第一話:水色の絶望、朱色の君
「好きですっ! 付き合ってください!」
傘も差さずに、俺は深々と頭を下げた。
梅雨の土砂降りの雨が容赦なく身体を叩く。制服は下着までぐっしょりと張り付いている。
「ごめんなさい……」
期待していた返事の代わりに、返ってきたのは聞きたくない言葉だった。
嘘だろ……まじか……。
顔を上げると、視界は一面、水色の絵の具で塗りつぶされたような空に覆われていた。
最悪だ。宮坂先輩とは中学時代からの仲で、結構いい雰囲気で話せてたし……。
バレンタインにはチョコだってもらったのに……。
先輩が申し訳なさそうに何かを言いかけていたが、今の俺の耳には雨音しか入ってこなかった。
だっせぇな。俺。
先輩に気を使わせてるのも恥ずかしくて、俺は逃げるように走り出した。
あれって、義理チョコだったのかな……。
――
横断歩道の信号は赤だった。
気付けば、視界の端に迫りくる車のヘッドライト。
迂闊だった。何も周りが見えてなかった。
ドンッ、という鈍い音。
身体がボンネットの上に転がる。
だが、不思議なことに痛みはほとんど感じなかった。
「だ……大丈夫か! 君ぃ!」
運転手が慌てて駆け寄ってくる。
あーあ。失恋して、びしょ濡れになって、おまけに車にはねられるなんて。
メチャクチャかっこ悪いな、俺。
「すみませんでした!」
フラフラと立ち上がると俺は謝罪をして、運転手を振り切った。
顔を濡らす雫が、雨なのか涙なのか、もう自分でも分からなくなっている。
ようやく家に辿り着いた頃、身体が妙に重いことに気づいた。
視界が揺れ、異常な熱っぽさが襲ってきた。風邪でも引いたか?
「……もういい。着替えて寝よう」
俺はやっとの思いで服を着替え、這うようにベッドに寝ころんだ。
――
次の日。
ベッドから起きた時、昨日の体調の悪さとは別の感覚に襲われていた。
やたらと身体が重い。まるで手足に鉛を付けられているくらいに。
熱が出た時とは全く違う、気怠さに襲われていた。
降っていた雨が今日は嘘のように止んで、カーテンの隙間からは、部屋に朝日が差している。
どれだけ寝ていたんだ? いつもは母さんが起こしに来てくれるのに。
「やっべ……学校……!」
時計は八時を大きく過ぎている。
がばっと上体を起こし、布団をめくったその時だった。
隣に、長い黒髪の女の子が横たわっている。
見慣れない制服。
「あの……えーと……」
俺の声に、女の子はゆっくり、とてもゆっくりと振り向いた。
透けるような白い肌をした女の子。
だがその額からは……朱色の鮮血を滴らせている……。
「う、ら、め、し、やぁ~……」
「誰だよ」
俺は間髪入れずに突っ込んだ。
「ふぇ……? ……ふえええぇーん!」
突っ込みが予想外だったのか、その女の子は顔を覆って子供のように泣き出した。
「ぷっ……ははっ」
「なんで笑うんですか!」
「いや、なんで泣くんだよ」
女の子は顔を真っ赤にしながら、手足をバタつかせて抗議してくる。
顔が赤いのは血のせいかもしれないが。
「だってだってぇ、普通はギャーって驚くんじゃないの?」
「さすがに“うらめしや”は古すぎるだろ」
「この姿を見て……怖くないんですか?」
俺は溜め息をついて、彼女の額から流れる血を指差した。
「あー……そういうことか。俺、昔から“視える”んだよな」
俺は生まれつき、見えざるものが見えてしまう体質だ。
だから頭から血を流してるくらいで驚けと言われても無理がある。なんなら、俺が見えてる世界をこの子に教えてやりたいくらいだ。
「そんなぁ……いっぱい人を驚かせないと成仏できないのにぃ~」
女の子は肩を落として呟いた。
「それよりさ。君、誰なんだ? なんでここにいるの?」
俺の問いに、彼女は動きを止め、頬に人差し指を当てて首を傾げた。
