悪鬼
「ごふっ……ぜぇぜぇ…十六夜君、逃げて」
十六夜君に言葉が届いてない…目を瞑って情報を遮断してるのか。
くそ、血が止まらない。
左胸を貫かれた時に心臓と肺それに根源を半分は削られた。
全く力が入らない、根源を削られたせいか…
「……姉上、本当に貴方が解らない。なぜ、人間などを庇うのですか?」
ラファエルが僕を手で貫いた姿勢のままそう聞いて来た。
「ぜぇ…ぜぇ……愚問だ、弟よ…がふっ…さっきから…ずっと言っていたろ?」
ーーー好きだから。
そう言うとラファエルは僕を憐れむような目でこちらを睨みつけてくる。
それと同時に先程まで僕と戦っていたロキが空からゆるりと降りて来た。
「ラファエル様、それ以上は無駄ですよ。
ルシファー 様は言う事を聞いて頂けません、それに……どうやら寝た獅子を起こしてしまったようだ」
ロキがそう言った瞬間、僕の後ろにいた十六夜君から途轍もなく邪悪な気が溢れ出した。
この世界で感じた事のない禍々しい気配だ。
「あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
後ろを振り返ると、十六夜君の頭からは二本の角が生え、目は真っ赤に染まっていた。
なんだ、これは。
「ルー……シー…ルー……がっぐっがぁぁぁぁぁぁぁぁあ…ごろ、す、ごろ、し、て、やる」
「よせ、十六夜君!それ以上はその力に飲まれる!」
こんな力僕は与えてない。
この力に飲まれるともう十六夜君は人の姿に戻れないだろう。
お願い、帰ってきて、十六夜君。
★★★
『ごふっ……ぜぇぜぇ…十六夜君、逃げて』
何処からかルーシーの声が聞こえる。
苦しそうな声だ、傷ついてる、それに俺を心配しているようだ。
でも、何故?何故俺は心配されている?
分からない、分からない、何故、何故だ?
……確か俺はルーシーに庇われて。
そうか、そうだった、俺はあの少年に殺されかけて……ルーシーに庇われた。
俺を庇ったルーシーは少年に左胸を貫かれて。
ーーーあぁ、またか、またなのか。
このままだと、俺はまた失う。
あの時の有栖の様に……そうなれば俺はもう自我を保っていられる自信はない。
ルーシーに助けられた、あの時も、今も。
俺の無力さが全てを奪い去る。
今の力があってもまだ足りない、無力な俺ではダメだ。
だが、俺は小説の登場人物でも無ければ漫画の主人公でも無い。
都合よく強くなれるなら、あの時俺は有栖を失わずに済んだ。
そうやって、自己嫌悪の渦に飲まれていると声が聞こえてきた。
その声は、【王権】【魔眼】【大賢者】【剣聖】などのユニークスキル達の声ではない、ましてやあいつの声でもない。
暗闇に揺蕩う感覚はあいつが現れる時の感覚に似ているが。
『クソみたいな様だな、十六夜』
そう言いながら現れたのは"鬼"だった。
本でしか見た事が無かったが間違える事はないだろう、でも肌は赤かったり青かったりしない。
二本の黒い角が頭に生え、目は真っ赤、それ以外は見た目的に全く人間と変わらない、それと……容姿は俺自身だ。
まるで俺の醜い部分を固めた様な姿をしている。
ーーーお前は俺なのか?
『あぁ、俺はお前、お前は俺だ』
ーーーそうか、ここはなんだ?
