戦果
バルトの機関銃の悲鳴を背に、僕たちは走り出した。
鉄でできた燃料タンクという爆弾を背負って、村の深くへ侵入する。
村自体が高床式の家屋が多い。まるでベトナムに戻ったかのような錯覚をしてしまう。
機関銃の叫び声と爆発で臨戦態勢の盗賊団が家屋から武器を取り出してこちらに迫りくる。
目はオオカミが獲物を捕らえ家族を守るために出てきたように見える。向こうも闘志を宿し、戦士の顔をしていた。
火炎放射器の安全レバーを強く握りしめると、引き金にかけていた指を絞った。刹那、銃口から噴射された炎は眼前の敵と家屋を包み込んだ。
「アヅい!アヅい!アヅい!ア゛ア゛!ア゛ア゛!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
ほぼガソリンに包まれているといっても過言ではない。使用しているのはナパーム。ガソリンから作られてゲル化しているものは使っている。一度でも着火したナパームが身体に触れてしまえば、骨になるまでその身をじっくりとウジ虫が湧いたかの如くむしばんでいくのだ。
炎にその身を抱かれたまま、眼前の敵はやがて声も出さず地面へと伏せた。
僕はそのままガイウス、アサシンを引き連れてどんどん村の奥地へと侵入していく。その間、敵とはあまり接敵していない。これも僕の親友の援護射撃が効いているのだ。
「その通りを右折したら盗賊団の頭の家だ!行くぞ!」
ガイウスが指差ししながら怒号が飛んできた。
一層足を速める突撃隊一同。そして、通りを曲がったとき、足を止め急ブレーキをかけた。
「マイク様!どうされましたの!?」
後ろからアサシンの声が飛んでくる。色気すらついていない切羽詰まったような声。その彼女も目の前の光景を見たとたんに足がすくんだ。
目の前には二メートルはある大柄の甲冑を着こんだ男が通路をふさぐように立ちはだかる。その姿はまさに北米に住まうグリズリーとほぼ同等だった。
ギルドリーダーでさえも切先を向けるのに躊躇している。しかし、そんな暇はな。ここは戦場なのだ。それに、援護射撃を無駄にしたくはない。
火炎放射器を構えて炎を放つ。二、三回と回数を増やすごとに射出時間を増やしていくが、目の前の熊男はびくともしないまま、逆にこちらに一歩一歩大地を踏みしめて近づいてくる。
それはまるで死へのカウントダウンが具現化した、あるいはその化身だった。
咄嗟にホルスターからM1911拳銃を引き抜いて、近づく死の化身に対して引き金を引いた。
パンパンパンと短い断続的な雷鳴が鳴り響き、銃口から放たれた雷はその死神を射抜いていくが。
「フシュ―、フシュ―」
死神の飢えたように悶える乱れた呼吸が鼓膜を震わせた。
拳銃を使っても死なないとか、まるで熊じゃないか!