「それが……わかんないの。なんかとっても辛くて……悲しくて……。それだけは覚えてるんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、少しだけ痛んだ。
昨日の雨。
フラれた帰り道。
逃げ出したくなるほどの惨めさ。
……この子は、どんな抱えきれないほどの痛みを背負って、ここに辿り着いたんだろうか。
「ならさ……その原因、探しに行こうぜ」
「ふぇ? 探すって……なんで?」
「辛くて悲しくて。この世に未練があるんだろ? ならその辛さや悲しさ、晴らしに行こう」
「でも、私、自分のことすらよく覚えてなくて……」
「大丈夫。この街で起きたことなら、歩き回ってりゃ何かしら手がかりは見つかるさ」
俺はグッと親指を立てて笑ってみせた。
「それは……そうかも」
「泥船に乗ったつもりでついてこい!」
「それ、すぐ沈むんじゃ……」
幽霊のクセにツッコミも鋭い。
「じゃあさ、俺のことは湊って呼んでくれる? 瀬戸湊って言うんだ」
「みなと……くん」
幽霊のクセに遠慮もする。
「呼び捨てでいいよ。年は近そうだし。で、君のことは……そうだな、幽霊だし『幽子』でいいか?」
「安直すぎだよぉ……」
幽霊のクセに表情がコロコロと変わる。
不服そうに頬を膨らませる仕草は、生きている人間と何ら変わりない。
「じゃあ……霊名でいいか? レナ」
彼女は少しだけ考え、何度か小さく頷いた。
「……うん。それなら、まだマシ……かも」
幽霊のクセに笑ったりもする。
「決まり! じゃ、早速着替えるから」
「わかった。外に出てるね」
レナはすっとドアをすり抜けていった。便利な身体だな、なんて吞気なことを考える。
着替え終わって自分の部屋を出た時だった。
「……あれ?」
俺は、ふと違和感を覚えた。
「……今、ドア閉めたっけ?」
ドアノブを掴もうとしたはずなのに、手応えがなくて、まるで既に閉まっているドアをそのまま通り抜けてしまったような錯覚。
……まだ頭がぼーっとしてるのか。昨日、熱っぽかったし。……まぁいいか。
一階に降りても母さんの姿はなかった。代わりに置き手紙と、丁寧にラップに包まれた朝食がある。
『湊、いつまで寝てるの? ちゃんと学校に行きなさいね。朝ごはんもしっかり食べなさい』
学校……は、正直、今のメンタルで行く気にはなれない。
ゴメン! 母さん。
朝食をかき込んでいると、隣でレナが子犬のように鼻を膨らませて身を乗り出してきた。
「こんな美味しそうなご飯、久しぶりに見たよぉ……」
「じゃあ、食うか?」
レナは残念そうに首を横に振る。
「ううん……食べられないんだ……」
仏壇にご飯を供えたりするけど、幽霊は食べられないのか。
物理的にはもちろん無理だとしても、食べるという概念がないのか、仏様とはまた違うのか。
視える体質の俺でも、幽霊がメシ食ってるのは確かに見たことはないが。
……それにしても、母さん、今日はやけに薄味だな。
味がほとんどしないメシを咀嚼しながら、そんなことを考えていた。
「よし、行くか」
「うん! 先に外で待ってるね!」
玄関をすり抜けていくレナの後を追う。
その時の俺は、まだ知らなかった。
レナとの出会いをきっかけに、様々な幽霊と出会うことを。
そして、俺の体に少しずつ異変が起きていることに――。
今作品には色んな色が登場します。
主人公の心情や情景を色に例えています。
アニメのアイキャッチみたいな感じで読んでもらえたらと思います。
今回は水色と朱色。次の話は白金色と若草色が登場します。
どんな内容になるでしょうか?
R08/04/30
前作悠久の定刻-久遠の絆-が、SF完結済みランキング日間5位になりました。
読んでいただいた方は本当にありがとうございます。
読まれてない方も是非読んでもらって感想もらえると嬉しいです。
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