106、容体
ソファーに腰掛けたアレスティアの目の前に、ティーカップが置かれた。
彼女が目を上げるとやけに無表情なメイドと目が合い、お互いに会釈をする。メイドはピクピクと耳を動かすと給仕に戻っていき、その背中を思わず目で追っていると、やがてお茶を配り終えたのかメイドは壁際に待機した。
そのメイドと年若い執事だけがその場に残り、後のメイド達は退室していく。ドアが完全に閉じるのを待ってから、ミュンツェが口火を切った。
「それでは、話し合いを始めましょう」
そう言うと、彼は空気を和らげるようににっこりと微笑む。
「ここには、今、初めて会ったという人同士もいるでしょう。改めて、まずは自己紹介といきませんか」
ミュンツェの言葉に視線を巡らせると、アレスティアにとっては大半の人が見慣れない顔ぶれだった。
「始めに、私はラルシャンリ領の領主を務めさせて頂いている、ミュンツェ・ラルシャンリ。私のことは、全員よく知っていることでしょう」
アレスティアも、彼のことは知っている。ミュンツェに目線で促され、彼女はスッと立ち上がった。
「ワタクシはクラウン王国の王女、アレスティア・クラウンと申します。皆様、よろしくお願い致しますわ。セバスチャン」
「姫様に仕えさせて頂いております、セバスチャンと申します。以後お見知りおきを」
アレスティアに呼ばれ、彼女の背後に控えていたセバスチャンが名乗ると、二人の紹介に空気がざわつく。
その空気の中立ち上がったのは、見慣れない衣装を身に纏った青年と女性だった。
「おれはリオン。母モモと父クオンを両親に持つ、ハーフドラゴンだよぉ」
「あちきはエレヴィオーラでござりんす」
エレヴィオーラ、という名前には憶えがあった。伝説のドラゴン、『エレヴィオーラ』。そして、クオンというのは『黒のクオン』のことだろうか。その息子だと自称する青年からは、確かに常人では発せられないような雰囲気が漂っている。
ここにエレヴィオーラ達がいる、ということはやはり父の伝言は正しいのだろうか。
「……長の娘、テネレッツァ」
彼らが座りきる前に立ち上がり、そう名乗った少女はクオン達の方を向き、鋭い目付きで睨みつけた。
「……そして、ドラゴンをこの世で一番憎んでいるエルフだ」
「エルフ……そうか、君は何も知らないのか」
テネレッツァに睨みつけられたリオンが呟くと、彼女の眉間にしわが寄りますます人相が悪くなる。普通にしていればとても美しい顔立ちなだけに、勿体ない。
「はいはーい! あたしはサラマンダーのサラ! んで、この子にはレティーっていう可愛い愛称があるから、皆そう呼んであげてね」
「分かったよぉ。レティーちゃん」
「……殺されたいの?」
見た目に反して女性らしい言葉遣いをする青年の言葉にリオンが反応し、テネレッツァが魔力を昂らせる。あわや一触即発の二人の間に、慌ててエレヴィオーラとサラが割り込んだ。
「何やってんのよサラ。あ、シルはシルフのシルよ」
「アタシはディーネ。ウンディーネよ」
「……ムー。ノーム」
呆れたような口ぶりでついでのように自己紹介した幼い見た目の少女に続き、青い髪の女性、異国風の衣装を纏った少年が名乗っていく。
「次はリック挨拶したら?」
「分かった。えっと、村長の娘のリクエラです。よくリックって呼ばれています」
リクエラが立ち上がって頭を下げると、それに続いて瓜二つの少女達が立ち上がる。
「ルーはルコレですー。これでも男の子ですよー」
「コーはコレルっていいますー。コーは女の子ですー」
驚くことに、ルコレと名乗った少女は実は少年らしい。心の中で密かに驚いたアレスティアは、それを表面に出さないようにするのに苦労した。
「そして、ボクはただの新入りのメイド。ルイーゼです」
「同じく、ただの新入りの執事。スカイルっす」
最後にティーカップを置いたメイドと、その隣に控えていた執事が挨拶をして全員の自己紹介が終わる。
「さて、ここから本題に入りましょう。まず、アレスティア王女がこの屋敷にいらっしゃったのは、イツキの見舞いと国王からの伝言を伝えるため。そうでしたよね?」
アレスティアが屋敷にいる理由を説明するミュンツェに頷く。
「ええ。ミュンツェから知らせを受け、お父様から伝言をお預かりし、馬車を飛ばして参りましたわ」
「国王が王女を伝言に使うなど、それほど重要な内容なのでしょう。それは、後程聞かせて頂きます。まずは、イツキが怪我を負った経緯と状態を説明しましょう」
その言葉に、客間の中に緊張が走る。
「イツキはお嬢さん――メリアにより斬られました」
「メリア様が――!」
アレスティアにとって予想だにしなかった相手に、思わず声を上げてしまう。
「ええ。リオン、イツキの容体をお聞かせ願えますか?」
アレスティアに頷き、話をリオンに向けると彼は首肯した。
「分かったぁ。イツキ君はねアルストロメリアちゃんの剣で斬られたから、一時はかなり危ない状態だったんだけど、今はおれとエレヴィオーラの血で落ち着いている」
「ただ」と続けたリオンの表情は、決して明るくはない。
「おれとエレヴィオーラの血では、とてもじゃないけどアルストロメリアちゃんの力に敵わない。出血こそしないにしろ、恐らく傷は塞がらないだろうね」
「そんな!」
残酷な現実にリクエラが立ち上がる。あまりにも悲痛な顔をする彼女に、リオンはそっと目を伏せた。
「せめて、ライナードが血をくれたなら状況は変わるんだろうけど……」
「彼は、なんと?」
ミュンツェの静かな問いに答えたのは、エレヴィオーラだった。
「ライナードは頑なに、首を縦には振ろうとしなかったでありんす」
「そんなぁ……」
コレルの絶望に彩られた声に、アレスティアは部屋の中の空気が重量を増して圧し掛かってきたような、そんな錯覚に囚われた。