一旦、部隊を後退させようと振り向いたその時だった。ガイウスの姿がすれ違ったかと思えば、あの熊男に単騎で仕掛けに行った。
「坊や!」
女の暗殺者が叫んだ時にはもう熊男とギルドリーダーの白兵戦は繰り広げられていた。
すぐに前を向くと、一人で圧倒されてもなお立ち上がり、正面から仕掛けていくガイウスの姿があった。
「マイク!先に行け!俺が時間を稼ぐから今のうちに!」
熊男と剣を交えながら怒号が飛んでくる。
「サンキューガイウス!突撃隊の指揮は僕が引き継ぎます!アサシン!行こう!」
そういうと敵ともみくちゃになっている姿を横目に見送って走り出した。
「坊や・・・健闘を祈るわ」
アサシンが苦虫を食い潰したような顔をして、ようやく重い足取りで走ってついてきた。
坂を駆け上がり、石垣が見えてくるとその石垣の穴から一本の矢が僕の足元に突き刺さった。
すぐに近くの家屋の影に身を隠した。
盗賊団の頭のボディーガードだろう。しかし、やっかいだな。狙撃兵がいるとなると単騎の対処は非常に難しい。
アサシンに顔を向ける。この女は日本忍者のような恰好をしてて且つ、その服装は色気であふれていた。どう見てもふざけた服装だが、これが一応戦闘服らしいのだ。
「アサシン、頼みがある!穴の中に狙撃兵がいる。僕一人じゃ対処は難しいからその狙撃兵のヘイトを集めてくれないか?」
「へいと・・・ヘイトって何だい?」
アサシンがきょとんとした顔で尋ねる。
そうだった。ここは地球ではない。異世界の人間にヘイトなんて言葉、わかるはずもない。
「えっと、簡単に言うね。狙撃兵の目を僕から君に移すようにしてほしいんだ。できるかい?」
すると、目の前の大人の女性はニイっと口角を上げるとフンと息を鳴らしす
「任せなさい!」
そういったとたん、陰から身を飛び出して坂道を突っ切っていった。
ありがたいことに、狙撃兵のいる石垣の垣根ではなくてちゃんと射線に身を出してヘイトを集めてくれていた。
矢が彼女のほうへ向かって飛んでいくが華麗にそれをよけていく。まるで演舞のような美しさだ。
ダメだ。見とれている場合ではない。集中!
アサシンが奮闘する隙に、僕は垣根へ静かに近づき、その穴のほうへ蛇のようにじっくりと狙いを定めて近づいていく。
敵兵に悟られないよう、慎重に近づいて、やがて敵の狙撃ポイントに来ると、その穴から矢が飛んで行った瞬間を計って銃口という毒牙を挿し込み、火炎という毒をばらまいた。
瞬間、石垣の向こうは赤く染まり、やがてその火炎の毒に苦しむ声が聞こえてきた。
「アサシンありがとう!中に突入するからついてきて!」
瞬間、僕は石垣の石の出っ張りに足をかけてよじ登る。
アサシンも、助走をつけて飛び上がり、ネコ科の動物の如くするりと石垣を登って行った。
僕も、後れを取らぬようにアサシンの後ろからついていき、石垣を登り終えるとそこから飛び降りて敷地内部へ侵入する。
中は以外にも高床式ではなく和風の古民家のつくりをしていた。その古民家はこの世界にとって非常に異質というか、その空間だけがこの世界のものではないようなものに見える。
「マイク様、行きますよ」
女忍者が声のトーンを落としていった。
僕はこくりとうなづくと彼女に正門のほうへ指をさし、今度は親指を自分に向けてその古民家の裏をまた指をさした。
アサシンが小さく首を縦に振ると獲物をしとめに行くヤマネコの如く正門のほうへ音もたてずに走っていった。
僕はすぐに、古民家の裏側へ向かい、裏口のドアのほうへ近づいた。そのドアに耳を当てて中の様子を探る。
どたどたとあわただしい足音に、小さく怒鳴る男たちの声。おびえて声を震わす女性に少し泣きじゃくっている子供の声。やがてその声たちは次第に小さくなっていって聞こえなくなる。
