閑話 アンクの冒険譚ー2
僕は突然声を掛けてきた初老の男の正面に立ち、兄弟達を背に庇うようにする。
その対応を見た初老の男は柔和な笑みを浮かべてこう続ける。
「あははは、やはり警戒されて当然か、まぁ私は怪しいものではないよ、ちょっと特殊な役職ではあるんだけどね」
以前柔和な笑を崩さない男を正面に見据えながら僕は相手を観察する。男の見なりは子供の僕からしても立派だと分かるほどに清潔感がありまさに紳士という感じだった。
刻んできた歳を感じさせる白髪に、綺麗に揃えられた髭、小さな眼鏡の下から見える少し窪んだ瞳は未だ衰えずまるで獅子を見ているかの様だった。そして燕尾服を纏い執事を連想させる様な服装をしている。
体はすらっとしているが、ガリガリと言う訳では無い背筋は伸びており、服の上からでも分かるくらいに筋肉がついていた。
「そんな事言われて、はい、そうですか。なんて納得すると思うのか?」
「それもそうだね、とりあえず名乗っておこう、私は<魔道大国 マーレイン>冒険者ギルドのギルド長 ファーゼラスと言うものさ、以後お見知り置きを。さて私も名前を聞いていいかな?少年」
ギルド長って言うのはその支部を纏めあげる総括だ、なんでそんな人がこんな子供にわざわざ時間を割く?
なにか思惑が?いや……僕達はまだ何もしていない、目をつけられるにしても不自然だ。
僕が思案していると、ファーゼラスは困った様に両手を広げ敵意が無いことを示す。
僕はため息をつきながら、名前だけを名乗る事にした。
「僕はアンクだ」
「そうかアンク君と言うんだな、よろしく頼むよ、さて回りくどいのはあまり好きじゃない、担当直入に言わせてもらおう」
僕は警戒を最大に引き上げ男の一挙手一投足に注目する。
だが、男の口から紡がれた言葉は僕の予想の斜め上を行くものだった。
「冒険者にならないか?」
「は?」「「「え?」」」「んー?」
僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまう、それは後ろの兄弟達も同様だった。ミミに関してはよく分かっていないだけだろうが。
「常に周りを警戒し、冷静を絵に描いたような君でもそんな顔をするんだね、あははは」
どうやら僕は顔にも出てしまっていたらしい、なんとも恥ずかしい話だ。
やはり、十六夜さんまでの道程は果てしない。
「何故僕なんだ?こんな非力な子供なんの役にも立たないぞ」
僕はファーゼラスにカマをかける。正直僕は既に冒険者として生きていくに充分な力があるだろう、しかしそれをこの国の人間に見せてはいない。
そこで一つ疑問が発生する、なぜファーゼラスは僕に冒険者の話を持ちかけてきた?かという事だ。
他の人間に僕の実力を聞いたと言う事が、万が一にもあるかもしれないが、限りなく低い。残る可能性は一つ、恐らくファーゼラスはあの何もかもを透かしたような目で僕の実力を見抜いていると言う事だ。
「あははは、なに、家を探して路頭に迷っている子供達がいるという話を聞いたからさ、これでも私は情報通でね」
「それが、この話に関係あるとは思えないが?」
ファーゼラスは僕の目を見て嘘は通じないと悟った事だろう、それに僕は嘘が好きじゃない、大嫌いだ。
「全部お見通しという訳だね?あははは、これは参ったね、君のような少年がこの私を丸め込むとは……」
「それで?本当の目的は?次はちゃんと答えてもらうぞ」
僕は有無を言わせない口調で言い切る。
「あぁ、もちろんだとも、だからその手を引いてもらえないかな?……さて、では正直に言わせてもらおう、今冒険者は慢性的な人手不足でね、優秀な人は是非とも確保しておきたいんだよ、それに君は若く将来性もある」
