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巡る冬  作者: 加納
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あたたかな食事




青年はその日の夜、再び食事を運びました。いつもよりも足が早くなっていたことは、青年も自覚していました。


昼に見た、あの守主の表情が仕事中も頭からはなれませんでした。


厳しい寒さと階段を上る動きは足に大きな負担と痛みを与えましたが、軍で鍛えぬいた筋力と体力の前では大したことはありません。急いだおかげか、普段よりも少しだけ食事があたたかく思えました。


青年は昼と同じように盆を机に置くと、前の食事の盆を回収し、上へ繋がる階段に目を向けます。青年は許可なく、この階より上へあがることはできません。青年は真面目なので、その言いつけを守り、階段に近付くことさえしませんでした。


けれど、今日は違いました。青年は少しだけ階段の方へ近付くと、じっと上を見つめます。やはり、物音ひとつしません。青年はすうっと息を吸いました。


「食事をお持ちしました。あたたかいうちに召し上がってください」


返事は期待していませんでした。昔守主の担当給仕をしていたという料理長にも話を聞いてみましたが、長く務めた彼も声を聞いたことは一度もなく、それどころか姿さえ見ていないということでした。声をかけても無駄だと、料理長は笑いました。それでも、青年はどうしても伝えたいと思いました。


きっと、あたたかい食事の方が喜んでくれる。


もしかしたら聞いてはいないかもしれないけれど、青年はそれでも構わないと思っていました。だから、返事を待たず階段を下りはじめたとき、上の階からもの音がしたのに気付いて少しだけ嬉しい気持ちになりました。




青年はどうしたら食事が冷めにくくなるのかを考えました。料理長や同僚に聞いたり、博識な友人に知恵を求めたりして、盆を分厚い布で包んでみることにしました。運ぶ際に中の様子がうかがえないので今まで以上に慎重に運ばなければなりませんでしたが、冷たい食事を届けるよりはずっといいと、青年は考えました。


塔について、慎重に階段を上がってから盆の布を剥ぎ、中を確認してみます。ほかほかと湯気を立てるスープを見て、青年はとても喜びました。これなら、守主が食べるころにもじゅうぶんあたたかいはずです。慌てて盆の蓋を閉じ、もう一度布でしっかりと包むと、青年は上の階に向かって声をかけました。


「食事をお持ちしました。布で包んでありますから、まだあたたかいですよ」


返事はありません。代わりに、またもの音がしました。青年が階段を下りれば、きっとすぐに食事を取りに来るのだろうと青年は考えていました。だから、青年は食事を置いたらすぐに塔を下りていきます。


もう一度喜ぶ顔が見たいと願いましたが、真面目なので隠れて覗き見ることはしませんでした。




青年は塔へ食事を運ぶことに、喜びを感じるようになりました。食事があたたかければ、美味しければきっと守主はあの嬉しそうな顔をするはずです。青年はそれが嬉しかったのです。


食事を布で包むようになると、料理長も食事が冷めにくいようにと食器に気を遣ってくれるようになりました。普段の仕事に加えて塔に食事を運ぶ青年に仕事を変わろうかと声をかけてくれる者もいましたが、青年はありがたく思いつつも断りました。


「食事をお持ちしました。今日は貝のスープと魚の野菜煮、麦のパンです。珍しい貝が手に入ったので、ぜひ食べてみてくださいね」


今日も食事を運び、去り際に上の階に声をかけます。青年は食事の説明をするようになりました。国王や来賓には必ずそうしていますし、街にある料理屋でも同じようにしています。ですから、ここでも同じようにしました。


もし聞いていてくれれば、食べることも楽しくなるかもしれない、と思いました。




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