嗚呼、どの世界でも変わらない。戦争というものは。
ドアから一歩後ずさって、ホルスターから拳銃を抜いて、足の裏でドアを押し倒すようにバンとドアを蹴破って内部へ侵入する。
その古民家の中は薄暗くて気味が悪かった。さらにはこれだけ外が騒がしいのに、その古民家だけは異様な静けさ冷気に包まれて異様だった。
火炎放射器で一掃したほうが早いが、盗まれた金銀財宝を取り返せとのことらしいので最低一人は生かしておく必要があった。
遠くで聞こえるバルトの銃声。ちゃんとその音が聞こえるのに家の中は何も聞こえない。煤いなく声すらも。
裏口から入ってすぐに台所とダイニングがあった。ダイニングテーブルの上には生活感だけが残っていて、住人が忽然と姿を消しているかのようだ。
ズカズカと土足で侵入し、廊下へと続くドアがあったのでそのドアも蹴破って廊下に出た。
廊下は細くて、右側のふすまがある部屋に広々とした客間があった。客間の床は畳で完全にジャパンの家と酷似していた。
しかし、その客間でさえも人がいた痕跡はない。
気味が悪かったが、そのまま客間のほうへと侵入する。
鼓動の音が内耳にうるさく反響し、外の音さえも聞こえなくなるほど張り詰めていた。
今、頭の中を支配していたのは恐怖と警戒だけだった。
「・・・・・・ッ!」
瞬間背後から聞こえてくる息を吸い込む音でパッと振り返ると、そこには般若顔の髪の長い女が包丁を持って僕に襲い掛かってきた。
迫りくる包丁の切先。振り下ろさる手首を寸でのところで受け止めて壁際まで追い詰める。
「この・・・・・・!」
包丁を持った般若の腹部に銃口を向けると一発だけ鉛の矢を穿つ。
硝煙のにおいが鼻腔を刺し始めた瞬間、ものすごい力で般若に振り払われ吹き飛ばされるとその般若は悶えたまま、腹部を抑えながら地面へ伏せて丸くなった。
丸くなった般若の下から赤い液体が広がり始める。
そうだ。こいつだ。こいつを使えばすぐに戦いが終わる。
「盗賊団!そしてその頭!よく聞きなさい!あなたの妻は死にかけています!今、盗賊団の全戦闘員の武装解除を行えば皆助けます!ですから早く隠れているなら出てきなさい!」
家中に怒号が響きわたる。しかし、家のどこからも出てくるそれらしい音と気配というものがなかった。仕方がない。
廊下のほうへ振り向いて客間から出ようとした。その時だった。
「あの・・・・・・」
目の前の廊下と一緒に、幼い男の子が姿を出しておびえた表情で両手を上げてその場にとどまっていた。
いくら子供であろうと銃口は下ろさずに、依然として照準を定めたままだった。
「頭は、リーダーはどこだ」
声のトーンを落として尋問を開始する。そして、やはり子供というものは純粋なのでしょう。
なんの疑いもせず、ただ助かりたい、まだ生きたいという純粋な本能のままに従って、男の子が「お父さん!」と大きな声を出して呼ぶと、頭らしき人物も両手を上げて襖の影から身を出してくる。
「今からいうことに答えて。盗んだ金銀財宝の在処はどこに?」
強面の男が屈辱でゆがませた顔で重い口を開ける。
「その畳の下だ。そこにすべて埋まっている」
「わかった。では次にでて、すべての戦闘隊に戦闘を放棄し、武装解除の伝令を」
強面の音が立ち上がり正面玄関のほうへと歩いて向かった。
男の子もその強面についていく。僕はそのすぐ後ろで監視しながらついていった。扱いがまさしく虜囚のそれであった。
正面玄関では、二人の門番が鮮血を垂れ流した状態で地面に伏せていた。そして一人だけ堂々と立ち尽くす女が一人。
「マイク様、たった今終わりました」
「こっちも終わったよ。あとはこの戦いを終わらせるだけだ。さあ、仲間に伝令を伝えたまへ」
