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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
120/120

120、領主の仮面






 唐突に現れた客人の知らせに指示を出し、ミュンツェが散らかっていた机の上を気持ち程度整えていると、ノックと共に新入りメイドが廊下から声をかけてくる。

 許可を出すと、執務室の中にルイーゼとトーリスが入ってきた。


 「やあ、久しぶりだねトーリス」


 ルイーゼが退室した後、にこやかに挨拶をしながらも油断なく相手を観察する領主の視線に、ドワーフの鍛冶師は鬱陶しそうに鼻を鳴らした。


 「ああ。悪いが、さっさと本題に入らせてもらうよ。ジジイ達からの伝言だ」


 トーリスがそう切り出す。本来地下に引きこもっているドワーフの中の例外として地上に出てきている彼女は、時折このように地下と地上の連絡係として駆り出されるのだ。


 「先日、地震があっただろ? あれで閉鎖されてた地下街が崩れて、その補修にドワーフ総出で駆り出されたんだと。それで、その補修が終わるまで時計塔の依頼に取り掛かれないってさ」


 「そうか、分かった。正直、こっちもごたついていたから引き延ばされたのは素直に助かったよ」


 預かった言葉を伝えたトーリスはミュンツェが了承したと頷くと、そこで値踏みするように目を細めた。


 「だが、妙な話だ。クラウン王国は歴史的に見ても滅多に地震は起こらない。現に、自分も今回のが生まれて初めてだ」


 「へえ、随分と長い間安定していたんだね」


 「ほぉ?」


 腹を探るような話し方に、ミュンツェは呑気にはぐらかしてみせる。その態度にトーリスは片眉を上げて見せた。


 「お前さんは知らないだろうがな、ドワーフの魔力は総じて土属性の気が強い。そのせいか知らんが、大地の変動は敏感に察知することができる」


 「……ふぅん?」


 その時、ミュンツェの纏う気配が僅かにだが変化した。領主の仮面を被る青年に、ドワーフの女はチロリと舌で唇を湿らせる。


 「それが今回の地震は前触れもなく起こった。ジジイにも確認したから間違いない。つまり、この地震は元々起こるはずがなかったんだ」


 様子を窺うような語気に、返されるのは沈黙。


 「ああ、そういえばジジイが気になることを言っていたなあ。何でもジジイは、この地震に覚えがあるんだってよ」


 そこで、彼女は決定打となりえるカードを切った。


 「昔々、エルフの里が滅びた日。その事件の直前に、似たような地震があったんだと。老いぼれの戯言と切り捨てるには、ちょっとばかし興味深くてな」


 ピクッとミュンツェの目元が険しくなり、仮面に揺らぎが生じる。それを引き剥がそうと無造作に仮面の縁に手をかけてくるトーリスに、彼は一言問う。


 「君は、何に気付いている」


 問われた彼女は最後の一手とばかりに、己の鼻を指差した。


 「決して潤わない餓えを唯一満たす、熟れた果実の匂いさ」


 その解答に、青年は笑みと共に嘆息して自ら領主の仮面を脱ぎ捨てた。


 「参った。やはりトーリスには敵わないな」


 「ハッ! 若僧のくせに腹の探り合いに勝とうだなんて。百年経ってから出直してきな」


 「その頃には、私は土に還っているだろうなあ」


 馬鹿にしたように笑い飛ばすドワーフの言葉に、ミュンツェは遠い目をする。そんな彼の目の前まで足を進めたトーリスは、片手を腰に当てお駄賃をねだる子供のように、もう片手を突き出した。


 「さあ、洗いざらい白状しちまいな!」


 「こうなったら、トーリスにも巻き込まれてもらうよ」


 「上等じゃないか」


 意地の悪い笑みを浮かべるミュンツェに、トーリスも人の悪い顔をする。


 「まあ、そうは言ったところでまだこっちも混乱しているんだ」


 「分かってる。ここが一番デカい被害だったんだろ? とにかく情報は全部教えてくれ。真偽は自分で判断する」


 「了承した」とミュンツェは、今までにあったことをそのまま伝えていった。

 メリアの暴走。地震の被害。アレスティアが持ち込んだ国王からの伝言。

 事情を知らなければかなり突拍子もない内容だろうに、逆に彼女は納得したような様子を見せた。


 「なるほど、通りで」


 「というと?」


 促すミュンツェに、トーリスは三つ編みが崩れない程度に頭をガリガリと掻く。


 「三日……いや四日前か、急に城から王都中に御触れが出たんだ。直接見た方が早いだろ」


 そう言うと、トーリスはズボンのポケットから折り畳まれた紙を取り出して、ミュンツェに差し出す。受け取った彼はそれを広げて中身に目を通していく。


 「『先日の地震はこれからの災厄の前兆である。アレストレイル七世の名において、ここにアルストロメリアの復活を宣言する。蘇りしドラゴンは王国に害を及ぼそうとしていることが確認。これに伴い、アルストロメリアの討伐が決定された』」


 読み上げていく文章に、ミュンツェは眉を顰めた。


 「私はこの目で見たから王からの伝言も理解できたが、いきなりこんなものを出しても国王の頭が心配されるだけではないのかい?」


 「ところがどっこい、どこに隠し持っていたのか魔石に細工してドラゴンの姿が浮かび上がるようにしたのを、王都中に複数設置したのさ。それで平民達はすっかり信じ込んじまったよ」


 肩を竦めてみせるドワーフに、青年は眉間のシワを深めていく。


 「それにしたって、こんな不安を煽るような文、正気を疑うよ」


 「ああ。それで今、王都は大混乱中さ。傭兵団の武器や物資の買い占めで物価は高騰。うちの店も根こそぎ持ってかれちまった。暴動もひっきりなしに起こってるよ」


 「なんてことだ……」


 思わずミュンツェが絶句するほどの惨状に、トーリスは「だからさっさと見切りをつけて、こっちに逃げてきたってわけさ」と事もなさげに言った。


 「ところでミュンツェ。まだ話の辻褄が合わない。こうなったらとことん吐いちまいな」


 容赦なく貪欲に情報を求めるドワーフに、領主の青年は観念したように両手を上げた。







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