第十九・五話⑤:虹色の再会
『君の裸の写真がほしいんだ。……ほら、僕も男だし。それにそれがあれば、いつも君のことを近くに感じていられるだろ?』
私の思考は停止した。だけどすぐに拒絶が身体中を駆け回る。
「そんなことできません……あの、もうあなたとは――」
「そうか。それは残念だったねぇ」
彼の声のトーンが変わる。
残念だったという言葉は、私に向けての憐れみのような声だった。
「も、もう二度と電話もしないでください!」
私は受話器を置くと、自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を埋め、涙を流した。
鳥籠の文鳥たちが、心なしか私を心配そうに見つめていた。
――だけど、本当の地獄はここからだった。
翌日の学校の帰り道、私は不意に誰かに手首を掴まれると、人気のない路地裏へと引き摺り込まれた。
そこにいたのは烏丸さんと、見知らぬ女子生徒たち。
「言っておくけど、これが最後通告ね。君の裸の写真が欲しい。たったそれだけだよ?」
一歩ずつ詰め寄ってくる女子生徒たちに恐怖を覚えながらも、私は声を振り絞って拒絶した。
「そんなこと……絶対に、できません」
「……。ふーん、じゃあもういいや。君たち、あとはヨロシクね」
その言葉を合図に、女子生徒たちが飛びかかってくる。
「礼司に優しくしてもらっておいて、お前何様なんだよ!」
「礼司のお願い断るなんて、調子に乗ってんじゃないわよ!」
私は服を掴まれ、髪を引っ張られ、引き摺り回された。
それでも、一瞬の隙を見つけて命からがら逃げることができた。
「誰かにチクったら、ただじゃ済まさねーからな!」
背後で響く怒号を耳にしながら、私はただ無我夢中で走った。
翌日、学校へ行くと、あの日一緒にいた友達が私の元へやってきた。けれど、その瞳には軽蔑の色が混じっていた。
「ねぇ、怜奈。私に内緒で烏丸さんと会ってたんだって? 私を除け者にして、二人で会いたいって言ったんだって?」
「違う、私そんなこと一言も……」
「怜奈には……がっかりだよ……」
何日か前まで普通に話をしていた友達が、私を避けるようになり、やがて誰もが私を無視するようになった。
多分きっと、これもあの人たちが裏で手を引いてるんだと分かった。
「……なんで、私が……こんな目に……」
酷いよ、酷すぎるよ……。
そして、私の机に深く刻まれた傷。
『調子にのんな!』
『バカ』
『クソブス』
私はそれを見て、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そしてすぐに、教科書はズタズタに破かれ、上履きは隠されたりと、私への嫌がらせはエスカレートしていった。
……私が何をしたって言うの……。
絶望の果てで私は泣いて、泣いて、その涙さえ枯れるほど泣いた。
流すものが無くなった時。
私は飛び降りた。
――
それでも、私が幸運だったのは、みなとに出会ったことだった。
みなとは、深く沈みきっていた私の心を、奈落の底からその手で掬い上げてくれた。
圧倒的な行動力と、真っすぐな決断力。時に無謀ともいえる大胆さで、みなとは次々と問題を解決していった。
ミチルさん、えみさん、ひよりさんとレン君、そして由衣さん。
それぞれが抱える深い闇から逃げることなく立ち向かい、みんなを救ってみせた。
――そして、私のことも。
烏丸さんと対峙したみなとは、自分の生命力を削ってまで立ちはだかって守ってくれた。
そんなみなとの姿が頼もしくて、誇らしくて……ずっとそばにいたいと思った。
だけど、別れはすぐに訪れた。
みなとは幽霊じゃなくて、魂が一時的に抜けた幽体の状態だった。
元の身体に戻れると知った時は、これでみなとが助かるんだって安堵した。でも、同時に、もう私たちの声が届かなくなってしまうんじゃないかって、激しい不安とショックに襲われたのも事実だった。
みなとがいなければ、私はどうなっていたんだろう……。
ずっとあてもなく彷徨い続けて、どこへ辿り着き、どこで弾け飛んだのか……。
「みなと......みなと......」
消え入りそうな声でその名前を呼ぶ私に、ミチルさんたちが教えてくれた。『怜奈ちゃんも元の身体に戻れるよ』って。
またみなとと一緒にいられる。その事実が、私に希望を与えてくれた。
......そして私は自分の体に戻ることができた。
――
それから、約一年が過ぎた。
「お母さーん! どうしよう......この服装、変じゃないかな?」
鏡の前でくるくると回りながら、私はあーでもない、こーでもないと、お気に入りの服の裾をパタパタさせて確認していた。
「全然変じゃないよ、とっても可愛い、大丈夫」
隣で、お母さんは優しく微笑んでいた。
「お母さん、やっぱりこの傷......前髪で隠しても目立っちゃうよね......」
額の傷はどんなに前髪で隠しても、隠しきることはできなかった。
鏡に映る傷跡を見つめながら、悔しくなって私は涙を流した。
すると、お母さんが私の背後から優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫......大丈夫よ。怜奈の心の傷を癒してくれた人なんでしょう? きっと、目に見える傷なら笑い飛ばしてくれるわよ。気にしないでいいってね」
「うん......っ!」
お母さんの温かい言葉が、私の背中を強く、優しく押してくれた。
「じゃあ、行ってくる!」
約束の場所へ駆けつけると、そこにはもう、みなとが立っていた。
「......リハビリ、結構かかっちゃった」
私は少し申し訳なさそうに、上目遣いで呟いた。
「大丈夫だ。俺だって同じようなもんだよ」
振り返ったみなとは、少しだけ照れくさそうに笑った。みなとは私より、少しだけ早く退院したみたい。
「額の傷......完全には治らないって言われちゃった」
前髪で傷を隠すような仕草をみせた私に、みなとは穏やかな笑みを向けてくれた。
「大丈夫。俺は全然気にしないから」
その言葉に、私は少しだけ俯いた。とても嬉しくて、こらえきれずに頬を涙が濡らした。
私は、ぐっと涙をこらえて顔を上げ、みなとに今までの人生で一番の、満面の笑顔を見せた。
「ただいま......? それとも、おかえり......かな?」
みなとは少しだけ考えた後に、ニコッと笑ってくれた。
「――やっと、会えたな。レナ」
私は、世界で一番幸せな気持ちで、何度も大きく頷いた。
「うん......っ!」
ふと見上げた空は、さっきまでの雨が嘘みたいに止んで、私たちの未来を祝福するような、とても綺麗な虹が架かっていた。
怜奈番外編② 完