変な刺激を与えないように優しく諭す。すると彼は固く閉ざされた門を開けるときのようにうなりながら口を開き、怒号を飛ばした。
「全員戦闘終了!直ちに武装解除せよ!我々は敵に下る!降参だ!勝てる奴らではない!全員!武装解除!武装解除!」
♰
照準器越しに村の敵兵たちを薙ぎ払っていた時だった。敵さんが戦闘していた手を止めて、あるものは狼狽え、あるものは腰を落として座りこみ、あるものは鳴いていた。
双眼鏡でマイクたちを探すと、一軒の建物に白幡がバタバタと翻っているのが見えた。
白幡には何の感情もない。何もしゃべらない。ただの布切れだ。しかし、戦場ではその布切れが存在感を際立たせて、ある一つの認めたくない事実を突きつけるのだ。
「降参したか。戦闘終了」
伏せていた身を起こし、立ち上がると機関銃を持ってマイクたちの下へ、合流しに向かった。
大通りを突き当りまで進み、T字路の道を右折した瞬間、つらい現実を直視した。その道のど真ん中に倒れている大男と道端で座り込む中世の鎧をまとった剣士の姿。
「・・・・・・・・・・・・」
何も言わなかった。何も言えなかった。自分の作戦指揮で死人が出てしまった。皆に面目丸つぶれであり、一人も死なせないと豪語した自分をこれほどまでに呪ったことなどなかった。
何か得意げに口だけ言えば大きな後悔に直面し、赤っ恥をかいてみんなに笑われ、嫌われるか自己嫌悪する。いつも俺はそうだった。軍に入隊する前も後も、今も変わらない。
俺はそのままガイウスの前を通り過ぎて白旗が翻る建物まで歩く。道中、敵残存兵と出くわすこともなく、無事にマイクの下へ合流するとマイクはこちらにきて、そのきらめく顔に圧倒される。
「ありがとうバルト。ガイウスはどうしたの?」
嗚呼、心が痛い。仲間一人守ることができなかった自分の無力さと不足さに苛立ちがこみあげてくる。
「・・・・・・死んだ」
瞬間、重たい雰囲気に変わったのがわかる。冷ややかで、重くて、まるで永久凍土にいるような、そんな空気。
すると、マイクの後ろにいたアサシンが近づいてくる。刹那、頬に電流が走ったような痛みを襲った。と同時に、パシンと乾いた音が耳に届く。痛い。
「なんで、援護射撃なるものはしていたのですか!」
アサシンの重々しい声だけが響いていく。その重々しさに、私の心は鈍重のトラックにはねられたように打ちのめされる。
「していたさ。ただ、あのもみくちゃ状態であれば流れ弾がガイウスに当たるかもしれない。だから撃てなかった」
「それでも助けられたでしょう?!」
何も言えなかった。否、言ってはダメだった。それは言い訳にしかならない。ただ助けることもできずに死なせてしまった。その事実を重く受け止めることしかできなかった。
「話はあとにしよう。まずはこの盗賊団を拘束しないと。アサシン。拘束した後はどこに連れて行けばいいの?」
「・・・・・・王都ディーゼルのレッドバロン宮殿に。・・・・・・すこし、坊やの下に」
「うん。気を付けてね」
「・・・・・・もうじき、燕が来ます。燕が来たら手伝うように言ってますから」
そういうと一人の家族を失った女は、亡骸を拝みに門をくぐって出ていった。
「ごめんバルト。僕もガイウスと戦えばよかった」
珍しく弱気になるマイク。しかし、それは必然。かれはガイウスを守れなかったと自責している。
「お前はガイウスを信じてここまで来たんだろ?お前は悪くない。悪いのは俺だ。指揮官として全員を生かして返すことができなかった俺が悪い。いいか、マイク。自分を責めるな。責めるなら指揮官としての能力が不足し、采配もなかった俺を責めろ」
それ以上は会話は続かなかった。誰も、投げたボールを拾おうとはしなかった。いや、拾おうとしなかったんじゃない。拾えなかったんだろう。
ほどなくして見覚えのある黒服が目に入る。
