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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
最終章 回想列車の夜
101/120

101、鴉






 大切な人が、いた。


 その人の顔も、声も、匂いも、名前も、何一つとして思い出せないけど。


 交わした誓いだけは、憶えている。



========================================



 その日は薄曇りの空で、あまり気分のいい日ではなかった。


 夏も近付きまだどこか湿った空気の残る中、庭園に咲き乱れる花々を眺めながらメリアは空を見上げる。

 暗殺ギルドに荒らされた花壇は執事やメイド達の手によってすっかり元通りに直され、季節の花が風に揺れる。ミュンツェと生垣を直す約束をしていた一期が、ついでだと整備を手伝っている場面を何度か目撃したが、位置的に花壇の端の方は彼が植えたのであろう。


 不意に屋敷の中から憶えのある魔力が生まれ、同時に一期達の驚いた声が聞こえてくる。


 「璃穏、また来たのですね」


 仲間の子供である青年の姿を思い浮かべながら、彼女はそっと溜息をついた。

 璃穏に東の果てまで連れていかれてから一週間。その間に彼は二回、ミュンツェの屋敷を訪れている。どうやら彼は、一期のことを気に入ったようだ。


 「屋敷も随分騒がしくなったこと……」


 思い起こせば、最初はミュンツェに一期と共に招かれたことから始まったのだ。

 あれからリックとコレルが一緒に暮らし始め、やがてスカイルやルイーゼ、ルコレと住人も数を増し、更には璃穏やライナード、エレヴィオーラと客人も訪れるようになった。


 それから、一期と出会って多くの人々と接するようになった。

 行方をくらましたままのテネレッツァと精霊達。国王アレストレイルと王女アレスティア。ゼスやベネ、メリアは会ったことがないが一期はトーリスというドワーフにも会ったらしい。

 どれも、ドラゴンとして東の果てに閉じこもっていた時では想像もつかないようなことだ。


 ふと、一枚の黒い羽根が目の前を落下していき、メリアの思考を遮った。

 視線を巡らせると、空からベンチを目掛けて一羽の鴉が飛んでくる。

 メリアの隣に降り立った鴉は足に括りつけられた文書をくちばしで器用に解くと、彼女に差し出した。


 メリアがそれを受け取ると、真っ黒い翼を広げて毛繕いをした鴉は再び空へと舞い戻っていく。

 単なる羊皮紙にしか見えないそれを広げ、メリアは目を通していく。

 最後まで読み進めると、彼女は溜息をついて立ち上がった。


 手紙を握りしめ、メリアが跳躍。生垣を飛び越えて、森の中を疾走する。

 しばらく駆けていた彼女は、やがて開けた場所に出た。


 メリアの目の前には、時計塔がそびえ立っている。ミュンツェがドワーフ達に依頼した修理はまだ始まっていないようで、周りにはまだ瓦礫が散らばっているような状態だった。

 彼女は蘇ってきた苦い記憶を噛み潰し、時計塔の中に入って螺旋階段を登り始める。


 メリアのサンダルがカツン、カツンと音を立て、塔の内部で木霊す。待ち人は、この音で彼女が来たことに気付くだろう。

 そして、二階へと辿り着いたメリアの視界に入ってきたのは、彼女に背中を向けてステンドグラスの前に佇む黒いローブの人影だった。


 「わざわざ手紙で呼び出すなんて、どういうつもりですの?」


 くしゃくしゃになった文書を投げ捨てて声をかけるメリアに、ローブの人物がゆっくりと振り返る。

 黒いローブは遠目からでも上等ということが分かる。フードを落とし、露わになった素顔には薄い笑みが浮かべられていた。


 「アルストロメリア。これが何か分かるか?」


 ローブの人物が懐からあるものを取り出し、頭上に掲げる。

 それは、薄っすらと透き通る漆黒の石だった。それに込められた魔力の正体に気が付き、メリアの顔色が変わる。


 「まさか、それは――!」


 息を呑み、目を吊り上げたメリアが声を荒げる。


 「それを返しなさい!」


 彼女が手を伸ばし、駆け出そうとした瞬間ローブの人物が哄笑を上げた。


 「油断したな」


 「え……?」


 背中から貫いた衝撃にメリアの足がもつれ、時計塔の床の上に崩れ落ちる。

 音もなくメリアの背後に忍び寄っていた黒いコートの人物が、打ち込んだ魔法の感触を確かめ満足したように頷いた。


 「か―は――っ!」


 倒れ込んだメリアは、他者の魔力に誘発され暴走しかかる己の魔力を必死に押さえ込む。小さな背中がビクビクと波打ち、呼吸が詰まる。

 それに手一杯になっていた彼女は、ローブの人物がコツコツと足音を鳴らして歩み寄ってきたことに気付かなかった。


 不意にメリアは足蹴にされ、仰向けに転がせられる。次の瞬間、その胸元に短剣が突き刺された。


 「ぐっ、ぁああああ!」


 堪えきれずにメリアの苦鳴が上がる。ドラゴンの血は、心臓を貫かれても死ぬことができない。ただ耐え難い苦痛に襲われるだけだ。

 吐血し、息も絶え絶えになる彼女を見下ろし、その人物は再び懐に手を入れて別のものを取り出す。


 薄い黄金色に透き通るその石を認めた途端、目を見開くメリアの様子に唇を弧の形に歪めたその人物は、脳裏に刻み込むようにそっと言葉を紡ぐ。


 「本能に逆らうな。暴虐の限りを尽くせ。世界を混沌に陥れろ。さあ、狂え、狂え、狂え!」


 魔力が立ち昇り、メリアの意識が薄れていく。

 瞼が落ちていく中、最後に思い出したのは黒髪の少年の姿だった。


 ……チリン。







ついに最終章に入りました。

最後まで、応援よろしくお願いいたします。

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