なるほど、確かに冒険者という人材はいくらいても足りないだろう。
増えても、魔物に殺されたりすればすぐに数が減るからな。
「それで僕を冒険者にしたいと、そういう事か。だが悪いが今はそのつもりはない、僕達は魔法を勉強しにこの国へ来たんだからな」
その言葉を聞いたファーゼラスは関心したかのようにほうっと声を漏らす。
「確かによく見れば魔法に高い適正を持つ者もいるようだ……それに今はという事だし気長に待つとしよう」
ファーゼラスはそう言うと懐から紙を出し数筆書き込むと、その紙を僕に渡してきた。
「この紙切れは?」
「私が書いた紹介状を紙切れ呼ばわりとは……君は将来かなりの大物になりそうだ、その紹介状があればいい家を紹介してもらえるでしょう、それともし冒険者になるならギルドの受付でそれを出しなさい、では私はこの辺で失礼しよ…おや?」
ファーゼラスが別れを告げ、この場を離れようとした瞬間件のクズ三人組が現れた。
「おいおい、見ろよあの時の糞ガキどもだ」
「こんなに早く会えるとはなぁ?さてさて俺らが言った事覚えてるか?」
それはこちらのセリフだ、まさかこんな早い再開になるとは。
「あ?なんか言ってたか?僕はどうでもいい事を覚えていられるほど賢くなくてね」
僕は皮肉たっぷりにクズ三人組に言い放つ。筋肉ダルマの事だ絶対に神経を逆撫でされて怒り狂う筈だ。
「てめぇ!言わせておけば!もういい殺す!」
三人のうち一番小柄の男が右腕を大きく振り上げ、僕に振り下ろそうとするが、いつの間にか三人組の背後に移動していたファーゼラスの声を聞いて凍り付く。
「何をしている?」
その声は静かだが顔を見るからに相当お怒りのようだ。なんだか周りの温度が下がったようにも感じてしまう。
「なっ!?ギルド長!」「ちっ!クソジジイなんでこんな所に」「変なタイミングで現れやがって!」
三人組の男達は口々に悪態をつくが、それが余計にファーゼラスの琴線に触れた様だ。
「ダスト三兄弟、君達にギルド長として問う、なにをしている?度重なる警告にも関わらず、恫喝、恐喝、殺人未遂、遂には殺人を犯そうとしているのかな?もう君達は冒険者でもなんでもない、ただの犯罪者だ、後で冒険者名簿から除名しておこう」
ファーゼラスがそう言い残し去ろうとすると、ダスト三兄弟とやらは激昂してファーゼラスの背後に襲いかかった。
僕の挑発で限界を超えていた自制心にファーゼラスからの最後通告で箍が外れてしまったんだろう。
あの爺さんなら大丈夫だとは思うが、ここで貸し借りを無しにしておこうか。
「爆ぜろ『千変万化』」
僕はダスト三兄弟の体内に仕込んでいた『千変万化』を一気に拡散させた。
「あばっっっっっ」「がぼっっっ、おべぇぁぁあ」「ぎゃん……」
その結果どうなったかと言うとあいつらは体内からズタズタに切り刻まれ、ありとあらゆる所から血を噴き出させながら死に絶えた。
「まぁ、こんな所か」
僕は『千変万化』を一点に集結させ元の形に戻すと、素早く懐に忍ばせる。
因みに刀身に血などは全く付着しない、恐らく刀身に付与された術式が発動しているからだろう、十六夜さんの考える事は凄いこれならいちいち布で拭き取らなくても済む。
「僕達は失礼するよ、早速この紙の力を借りるとするか、行くよみんな」
「「「「はーい」」」」
僕は厄介な事を全てファーゼラスに押し付けその場をそそくさと離れた。
その場にはまさかの展開で固まったままのファーゼラスと血みどろの死体だけが残されていた。
「まさか……ここまでとは…」
ようやく立ち直ったファーゼラスの口から出た言葉はただそれだけだった。