「かっこつけとマイク。燕、来た。何をすればいい?」
「・・・・・・名前で言ってくれよな。俺と燕はここで盗賊団全員を拘束し、レッドバロン宮殿へ更迭。盗まれた財宝と一緒にもっていけばいいだろう。お前、保管魔法と複製魔法あるか?」
「使える」
「それじゃあ、これをまずは複製してくれ」
そういうと、ポーチから結束バンドを取り出して燕に差し出した。
彼女はナニコレと口に出していたが深く考えるのをやめて白くて細い結束バンドを複製し始める。
手のひらで青く輝き、細胞分裂みたいに複製されるその光景を見て思わず感嘆の声を漏らした。
燕は少し目を見開いて、頬を赤くしながら黙って複製を続ける。
「マイク!お前は捕虜の管理をしておけ。ここで一列に並ばせろ。逃げる奴がいたら撃ち殺せ」
そういうと、マイクは黙って家の中へと入っていくと、的確な指示と管理で誰も逃げずに一列に並ばせる。
「ねぇ、ガイウスとアサシンは?」
黙っていた燕が急にしゃべりだした。そして問いかけてきたのは二人の行方。
答えるのがおっくうになる。というより、本当のことを言うのも嘘をつくのも本当は苦しいのだ。動悸が激しくなり呼吸も浅くなるほどだから本心としては答えたくなかった。
「アサシンはガイウスのそばにいる」
「いきてるの?」
「・・・・・・アサシンはな。ガイウスは・・・・・死んだ」
「そう」
燕は深くは聞かなかった。あまり表情にも出ていない。俺はその様子に少し拍子抜けする。
こういう時は大体、指揮官の采配がどうのこうの、指揮官の責任と自分を責め立てるものだと思っていた。実際にはそう思われても仕方がないようなことをしているのだ。
「びっくりした?それとも薄情っておもってる?」
びっくりはした。しかし今の俺にとって深くしゃべりすぎると人間の闇に飲み込まれる気がしていたから、少しホッとしてしまっている自分がいる。
最低だ。
「いや、深く聞かないことに感謝してるよ」
俺がそう言い告げると燕が一言だけ残す。
「終わった」
俺はすぐに完成品に目を配る。色、形はそのままだが、果たして強度は・・・・・・
俺はその結束バンドを手に取り、引っ張ったりしならせたりと強度を確認した。これも完ぺきに複製できている。
「ありがとう。すごいな燕は。早速作業に入るぞ」
そういって半分を燕に、半分を自分が持って、盗賊団の一味を一人ひとり手を後ろに回させて拘束していく。
カチカチカチと結束バンドが固く結ばれる音がどこか耳に心地よかった。さらにはこれを聞くことによって心も晴れてくる。
初めての初陣が終わったことを告げていたのだ。
盗賊団全員を拘束し、畳の下にあった財宝も燕が保管魔法で『魔法でできた四次元空間』に保管して、いざレッドバロン宮殿へ向かう準備ができた。
「燕、ここから宮殿までどのくらいだ?」
「ざっと二一キロ」
「そうか。わかった。よし行くぞ!全員、王都まで行軍!開始!」
俺を先頭としたその列は村の坂を下り、村の外に出て、やがては来た山道へ入っていく。
途中でアサシンも合流して全員が終始、無言のまま王都ディーゼルのレッドバロン宮殿へと不規則な足音を鳴らしながら足を運んで行った。
♰
王都ディーゼル。レッドブル宮殿。
白い城壁に囲まれて、正門から入るメインストリートは大理石が敷き詰められて正門と宮殿で挟むように白い彫刻の美しい噴水があった。
宮殿も大きく、一言で表すならフランスのヴェルサイユ宮殿と酷似していた。
私は宮殿の前のメインストリートを一人で歩いていた。特に理由はない。散歩をしたいといった少しだけの理由だった。
「マリア様!」
宮殿の正面玄関からセバスチャンが血相を変えて飛んでくる。心配してくれることはうれしいのだけれど。
「セバスチャン?はしたないですわよ。血相変えてどうなされましたか?」
