに見分けることもできないやつに状況を説明してやっただけさ。」とランディは言いながら、照れ隠しみたいに頭を横にした。
「つまり、あの部屋の惨状は、全てはこの『ドール』たちがやったのか……」と、ツリーセはさっきまで伝わってきた同情の気持ちが今、恐怖に変わったのだった。
「どうだろう。全てこいつらがやったのかわからないが、あの部屋は趣味悪い奴が作ったに違いない。なら、こいつらも明らかに関係している。どうだ?少し気が楽になった?」とランディが手を組んで言った。
「わかりました……気が楽になったじゃないが、説明してくれてありがとう。」少し納得できなかったツリーセだが、ランディに礼を言った。
「半分仲間との推測だけどな。」
「仲間……」と井上凜が少し気になったことを思い出した。
「そういえば、さっきランディさんが『俺たち』と言いましたが、ランディさんは仲間といましたでしょう。何人がいました?」
井上凜の話に、ランディが少し警戒した。
「それを聞いてどうするつもり?」
「私たちはただこの遺跡を調査しに来ただけですし、吸血鬼たちがいたとはわかりませんでした。もちろん言いたくなければ言わなくていいです。」
「……こちらに仲間がいたという事実を知っていればいい。」
「わかりました。」
ランディはふんという声を出して、少し井上凜に注目した。
「では、申し訳ないが、ランディさんが嘘ついたかどうか、この『ドール』を判別させてもらいます。いいでしょうか?」とツリーセが言った。
「うん?どうぞ。」とランディは適当に手を上げて言った。
「では……リンさん。一緒に『判別』しましょうか?」とツリーセは言いながら、動きで井上凜に判定のことを示した。
二人が一緒に見るなら、判定のことはそこまで目立たない。
「ああ。」ツリーセの意図を読み取った井上凜は頷いた。
井上凜は「判定を申請する」と言って、判定のメッセージが出てきた。
しかし、ツリーセは黙々と『ドール』を見ていた。
一瞬、自分が間違えたのかと考えていた井上凜だが、ランディの反応を見て、間違えていなかったとわかった。
「何?何で俺を見ている?」と井上凜の視線に気付いたランディが言った。
「いいえ、ちょっと警戒しただけです。」適当に言い訳をした井上凜。
「ふん。邪魔しないさ。」
「それはありがとう。」
実は、ランディは井上凜の判定の行動を見て、少しおかしいと思ったが、特に気にしていなかった。恐らく何か判別する用の特殊な力だと思ったのだ。特殊な力は珍しいが、深く追及しないのは暗黙のルール、人に対しての尊重だから。
そして、井上凜はダイスを振った。結果が出てきて、気になる様子で、ツリーセの方に注目した。
井上凜にはわからなかったが、実はツリーセがやった行動で判定の結果が出てきた。井上星の前に。
判定のメッセージはツリーセには見えない。しかし、判定の情報がツリーセには判定しなくてもわかっている。
井上凜:
「『知識の判定』に難易度がある。判別の難易度:≧4。
1:ファンブル。
10:クリティカル。」
判定の結果:6 成功
ツリーセ:(省略)
判定の結果:6 成功
“『ドール』の残骸:元々作り主によって人間とそっくりのまま作ったドールである。このドールの用途は主に破壊、人攫い等々、想像を絶する悪事に用いられた。今は色んな破壊行為によってバラバラにされ、壊されていた。”
想像を絶する悪事……井上星は想像したくなかったが、あの部屋の惨状を思い出して、吐き気がしそうになった。
「ごめんね。」とツリーセが言った。
『君が謝ることじゃない……やったのは君じゃないし……』
「ううん、あんなものは君に見せたくなかったの。だから、ごめんね。」
『……ありがとう。』
「お前、誰と話しているんだ?」とランディが気になって言った。
「……もう一人の自分に。」と真面目に言っているツリーセ。
ランディは片方の眉を上げて、少し微妙な顔をした。そして、すぐ元の表情に戻し、肩をすくめた。
「ま、どうでもいい。とりあえず、判別はどうだ?判別できたのか?」少し上から目線で言ったランディは嘲笑ったように言った。
「そうですね。本当に『ドール』らしい。リンさんは?」
「ああ、そうだな。ドールの残骸だから。」
「だろう。これで証明できたのか?」とランディはツリーセを見て言った。
「はい。ランディさんを疑っていてすみません。」とツリーセが頭を下げて言った。
素直に謝ったツリーセに、ランディは少しつまらなそうにはぁと溜息をついた。
「じゃあ、もういいだろう。お前らはこの遺跡から離れろ。この後、俺は仲間と合流するつもりだ。」
「待ってください。『ドール』のことはわかりました。しかし、どうしてランディさんたちはここにいるんでしょうか?」と井上凜はこのことを思いついて、ランディに言った。
ランディはすぐに答えなかった。警戒しているわけではない。迷っている。ここまでの話から考えて、二人が悪い奴じゃないとわかった。自分たちのことを狙ってきた奴でもなかったとわかった。
だから、ランディはこう言った。
「……君たちと関係ないことだ。」




