12
二人はまるでアハ体験を得られたかのように、周囲の変化に気付いた。
一部の床の色がおかしくなっていた。石の色が濃くなっていき、壁も同様に、まるで「ここだ」と強調したように、一部の色が濃くなっていた。
少しおかしい状況だが、二人はこの変化に対して真っ先に考えていたのは、「リアル間違い探し」だった。
「はは……なんかよく見たら、あそこが不自然だったな。」
「そうだね。」
二人は良く探索していたから、色の変化に気付くのは容易いことだった。判定する前に、今の色じゃないのも確信できる。
「確認しておこう。私はそことあそこの色が濃くなったと見える。」井上凜は手で指している。
「うん。僕も同じ。」
「同じ?違う成功なら、差が出るはず――」
「兄ちゃん。」と井上星は一つ気付いた。
「うん?」
井上凜は手で指しているから、当然井上星が手の方向を見ていた。視線が手の方へ向く前に、井上星は兄の腕――肘のところに擦った痕跡があったと気付いた。
「兄ちゃん。君の肘……」
「うん?ああ、さっき階段を登った時、曲がり角のところで擦ったね。」井上凜は階段を登った時のことを話した。
「ほら。階段の曲がり角が少し狭かっただろう?ちょっと急いだだけで擦っちゃったんだ。」と井上凜が肘を上げて言った。
「ねえ、兄ちゃん。もしかして、部分的に成功って……」
井上凜は一瞬動きが止まった。
「いやいや……擦ったのは判定する前だよ?」話の意味がわかったからこそ、井上凜は納得できなかった。
「しかし、僕が気付いたのは判定した後の今だ。」
それは結果論だ――と言いにくい井上凜だった。
ただ擦っただけで、家族に報告する人はそうそういない。弟に報告する人なんてもっといない。
弟が自力で私の傷を気付いたと自分が傷を隠し切れていなかったという面で言えば、確かに成功と部分的に成功という意味になるが……そもそも、井上凜は隠すつもりがなかった。
「だが、そういうことだと、前の行動も今の判定に影響するという意味……」
「兄ちゃん。たしか父さんが回してくれたあのヒーローもののTRPG……覚えている?何となくだけど、ちょっと似てない?」
「『出目の結果』と『状況』によって『変わる』……そういうことか!」
二人が思い出したのは、PbtA方式のTRPGだった。
PbtA方式のTRPGは普通のTRPGと違って、それは「フィクション事実」を作ることだった。
プレイヤーとGMが意見を交換し合って、一緒にゲームでの事実を作り上げることが「フィクション事実」である。
つまり、「状況を叙述したら状況が必ず成立する」ということ。
「もしかして、この遺跡は元々罠とかがなくて、私たちが言ったから……」
「それはわからない。でも、兄ちゃんが階段で擦ったことは僕が言ったから成立できたわけじゃないだろう。あくまで、僕の探索の成功と、兄ちゃんの部分的に成功の意味でいえば……」
「……そうだな。」
井上凜は階段で擦ったことは自分自身がわかっている。たとえ井上星に発覚されなかったとしても、必ず井上凜の身に起きた出来事だった。
視点が変われば、判定の結果の意味も変わる。
“確かにGMですが、この世界はただのTRPGではありません。TRPGも混同している世界だと思った方がいいでしょう。”と井上凜はフロンの話が浮かんでいた。
そして、少し意味が理解できた。
今まで、自分は若干現実逃避の考え方をしていた。TRPGだのオンラインゲームだの……だが――
現実逃避のおかげで冷静を保っていた井上凜は、失笑が漏れた。自分が滑稽すぎることを。
――だが、これは現実だ……自分は一体何を考えているんだ。アホすぎる……もしかして一番現実を受け入れていなかったのは、自分かもしれない。
余裕ある時、脳内で有名なSAN値チェックをする井上凜は、今余裕がなかった。
彼の精神が、崩れかけている。
「兄ちゃん!」と井上星はその失笑できっと考えすぎていたことに気付き、すぐ井上凜を呼んでいた。
「……なに?」
「兄ちゃんが僕の過保護をするように、僕も兄ちゃんを過保護するよ!」
弟の話にすぐに反応できなかった井上凜である。しかし、次の瞬間で言葉の意味が理解し、ははと笑い出した。
「はは。そうか。ありがとう!星くん。」少し元気を取り戻した井上凜。
「どういたしまして!兄・ちゃん。」ニッと笑顔で言った井上星。
「星くんは本当に大きくなったね。」
「何だよ……兄ちゃんまで。」少しすねた井上星だった。
「はは、でもごめんね。こんなダメな兄ちゃんで……」
「ダメじゃないよ。色々真剣に考えているから、思い込み癖があるだけ。兄ちゃんが考えすぎないように、僕が行動する!悪くないだろう?」
「はは!そうだな。」
