107、見捨てる
「どうして、ライナードは血をくれないんですか!」
立ち上がったままのリクエラが、リオンとエレヴィオーラに向けて納得がいかないという風に声を上げる。
ライナードを糾弾するその声には、少なからず同意するような雰囲気が漂った。
「ライナードの血でも、アルストロメリアちゃんの力に対抗できるかは分からない。ライナードは、一期君が少しでも苦しむ時間を短くした方がいいって」
「そんなの、イツキに死ねって言っているようなものじゃないですか! ライナードは、イツキを見捨てるんですか⁉」
ライナードの言葉を伝えるリオンに、リクエラが憤慨する。その時エレヴィオーラが声をかけた。
「勘違いしないでほしいでありんす。一期には既にあちきと璃穏の血が流し込まれているでござりんす。これでライナードの血まで入れたら、何が起こるかあちき達にも分からないでありんす」
「それに、どういう訳かアルストロメリアちゃんはドラゴンティアを取り戻している。これが、ドラゴンティアを失っている彼女だったらまた話が違ったんだろうけど……」
付け足すように言葉を添えたリオンが、悔しそうに唇を噛みしめる。彼もまた、イツキの回復を望んでいる一人だということがありありと伝わってきた。
その時、アレスティアはリオンの言葉の中で引っ掻かりを覚えた。
「あの、メリア様がドラゴンティアを取り戻したというのは、どういうことでしょうか?」
彼女の問いにリオンが答える。
「君は、ドラゴンティアが何か知ってる?」
「はい。古い文献で見たことがありますわ」
「アルストロメリアちゃんは昔、おれ達にドラゴンティアを取り上げられて時計塔で眠っていたんだ。だから、最近のアルストロメリアちゃんはドラゴンティアのない状態で動いていた」
彼の説明に、アレスティアは驚く。確か、ドラゴンティアとはドラゴンに心臓にて生成される宝石のような石のことで、膨大な魔力を含んでいるという。それを失っていたということは、メリアは本調子ではなかったということだ。
「それが、一期君を斬ったときの彼女の魔力からは、確かにドラゴンティアの波動を感じた。つまり、今のアルストロメリアちゃんは本来の力を取り戻しているってことだよ」
リオンがそう言った瞬間、テネレッツァとスカイルが顔を顰めたのが分かった。
「……これだから、ドラゴンは嫌だ」
「……なんだって?」
ぽつり、と呟いたテネレッツァの声に、エレヴィオーラが眉を顰める。
「……ドラゴンは全てを壊す ……エルフの里を滅ぼした時と、何も変わらない」
「先生、それは違うんです!」
突然、彼女が吐き捨てるように言った直後、腰を下ろしたばかりのリクエラが立ち上がって叫んだ。
テネレッツァの事情は、アレスティアも把握をしている。彼女は以前、メリアに襲い掛かりその後逃亡した。テネレッツァには、ドラゴンに故郷の里を燃やされ、彼らを深く憎んでいたという背景がある。
「……リック、何が違うというの?」
「レティーちゃん。君はどうやら思い違いをしているようだ」
リクエラに聞き返すテネレッツァに、リオンが冷えた視線を送った。そのあまりの冷たさに、傍で聞いているだけのアレスティアの背筋に悪寒が駆け抜ける。
「父上、クオンがエルフの里を滅ぼしたのは、おれの母上、モモという人間を君達エルフが殺したからだよ」
「……嘘!」
リオンの言葉にテネレッツァが、素早く否定する。
「ちょっと、いい加減なこと言うんじゃないわよ! どうしてエルフがアンタの母親を殺さなきゃいけないわけ?」
エルフを擁護するサラの態度に、リオンの眼差しが更に冷えていった。
「知らないよ。おれ達はエルフが母上を殺した理由は知らない。ただ、事実だけは知っている。それだけだ」
「いいがかりよ。気にするんじゃないわ、レティー」
庇うようにレティーの前に出てきたディーネが、彼女に優しく声をかける。
「そうやって、現実から目を塞ぐの?」
「なんですって⁉」
挑発するようなリオンの言葉に、シルが声を荒げる。「リオン、やめなんし。大人げないでありんす」というエレヴィオーラの台詞に、ますますシルが憤った。
「……本当なの?」
不意に、か細い声が空気を震わせる。その声に、精霊達はハッと振り返った。
「……本当に、エルフが殺したの? ……だとしたら、エルフを、精霊を殺されたわたしの憎しみは、どうなるの?」
縋るように震えるテネレッツァの声に、「レティー……」とサラ達が言葉を失う。
「おれは、母上を殺したエルフ達を絶対に赦さない」
「ちょっと、あんた!」
きっぱりと言い切ったリオンに、サラが声を上げる。
「だから、レティーちゃんもおれ達を赦さなくていいよ」
しかし、続けられた言葉に、精霊達とレティーは息を呑んだ。
「ただ、これだけは覚えておいて。暴走した父上を殺してまで止めたのは、アルストロメリアちゃんなんだ。だから、君が生きていられたのは彼女のお陰なんだよ」
そう言って薄く微笑んだ彼の顔は、痛みを抱えたような哀しい表情だった。
「……そう」
テネレッツァは素っ気なく返事をし、目を伏せる。そんな彼女の傍にムーが近付き、抱き着く少年の頭をテネレッツァは優しい手付きで撫でる。
彼女達の間に流れていた凍てつくような空気が心なしか緩和されたような気がして、アレスティアはほっと胸を撫で下ろした。