表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
115/120

115、セイン






 その時、俺の耳にジジッというノイズが聞こえ、メリアの座っている位置が瞬きの間に微妙に移動する。感覚的に、時間がスキップされたのだということを察した。

 彼女はまた一人で泣いていた。悲痛な泣き声を上げていたメリアが、何かに気付いたように目を上げる。


 「また泣いてんのか」


 「……また来たのですか」


 呆れたような顔をする少年から顔を背け、メリアが手の甲で顔を拭う。何気なく隣に座り込む少年に、彼女はジトッとした目を向けた。


 「貴方、何を勝手に座っているのです?」


 「まーまー、今日はいいもん持ってきたから」


 彼はメリアの視線を気にせず、ポケットの中を漁る。目当ての物を見つけ、それを引っ張り出した。

 それはガムのボトル程の大きさの小瓶だった。中には幾つかの飴玉が入っており、カラカラと軽い音を立てて転がる。少年は一つ飴玉を取り出して口に含むと、小瓶をメリアに差し出した。


 「お前にもやるよ」


 「結構ですわ」


 「遠慮すんなよ」


 「結構です」


 押し問答を繰り返し、彼は諦めたように小瓶をポケットの中に仕舞い込む。そうして胡坐をかくと、ぐすぐすと鼻を鳴らすメリアの方を向いた。


 「お前、名前何て言うの?」


 「……言いません」


 「ちなみに、僕はセインっていうんだけど」


 「聞いてませんわ」


 その名前を聞いて、俺はハッとした。

 ツンと顔を背ける彼女のつれない態度に苦笑し、少年は立ち上がる。


 「じゃあな。また明日」


 「もう来るんじゃありませんわ」


 メリアに横目で睨まれた少年は、手を振るのをやめて階段を降りていく。瞬間、また時間がスキップした。

 少年は氷結塔に足繁く通い、メリアに話しかけ続けた。最初はつれなかった彼女の態度も段々と軟化していき、少年と話す時間も長くなっていった。


 「なあ、お前名前何て言うんだ?」


 ある時、少年は再び彼女に名前を訊ねた。


 「……言えません」


 「ちなみに、僕はセインっていうんだけど」


 俯くメリアにそう言い、少年は悪戯っぽく笑う。その笑顔に彼女は逡巡し、口を開いた。


 「あ、っ……メリア。わたくしの名前は、メリアですわ」


 「メリアか」


 何かを言いかけた彼女が口を閉ざし、もう一度開いた唇がメリアと名乗る。恐らく、彼女はアルストロメリアと言いかけたのだろう。少年は彼女の名前を口の中で転がすと、パッと晴れやかな笑みを浮かべた。


 「うん、覚えた。メリアな」


 「別に、覚えなくても構いませんわよ」


 「いや、そんな訳にはいかないだろ」


 彼は立ち上がり、メリアを振り返ってまた笑った。


 「じゃあな、メリア」


 「ええ」


 またある時、少年は少女に訊ねた。


 「なあ、なんでいつも泣いてんだ?」


 「それは……」


 「まあ、言いたくなかったら言わなくてもいいけど」


 珍しくグイグイと聞かない少年の態度に、メリアは口籠る。やがて、彼女は意を決したように少年と向き合った。


 「わたくし……わたくしの本当の名前は、アルストロメリア。ドラゴン、アルストロメリアとはわたくしのことですの」


 「へえっ! 驚いたな」


 衝撃的な告白に目を見開く少年に、メリアは驚いたような顔をする。


 「……信じて、くれますの?」


 「そりゃそうだろ。逆に何でメリアの言うことを疑うんだ?」


 彼の言葉に、彼女は顔を歪めた。


 「わたくし、クオンに大事な人を任されていたのですけど、彼女を守り切れなかったのです。そればかりか、暴走したクオンを止めようとして、誤って彼を……っ!」


 その先を続けることができず、メリアは声を詰まらせる。彼女の感情に魔力が高まり、熱気が立ち昇ってメリアと少年の髪を翻した。

 不意に、少年はメリアを抱き締めた。重なった二人の身体から波紋が広がり、彼女の魔力を打ち消していく。


 瞠目するメリアの背中を叩き、少年が囁いた。


 「大丈夫。僕がいるから」


 彼の言葉にメリアは目を細め、その目尻から涙を伝わらせる。


 「わたくしはっ、この手でクオンを殺しました。この魔法で、仲間を燃やしたのです!」


 しゃくり上げる彼女が少年にしがみつき、泣き叫ぶ。小さな子をあやすように背中を撫でながら、彼はひらすら「大丈夫」と繰り返した。

 その時、初めてメリアは心から泣けたのだということが分かった。


 やがて落ち着いた彼女が少年から離れ、きまりが悪いというようにそっぽを向く。そんな彼女に、彼は声をかけた。


 「メリア。自分を赦せなくてもいい。でも、自分を憎むことだけはするなよ」


 「え……?」


 意味を図りかねて聞き返すメリアに、少年は告げた。


 「自分を憎むことほど悲しいことはない。メリアが自分を赦せないというのなら、僕が赦そう。自分を憎むというのなら、僕が愛そう」


 そうして、少年は笑った。


 「そして、僕を愛してくれ。そうすれば、お前は自分を愛せることができるんだよ」


 メリアが息を呑み、目を見開く。止まっていた涙が再び溢れ、彼女は顔を覆って静かに泣いた。


 ある時、メリアは訊ねた。


 「貴方は、どうしてあの日時計塔へ来たのです?」


 「僕、月に一度時計塔の魔力の調節をしているんだ。あの日は調整の日で、中に入ったら泣いてる声が聞こえたから何かと思った」


 余計な事まで言う少年を小突き、メリアは微笑む。初めて見た彼女の笑顔に彼は目を瞠り、少年もまた笑顔になった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