「じゃ、やるべきこともやったし。上の階へ行こうか?」
「そうだね。だが――」
「気を付けながら行く、だよね?」
話が弟に先回りされたことに、井上凜はただ苦笑いをした。
「わかっているならいい。たぶん色が濃くなった部分は罠があるという意味だろう。それを避けながら行こう。」
「うん!」
二人は濃くなった石と壁を避けつつ、階段を登っていた。
そして、無事に三階にたどり着いた二人は、まず三階の環境を一目に見渡すことにした。
三階は「通気が良くて」、光の照射も階層全体に伝わっている。しかし、「通気がいい」というのは、窓の設置がいいわけではなく、一部の壁が崩れていて、「風通しが良い」ということだった。三階階層の光も崩れたところから入ったものだ。
階層の中央に石で作ったベッドがある。ベッドを中心に、周りの床に変な模様がついている。この階層の床は一階と二階と違って、ほぼ石版の絵だった。
階段から登ってきた二人は大体の環境を確認した後、すぐ向こう正面に蔓が生えている窓があったと気付いた。それは井上凜が言った「井上星の非常用隠れ場所」だった。
「誰もいないね。」
「うん。でも油断するな。見たところ、伏撃できるところがなさそうだが、気をつけた方がいい。」
「わかった……ちなみに、兄ちゃん。」
「何?」
「もし戦闘になったら、判定のメッセージが出てくるのか?」と井上星が戦闘のことを心配している。
「……さあ。」井上凜も考えていなかった。
「肝心な時に判定のメッセージが出てきて、結構邪魔じゃない?」
「そうだね。フロンさんが戻ったら聞いてみよう。判定のメッセージに邪魔されない方法があるかどうか。」
「うん。」と二人がフロンのことを言ったそばから、フロンはしっかりと三人のアドバイスを受けて、井上凜と井上星二人に話しかけたのだった。
「ふ、二人は、喧嘩が良くない!まず落ち着いて、話し合おう!」とフロンは強めの口調で言うつもりだったが、その強めの口調はぎこちなさが半端なくて、何の威厳も感じられなかった。
だが、どうにか喧嘩を仲介しようとする気持ちが二人に伝わった。
二人は判定のことが聞きたかったが、フロンが戻った時、最初にやることはすでに決めた。
「「すみませんでした。フロンさん(おじさん)。」」
「え、あ……ええと……二人は、もう仲直り、できました?」突然二人に謝られて困惑だったフロン。
「「はい。」」
「そ、そうですか!良かったです!」フロンは安心してホッとした。フロンは喧嘩を仲介することが苦手だった。
「それで、フロンさんはさっきどこにいらっしゃいましたか?」
「あ、どこに行ったというか、お三方に助けを求めていました。」
「え、母さんたちに?」と井上星が言った。
「はい。」
「どうしよう……母さんに怒られるかも。」
「まあ……その時、私も怒られるから。」もはや怒られることが決定事項みたいな言い方だった。
「うぅ……」
「それより、調査の進展はどうでした?」少し気まずい雰囲気を感じたフロンは話を逸らした。
「そうでした。まず、魔法の扉――」と井上凜と井上星が交互に調査の状況をフロンに説明し始めた。
二人が説明し始めたと同時に、父の井上智澄、母の井上佳月、姉兼妹の井上桃花、三人は湖のところに話し合っている。
「ねえ。フロンってさ、ちょっと頼りない感じがしない?」
「まあ……悪い人じゃないと思うが、少し安心できないよね。」
「どうしよう……兄さんと弟君、大丈夫かな?ちょっと心配になってきた。」
「うん。少し心配だね。」
二人の女性の会話を聞いて、井上智澄は言った。
「じゃあ、一緒に迎えに行こうか?」と井上智澄は立ち上がって、自分の娘と妻を見ている。
「え?」
「ずっと心配してもしょうがない。遺跡のことを調べるなら、しばらくの間にこちらに向かうことができないだろう。なら、こっちが迎えよう。」
井上桃花と井上佳月は父の話で決心がついた。
「……そうね。」
「じゃあ、私も行く!」
心配する気持ちがあるから、当然行くようにした。
「正直の話、二人にここに残ってほしいだが――」と井上智澄が言った。
「やだね。ホラー映画の定番だと、分散行動が一番危ないよ!」と井上桃花がすぐ反論した。
「今は映画じゃないけど……」
「とにかく、母さんも行きたいだろう?」
「そうね。行きたい。それに、私たちをここに置いていくほうがひどいじゃない?私たちが危険に逢った時、後悔するのはあなたかもしれないわよ。」
「はは!降参だ!一緒に行こう。元々君たちに頼るつもりだったからな。」と井上智澄が言った。彼は二人の意志に尊重した。
「じゃあ、決定ね!」
「出発する前に、何か準備する必要がある?」
「そうだな。まず――」
こうして、三人が行動し始めた。




