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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
102/120

102、異変






 それは前触れもなく訪れた。


 「あっつ!」


 突然左手の小指が燃え上がるような熱を発し、反射的に手を振ってしまう。俺の声に、その場に居た人達の視線が集まった。


 「少年、どうかした?」


 エレヴィオーラさんの前に置かれたティーカップにお代わりのお茶を注ぎながら、ルイーゼが声をかけてくる。

 東の果てを空けることは危険らしく、璃穏さんが屋敷を訪れる時はライナードさんかエレヴィオーラさんが交互に留守番をしているそうだ。今日はライナードさんが留守番らしい。


 ルイーゼとエレヴィオーラさん、璃穏さんの他にはミュンツェさん、スカイル、ルー、コーが同席している。リックは家から呼び戻されて、屋敷を空けていた。


 「いや、なんか急に手が熱くなって……」


 俺がそう言って左手に目を落とした瞬間だった。

 ふつり、と糸の半ばから断ち切られるような感覚がし、短くなった赤い糸がだらりと足元に垂れる。


 「え……?」


 俺が呆然と切れた糸の端を見つめていると、異変に気付いた璃穏さんとエレヴィオーラさんがソファーから立ち上がった。


 「誓いの糸が切れた――⁉」


 璃穏さんの声に、コー達が息を呑む。


 「まさか、お嬢さんの身に何かあったのでは?」


 「あ、さっきまで庭園にいたみたいっすけど、今はいなくなってるっす」


 ミュンツェさんがメリアの身を案じ、窓から外を確認したスカイルがそこに彼女の姿がないことを告げる。

 俺は妙な胸騒ぎがし、客間から飛び出して玄関に向かった。

 玄関から外に出て顔を上げると、森の中から人影が歩いて来ている。


 「メリア!」


 その姿に胸を撫で下ろすが、ふと違和感を感じて目を凝らす。

 俯いて歩く彼女の足取りはどこか覚束ない。近付いてくるにつれ、メリアのワンピースに血痕が飛び散り、胸元が真っ赤に染まっていることに気付いた。


 「おい、メリア、大丈夫か⁉」


 ギョッと目を見開き、俺は慌てて彼女に駆け寄った。

 門の間を通り、ふらふらとサンダルを引きずるように歩いていたメリアの足が止まる。


 「メリア?」


 メリアの目の前で立ち止まり、怪訝に思いながら手を伸ばす。

 刹那、鋭い音と共に胸元が燃えるような熱さに襲われる。


 「一期君‼」


 何が起こったのか、理解できなかった。

 急速に足から力が抜け落ち、仰向けに倒れ込んでいく。


 最後に見たメリアの瞳は、何の感情も宿しておらず。しかし、目の縁から一筋の涙を流したような、そんな気がした。


 そして意識が暗転する。



========================================



 客間から飛び出していった一期をミュンツェが追いかけ、その後ろを部屋にいた人々が続々と続く。コレルはルコレと顔を見合わせてから、彼らの後を追った。

 玄関から外に出ると、森の中からメリアが出てくる。イツキが彼女に駆け寄り、ミュンツェ達がほっと息をついて足を緩めたのが分かった。


 それが見えたのは、単なる偶然だ。

 暗殺ギルドで鍛えられたコレルの視覚は、メリアが目にも止まらぬ速さで空中から剣を取り出し、イツキを斬りつけた瞬間を捉えた。

 あまりの驚きに声すらも出せず凍り付くコレルの横から、リオンが駆け出す。


 「一期君‼」


 彼の名を叫ぶその声に我に返り、ようやくコレルは悲鳴を上げることができた。

 がくがくと震える足を叱咤し、懸命にイツキの元まで駆ける。彼の足元に膝をつき、覗き込んで見たイツキの状態は酷く悪かった。


 意識を失っているのか、リオンの腕の中で少年の首がかくりと折れ、血の気を失った面差しが露わになっている。不意にこぽりと鈍い音がし、イツキの口から血が吐き出された。

 そして深く斬りつけられた胸元からは夥しい量の血が噴き出し、リオンの服や地面を赤く染め上げていく。


 周りではスカイル達がメリアに飛び掛かっていく。彼女のことは彼らに任せ、リオン達はイツキの治療に専念した。


 「エレヴィオーラ! おれの血じゃ間に合わない‼」


 手首を歯で切り裂き、イツキの傷口に己の血を流し込んでいたリオンが、エレヴィオーラを呼ぶ。

 瞬時に駆け寄った彼女は髪に刺していた髪飾りを引き抜き、手の中に顕現した細剣で躊躇なく腕を斬りつけて少年の傷口の上に翳した。


 「正直、あちきの血でも耐えきれるかどうか……っ」


 腕を伝う血が傷口に吸い込まれていく中、エレヴィオーラの切迫した声にリオンが唇を噛み締める。


 「イツキさん……イツキさぁん!」


 傷ついた少年の前で何もできないコレルはイツキに縋りつき、震える声で何度も名前を叫ぶ。

 その時、彼の傷口から金色の火の粉が舞い散り、リオンとエレヴィオーラが顔を引き攣らせた。


 「まずい! アルストロメリアの炎が‼」


 ジジッと燻るような音と共に、焦がされるような熱気がイツキの身体から立ち昇る。思わずコレルが身を竦ませた瞬間、空中に波紋が広がった。


 「これは、一期君の……!」


 リオンが息を呑み、立ち込めた熱気を波紋が鎮めていく。やがて飛び散っていた火の粉が治まり、イツキの身体がだらりと脱力した。


 「一期君‼」


 「イツキさん!」


 リオンとコレルが呼び掛けるものの、彼からの返答はない。


 「……サラ!」


 「分かったわ‼」


 その時、その場に居ないはずの懐かしい声が響き、ハッと顔を上げたコレルの視界を炎槍が横切っていった。







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