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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
104/120

104、被害






 黒髪の少年が、ベッドの上に横たわっている。

 血の気を失った面差し。浅く、早い呼吸。発熱のため額に乗せられている冷やしたタオルと、胸に厚く巻かれている白い包帯が痛々しい。


 手を伸ばしてタオルを取り上げ、桶に張った水につけて冷やし直してから再びイツキの額に乗せたリックは、そっと目を伏せる。

 話は、一週間前まで遡る。


 その日、伝書鳩の手紙によって両親に呼び戻されたリックは、村まで戻り父親の手伝いをしていた。

 その時、突然屋敷の方から膨大な魔力を感じ、同時に村は激しい地震に襲われる。父親に抱き締められながら彼女が恐怖と戦っていると、やがて揺れは治まった。


 父親は村長としてすぐに行動を開始した。リックを伴い、村の住民の安全を確認する。

 村は悲惨なことになっていた。家が崩れ、下敷きになった人を近所の住民が救助する姿があちこちで見られる。


 彼女はすぐに自身の『目』を使い、救助活動に参加した。瓦礫の下に人間の魔力が感じられないか確認し、的確な指示を出す。

 それでも難航する救助活動にリック達が臍を噛んだ瞬間、突然瓦礫が浮かび上がり、下敷きになっていた住民の姿が露わになる。


 その憶えのある魔力にリックが首を巡らせると、曇り空に一人の少女が浮かんでいた。


 「シル!」


 風を操り、瓦礫を安全な場所まで運んだシルは、微笑みを浮かべてリックに手を振る。


 「久しぶり、リック」


 背後から聞こえた野太い声に振り返ると、負傷した住民を横抱きに抱えたサラが立っていた。


 「サラ!」


 「あの子もいるわよ」


 声を上げるリックにウインクをし、彼が住民を運ぶ。その姿を目で追うと、森の中から三人の男女が駆けてくる。

 大きな袋を持ったディーネ、ムーの後ろから走ってくる少女。


 「先生‼」


 ずっと会いたかったその姿に堪らず彼女は駆け出し、足を止めたレティーに抱き着く。


 「……ごめんね。ただいま」


 レティーが優しく彼女の頭を撫で、リックが嗚咽を漏らす。


 「リック!」


 その時名前を呼ばれて顔を上げると、森の中から走ってきたスカイルが叫んだ。


 「イツキがやられた! 今屋敷で手当てしてるけど、もつかどうか……っ!」


 「え……っ?」


 彼の口から告げられた衝撃的な言葉に息を呑むと、肩に手が添えられる。見上げるとレティーが彼女に向けて頷いた。


 「……こっちは任せて。薬も持ってきたから」


 そう言って怪我人の方へ駆けていくレティーの背中を見つめていると、リックの隣にシルが降り立つ。


 「屋敷までシルが連れて行ってあげるわ」


 「お願い!」


 精霊達が救助活動に参加し劇的に状況が改善される中、リックはシルにしがみついた。

 瞬時に風が二人を取り巻き、上空から屋敷を目指して飛んでいく。上から見下ろすと、森にも地震の被害で出ていることが分かった。


 屋敷の庭に舞い降り、すぐにシルは村にとんぼ返りしていく。彼女に背を向け、リックは屋敷に飛び込んだ。

 どこか慌ただしい雰囲気が漂う屋敷の廊下を走り、イツキの部屋を目指す。屋敷は比較的被害が少なかったようで、美術品が少し倒れているくらいしか見られなかった。


 イツキの部屋が見えてくるとバタバタとメイドや執事が出入りしている。彼女達の手に抱えられた布が赤く染まっていることに嫌な予感がしていると、一人のメイドがリックに気付いた。


 「リクエラ様! 皆様、客間にてお待ちしております」


 「イツキは、イツキは大丈夫なんですか?」


 暗に部屋に入るなと言われたことを察しながらも、イツキの身を案じる彼女にメイドは顔を曇らせる。


 「……峠は、今夜になるでしょう」


 「そんな――っ!」


 告げられた残酷な事実にリックが絶句する。「客間までご案内します」というメイドの言葉に従い、彼女はメイドの後ろをついていった。

 客間の中に入ると、沈痛な面持ちで俯いていた皆が顔を上げる。


 「リック……」


 目を泣き腫らしたコレルが彼女の名を呼び、顔を歪めた。リックはそこにいる面々の顔を見ながら、その場に一人足りないことに気付く。


 「メリアさんはどうしたんですか?」


 彼女がそう訊ねた瞬間、客間の中の空気が張り詰めた。


 「……お嬢さんは、イツキを剣で斬り、逃亡した」


 「え?」


 ミュンツェの言葉に思わず聞き返し、他の人達の表情を窺う。しかにそこには重苦しい空気が漂うばかりで、その言葉が冗談ではなく事実だということを嫌でも分からせてくれた。


 「今は、リオンとエレヴィオーラがイツキの治療に当たっている。私達は、イツキの生還を待つことしかできない」


 そう言って手を組むミュンツェに倣い、ソファーに座ったリックは拳を握って唇を噛みしめる。イツキが命の危機に瀕しているというのに、何もできない自分が不甲斐なかった。

 途中でルイーゼがお茶を淹れてくれたが、誰も手をつける気にならなかった。

 そうして日が暮れ、夜になり、ルコレとコレルが眠りに落ちてからしばらくして、ドアが開かれる。


 そこに立っていたリオンとエレヴィオーラの姿に、リックは立ち上がる。


 「イツキはどうなったんですか⁉」


 切羽詰まって問う彼女の声が震え、リックを安心させるようにリオンが微笑んだ。


 「峠は越えたよ。あとは、一期君次第だ」


 その言葉に思わず座り込み、リックは安堵の息をついた。

 しかし、それから一週間が経っても、イツキの意識は戻らなかった。







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