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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
117/120

117、深い眠り






 そして、その日が訪れた。


 互いを慈しむように寄り添いながら微笑む二人の前で、唐突に空間が歪む。ハッと顔を強張らせたメリアの目の前に、三人の男女が現れた。


 「ようやく見つけたよぉ、アルストロメリアちゃん」


 「璃穏……!」


 カラン、コロンと下駄を鳴らし、璃穏さんが歩み寄る。その後ろに、ライナードさんとエレヴィオーラさんが続いた。

 メリアは蒼白になりながら、少年を守るように立ちはだかる。彼女に庇われながら、少年も立ち上がった。


 「どうして、ここが……っ!」


 「確かにこの時計塔ならぁ、魔石の魔力に掻き消されてアルストロメリアちゃんの魔力も分からなかったよぉ」


 塔を見回し、彼は納得したように頷き、メリアと少年の間に結ばれている糸を指差した。


 「でも、君は誓いを結んだだろ? その魔力に気付かないほど、おれたちが落ちぶれてるなんて思ってもらっちゃ困るな」


 璃穏さんが鋭利な眼差しでメリアを射竦め、彼女は息を呑む。その時、彼の背後に控えていたライナードさんが憤慨したように怒声を上げた。


 「アルストロメリア‼ お前は事もあろうに、クオンを殺したその手で誓いを結んだというのか! わしは忘れておらんぞ、お前がクオンを燃やしたあの瞬間を‼」


 怨嗟に満ちた叫びと共に、ライナードさんが腰に穿いていた鞘から二本の剣を抜き放った。


 「お前はドラゴンの名折れじゃ! もう二度と、ドラゴンだと名乗れないようにしてやる‼」


 「できるものなら、やってみなさい!」


 駆け出したライナードさんを、空間の切れ目から素早く大剣を取り出したメリアが迎え撃つ。


 「仲間を手にかけるのは気が乗らないでありんすが、あまりにも目に余る」


 ライナードさんの後ろで溜息をついたエレヴィオーラさんが簪を引き抜き、細剣を召喚して二人の戦闘に参戦した。

 互いに切り結ぶ三人の姿が煙り、肉眼では追えなくなる。鼓膜を打つ甲高い残響が四方八方から木霊し、素早く移動する彼女達の居場所を攪乱する。


 「馬鹿なことは考えない方がいいよぉ」


 不意に背後から制され、少年は立ち上がりかけたままの体勢でピタリと止まった。

 壁際まで下がった璃穏さんは、まるで三人の邪魔にならないようにとでも言うように、手招きをしている。


 「あの戦いに、おれたちが割り込める余地はない。飛び込んでも、ただアルストロメリアちゃんの足を引っ張るだけだよぉ」


 彼の言葉に少年はぐっと押し黙り、璃穏さんから顔を背けて眼前の戦闘に視線を戻した。

 刹那、刀身が軋む音と同時にメリアとライナードさんの姿が現れる。火花を散らしながら刃を押し付け合う二人の背後で、高らかに打ち付けられた下駄の音が響き渡り、メリアを囲むように花魁衣装を纏った五人の女性が一斉に細剣を突き出した。


 「メリアッ‼」


 「―――ッ! あぁあああッ‼」


 少年が悲鳴を上げる。五本の剣を背中で受けた少女は一瞬苦痛に背中を震わせるも、右足を強く踏み込んで更に力を強めてきたライナードの双剣を雄叫びと共に跳ね返し、素早く後退して距離を取った。

 荒くなる呼吸を整え、目を閉じたメリアの身体から魔力が噴き出し、背中に刺さった五本の細剣が空気に溶けるように掻き消える。


それとほぼ同時に、同じ姿をした女性たちの身体が崩壊するのを見て、いつの間にかライナードさんの隣に立っていたエレヴィオーラさんは残念そうに溜息をついた。


 「あぁ、囚いそこなったでありんす」


 「だが、精神に打撃を加えられただけでも上々じゃ」


 そうエレヴィオーラさんに返しながら、ライナードさんの足元から青い炎が立ち昇る。

 渦を巻き、躍りかかる炎をメリアの金色の炎が迎え撃つ。膨大な金色に青色が飲み込まれたと思われた瞬間、中から青い炎が金色の炎を食い破った。


 「く―――っ」


 大口を開けて金色を飲み込む青色。一口、二口と炎が飲み込まれていくにつれ、メリアの膝が折れてゆく。

 焦ったように威力を増した金色の炎が押し寄せ、青色の炎が霧散した。しかし、少女は耐え切れずに床に手をつく。


 その隙を逃さず、再びライナードさんは先程よりも大量の炎を召喚し、メリアに向けて放った。応戦するための金色の炎は出遅れ、大剣を振り上げる余裕もない。

 彼女は覚悟を決め、襲い掛かる青い炎をその身で受ける――。


 直前、メリアの目の前に人影が飛び込んできた。


 「なっ!」


 無謀にも飛び出した少年の姿に、ライナードさんは短く声を上げて慌てて攻撃を止める。しかし、放たれた炎は戻らない。咄嗟にエレヴィオーラさんが駆け出し、璃穏さんが魔法を展開させるも焔が伸ばした手が少年に触れようとする方が早かった。


