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番外編 ついでのこだわり

「ねー、祐司」

「なんだ」

 麻衣子の呼びかけに祐司は顔を上げた。

「もうすぐ二月だよね」

「そうだな。正月がある分早い気がするよな、一月」

「そだね。でさ」

 帰宅途中、寒空の中を二人歩くのは悪くない。人目にさらされるのは嫌だから手をつなぐようなことはしないけど、お互いコートに身を包んで寄り添うように歩くだけで気持ちが温かい。実際、隣に人がいるかいないだけで寒さの質がだいぶ違うのだ。

 祐司は不意に隣の温かさがなくなったので、後ろを振り返った。先ほどまで隣で歩みを同じくしていたはずなのに、麻衣子が難しい顔で明らかにペースダウンしている。

「どうした?」

 問い返しながら、麻衣子は何か言いにくいことを言うのだと直感で祐司は理解した。

 心配になって尋ねても素直に言うヤツじゃない。一瞬立ち止まろうかと思ったがそれを止め、祐司もほんの少しペースを落として麻衣子が言い出すまで待つことにした。

「……バレンタインが近いよね」

 時間にして一分少々ほどで思い切ったように麻衣子が言った。

「そう、だな」

 予想外の言葉だったから祐司は驚いた。

 二月十四日は言わずと知れたバレンタインデー。昨年念願叶ってようやく幼なじみと想いの通じた祐司には、さして興味もないイベントだ。

 甘いもの嫌いということもあるが、お菓子会社の陰謀に乗るのも馬鹿らしい。それでも麻衣子は例年通りなにやら作って持ってくるのだろうと経験で理解していたつもりだったのだが。

「忘れてた?」

「いや、あんまり興味がない」

 素直に告げれば、すんなり納得される。

「甘いもの嫌いだもんね、祐司は。いつも甘くしすぎないように気をつけてるつもりだけどさ」

「おう?」

 会話の行く末の想像が出来ず、祐司は首をひねる。

「今年は何か違う形にしようか?」

「違う形?」

「嫌いなものもらってもしょうがないじゃない?」

 麻衣子の提案に祐司は瞬きし、咄嗟に答えが出ずに考え込む。

「どう?」

「――いや、いつも通りでいいぞ。年に一度くらい手作り菓子を食べるのも悪くない」

 考えた上で祐司は結論を出した。

 違う形がどうなるか不明だが、彼女は間違いなく今年も何か作るだろうし、それを自分の手に出来ないのは何となく嫌だった。

「そう? だったらそうするわ」

 祐司の返答を聞くと、こだわりもなくあっさり麻衣子はうなずいた。




 そして、バレンタイン当日。

 例年の如く原口家のベルを鳴らした麻衣子を祐司が玄関で出迎えると、いつも通りの彼女がそこにいた。

「はいこれ、ガトーショコラ」

 丸い皿に祐司の家族の数のケーキ。ひいき目かもしれないが、茶色い生地の上に白く粉砂糖が振ってあるケーキは店で売っているものに比べてもそう遜色がないように思える。

「いつも悪いな」

 自分でいつも通りでいいと言ったくせに、本当に例年通りのそれに祐司はやや落胆した。それを表に出さず、祐司はひょいと皿を受け取った。

 そのまま一緒にいると長年の付き合いで心を読まれそうな予感がして祐司が身を翻そうとしたら、麻衣子がポケットの中から別のものを取りだしたので動きを止める。

「これはついで」

「――ついで?」

「ついでよ」

 皿を持つのと逆の手で受け取りながら祐司が思わず聞いてみると、麻衣子は力強く言い切った。

 ついでという割に、力のこもったラッピング。厚み二センチほどの正方形の箱に薄い緑の包装紙にベージュのリボン。ちょうちょ結びが少し歪に見えるのは、麻衣子自身が包んだからだろうか。

 あまりにも麻衣子らしくない代物に祐司は動揺した。落胆したままの方がよほど心の平安を保てたと思う。つい一分前を懐かしみつつ、祐司は箱を揺らす。軽い音を立てる箱の中身は、予想もつかない。

「未夏が坂上に手作りで渡したいって言うから、作り方を教えたのよね」

「……なるほど」

 祐司の悪友であるところの坂上利春は、麻衣子の親友と付き合っている。祐司の知る限り料理が得意でない彼女が麻衣子に頼るというのはあり得る話だった。

「初めてだからチョコがいいかなって、中身は生チョコなんだけど」

「へえ」

 親友に付き合って作ったそれを、彼女と一緒に包んだということか。明かされてみれば気持ちが落ち着いて、祐司はしみじみと箱を見る。

「ありがとな」

「これっきりだからね。坂上は甘いの得意だから遠慮なしだし」

「心して食べる」

「駄目そうだったらおばさんに食べてもらったらいいから。じゃあね」

 早口にそう言うと、麻衣子は逃げるように去っていった。見送る祐司の前から姿を消し、隣家の玄関が開いて閉じる音がする。それを確認して祐司も家の中に戻った。

「――意外と、あれか」

 玄関先に荷物を置いて鍵を閉め、祐司はひとりごちる。

「こだわってくれてたのか?」

 先日の問いに「違う方がいい」と答えていれば、「ついで」などと念押しせずに「希望のものよ」なんて言って甘くない本命チョコを渡してくれたのか?

 幼なじみ兼彼女の考えは想像が出来ても正しいとは限らない。祐司は一度首をひねり、だが過ぎたことだと気をとりなおして居間に戻ることにした。

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