『そうだなぁ、簡単に言えばお前の深層心理の中』
ーーー俺はこんな所にいる場合じゃない……今すぐにルーシーを助けにいかないと
『くふっくははは、それ本気か?お前みたいなゴミが戻った所であいつを助けられると?自惚れもいい加減にしやがれ』
そうだ、確かにこいつの言う事は正しい。
今戻った所で俺は何も出来ず守ってもらった命を散らすだけだろう。
自分自身が言った正論に俺は言い返せない。
『言い返せないだろ?お前はゴミだ。
あいつに護られてばかりの腑抜けだよ、有栖を失い今は命の恩人すら失おうとしてる』
ーーーそうだな、俺は弱い、それにルーシーに頼ってばかりの腑抜けだ、有栖をみすみす見殺しにしてのうのうと生き長らえてる
『正直言って俺はお前が憎い、お前は俺だ、俺も有栖を愛していた。だが有栖はお前のせいで死んだ……殺せるなら今すぐにでもお前を殺してやりたい』
ーーーそうか……そうだよな、ごめんな。不甲斐ない俺のせいで有栖を死なせてしまった。
こいつがどういった存在かは分からない、だが俺と同じくらい有栖を愛してた。
目を見ればすぐに分かった、有栖の死に本気で憤っている。
『開き直るのか?クソ野郎、有栖はもう帰ってこないんだぞ?分かってるのか?』
ーーーあぁ、分かってる、有栖は死んだ。だから俺はこんな所で死ぬ訳にはいかない、それにルーシーを死なせる訳にもいかない。
『復讐か?お前にそれを達成できるのか?俺はそう思わない、ここからお前を見ていたがお前は甘さの塊だ、心の何処かにまだ良心がある、何故だ?何故復讐を誓ってそんなものが残ってる』
ーーーやり遂げるさ、死のうが絶対に奴らを殺す、でも今のままじゃそれどころの話じゃない。
お前が俺だって言うなら信じてほしい。
『そうだな、今のお前じゃあの天使に勝てないし、あいつを守れない、復讐をやり遂げる前に存在を消される』
ーーーだが、このままじっとしてる訳にいかない。
何もせず消えるくらいならやる事をやって、死にたい、もう生き恥を晒すのは嫌だから。
『………そうかよ、あぁ、全く我ながら馬鹿な奴だ。でもそれが答えで良かったよ、もしクソみたいなこと言ったら何をしてでも俺が殺してた』
そう言いながら俺の姿をした鬼は微笑んだ。
『合格だ力をくれてやる、好きなだけな。
だけど忘れるな俺のこの姿はβζγα#€が与えた力の形だ、使えば絶対に飲まれる、身の丈に合わない力は全てを奪い去る、忘れるなよ』
ーーーありがとう、感謝するよ。
★★★
そろそろ目が醒める。
体が熱い、頭がガンガンする、何かで殴られているかの様な痛みだ。
最悪な気分だな、でもこれでいい。
この痛みのおかげで、ルーシーを救えるなら。
『さっさと起きろ、裁きの時間だ』
そうして目を開けると、目の前には血まみれのルーシーが左胸を貫かれたままの体勢で立っていた。
今も背中には少年の手が生えていてそこからは鮮血がドバドバと溢れ出し地面を真っ赤に染めている。
傍らには少年と……アルカディアの城にいた白髪のジジイがいた、俺を牢屋にぶち込んだクソッタレだ。
「…………………………寝た獅子を起こしてしまったようだ」
今何か言ったか、全く聞き取れなかったがまぁいいどのみち殺す。
「あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
全身が痛い、熱い、なんだこれは。
「ルー……シー…ルー……がっぐっがぁぁぁぁぁぁぁぁあ…ごろ、す、ごろ、し、て、やる」
「よせ、十六夜君!それ以上はその力に飲まれる!」
殺す、殺してやる、俺から大事なものを奪う奴は絶対に殺す。
だが、俺の体は全く言う事を聞かない。
どうやら主導権は俺に渡された力にあるみたいだ。
『意識はあるけど体は動かせないのか』
『当たり前だろ、もう力に飲まれてる、今は一番満たしたい欲求に支配されてる』
なるほどな、だからこんなに殺気をばらまいてるのか。
『お寒い覚醒劇でお姫様を救う、いいシナリオだな、今のお前はただの悪鬼だ、あいつを助けられても元に戻れるかはお前次第だ』
得体の知れない力を受け入れた、それくらいのデメリットは甘んじて受けよう。
それに俺は既に人間をやめてる、今更鬼になろうが何になろうが構わない。
『そうか、別に戻れなくてもいいさ。
それに感謝してる、目の前で大切な人を失うのはもうごめんだからな』
『そうかい、なら精々頑張れ、俺はお前、お前は俺。やり遂げろ、必ず』