 「―――――ッ‼」


 驚愕にこれ以上ないほど目を見開き、メリアが声にならない悲鳴を上げた。

 熱風が肌を焼き、瞳を干上がらせる。眼前に迫りくる炎の前に、少年は勢いよく右手を翳した。

 彼の掌を中心に、空中に波紋が生まれる。それに青が触れ、水面が波立つように波紋が小刻みに振動する。


 「ぐ、ぅっ!」


 弾かれそうな掌を、左手で右手首を押さえて堪えながら彼は歯を食いしばった。

 幾つもの波紋が生まれ、互いの波に揺さぶられながらも炎を押し止めようと、少年の前に懸命に立ちはだかる。


 「ぉ、おお、おぉおおおっ‼」


 少年の喉の奥から、雄叫びが溢れ出す。その声と呼応するように彼の核から魔力が迸り、それは肉体の限界を越えようとしていた。

 右手の爪が割れ、指先が裂ける。床に滴り落ちた鮮血を見て、メリアは少年を止めようと彼の背に手を伸ばす。


 「もう、やめて! やめなさい、セイン!」


 少女の悲痛な懇願に、少年は耳を貸さない。ただただ彼は、愛する少女を守るために命を削る。


 「おおおおおおおおおぉ――ッ‼」


 喉をつんざく叫びと共に、強引に押し込んだ右手に手の甲まで亀裂が走る。瞬間、拮抗していた魔力の衝突が相殺され、少年の身体が吹っ飛ばされた。

 反射的に剣を捨て、メリアが少年を受け止める。しかし、彼女の腕の中で少年の身体がビクンと跳ねた。


 「セイン……⁉」


 突然痙攣を始めた少年の身体を抱き締め、メリアは息を呑む。彼は血塗れの両手で胸を掻き毟りながら、ごぼりと血塊を吐き出した。


 「どうして⁉ なぜ貴方はわたくしを助けたりなんかしたのです! あのくらいの炎など、わたくしなら何てこともなかったのに、どうして‼」


 自分を庇った結果、深く傷ついた少年をメリアは思わず詰ってしまう。そんな彼女の顔を見上げて、彼は薄っすらと生気のない笑みを浮かべた。


 「ごめん……でも、足手纏いでも、お前を、助けたかった……それだけ、だ」


 途切れ途切れに告げられた言葉に、少女の瞳が歪んで涙が溢れ出す。その時、少年が呻き声を上げた。

 どくん、とメリアの鼓膜にも少年の鼓動が振動した。次の瞬間、彼の身体を中心に膨大な魔力が立ち昇り、あまりの威力に近付こうとしていた璃穏さん達の足をその場に縫い留めた。


 自身を少年から引き剥がそうとする魔力に逆らい、メリアは彼の身体を抱き締め続ける。


 「セイン、セイン、セインッ! いや、いやよ、いや……っ!」


 恐怖に声を引き攣らせる少女の手の中で、少年の命が次々に零れ落ちていく。

 その二人の姿を、第三者の視点から俺は眺めていた。


 調律だ。セインの核は、自身の魔力に耐え切れなかったのだ。


 涙を流し、駄々っ子のように首を振っていたメリアが、ちりんと微かに鳴った鈴の音に視線を落とす。

 力を振り絞り、僅かに持ち上げられた少年の右手から力が抜けて、落下しかけたその手を寸前でメリアが掴む。それを見て、苦しみに顔を歪めながらも少年は震えて、掠れた声で囁いた。


 「……め、リア……あい、し……て、……」


 最後の一文字は声にならず、吐息だけを残して少年の瞼が閉じる。


 「……セイン……?」


 衝撃波がなくなり、腕の中で重みを増した身体を呆然と見つめてメリアは自分の左手を目の前に広げる。

 その小指に繋がっていた赤い糸が燻り、ふつりと焼き切れて先端が床の上へと舞い降りた。


 「あ……」


 メリアの口から、か細い声が漏れる。


 「ぁあ、ああ、あああ、ああぁあああっ」


 ぶわり、少女と少年の周囲を金色の炎が取り囲み、それを見たライナードさんが声を固くした。


 「璃穏!」


 彼が璃穏さんを呼ぶと同時に、メリアの背中に無数の細剣が突き刺さる。


 「っ!」


 切羽詰まったエレヴィオーラさんが数え切れない程の幻影を放ち、その全てを一身に浴びたメリアが息を詰めると、璃穏さんが両手で握った和傘の先端を、床に叩きつけた。


 「眠れ。アルストロメリアちゃん」


 璃穏さんの低い声と魔力が響き渡り、メリアの上体が傾いて倒れ込む。



 そうして、少年と少女は、深い、深い眠りへと落ちていった。









無断で更新が止まってしまい、申し訳ありませんでした。

ストックが切れてしまったため今後は不定期更新となりますが、完結に向けて頑張っていきます。

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