息が上がった目の前の男に問いかける。
あれほどの切羽詰まった顔なのでよほどのことなのだろう。
「女王陛下・・・・・・報告します!たった今、新米のギルドが盗賊団を撃滅したと」
「あら、そんなことですの?」
さして興味はない。高が盗賊団を壊滅させられる人間など、この国にごまんといる。いまさら何を驚いているのだろうか。この男は。
「そんなことって・・・・・・あの中には女王陛下のお好きな春画も入っていませんでしたか?たしか、ビーエルといった・・・・・・」
私は虚を突かれたような胸の締め付けらる感覚と、顔に熱が帯びていき、リンゴのように赤面する。
「ちょ・・・・・・!セバスチャン!あなた、デリカシーはないんですの?!本当、やめてくださいまし?!」
「失敬失敬・・・・・・!しかし女王陛下、もう一つ重要なことがありまして」
「・・・・・・何よ」
「実はその壊滅させた人間たちは異世界からの使者らしく・・・・・・」
顔の熱が一気に冷めた。瞬間、閉ざされた古い記憶の扉が開かれる。異界からの使者がこちらに遣わされると、必ず災厄が起こるとされている。そんな古い物語を今は亡き両親から伝承された。
それに、異界というのであれば、もしかすると私がいつか見たあの世界から来たのかもしれない。
夢は忘れた。しかし、遠い記憶に確かに存在する夢のような温かい記憶。
「すぐに謁見の支度を」
私はすぐに宮殿のほうへと戻り階段を駆け上がっていく。自室でメイドに着替えを手伝ってもらい、そのまま謁見の間へと足を運んだ。
ヒールのかつかつという音が反響し、空気が一瞬にして重々しく冷たくなった。メイドも、近衛兵もすべての人間が緊張というストレスに飲まれているのが見える。
謁見の間にある玉座に座り、今か今かとその異界からの使者を待っていた。
子供のころ、伝承で聞いた通り本当に災厄を引き起こす怪物なのだろうか。今はそれを知るすべは持ち合わせていなかった。
♰
「休むな!これから諸君たちはこれよりも過酷な試練がこの先幾度となく襲ってくるんだぞ!こんな行軍ごときでへばっているようじゃこの先生きてはいけないぞ!」
怒号が響き渡り山道。その道はぎりぎり人の手が行き届いている状態の場所で最低限必要な手入れしかされていなかった。
道はガタガタと不整地で、ところどこと地面がひび割れている。この不整地な道こそ、この盗賊団たちを疲弊させるものであった。
ジャリジャリ、ザッザという足音が響き渡る中、後ろの一人の盗賊が倒れた。
俺は、マイクに先頭を頼むように伝えると、その倒れた盗賊団の仲間の下へと歩いていく。
「こんなところで寝てんじゃねぇ!立て!」
そう怒鳴りつけて腕をつかみ上げた。すると、腕を掴まれた男はこちらを睨み返す。
苛立ちが募る。おれはその顔の鼻をつまんで息を止めさせる。
「目が覚めたか?後の人間が遅れるんだよ!おい、目覚めたか?」
怒鳴り声をあげて、突き放すと腕をつかみ上げ、無理やり立たせて歩き出させた。
誰しもが思った。これは虐待に近いと。不休で歩き続け、水も食糧も確保されていない中での行軍は、道端で倒れるものも増えてきていた。
倒れたやつを発見しては起こして無理やり歩かせるの繰り替えし。中には気が狂って「フフフ・・・・・・」と笑いだすものもいた程だ。
しかし、飯も食わず歩き続けているのは俺たちも一緒だった。
燕のほうへ走って向かうと小声で盗賊団には聞こえない声量で話す。
「なぁ、燕。お前さすがに飯を出す魔法とかないだろ?」
「あるわけない。ご飯は自分で探す」
まぁ、そんな都合のいい魔法なんてポンポン出るわけがないと覚悟は決まっていたが、いざ言われるとやっぱりきついものがある。
それに、ここで死んでもらっては困る。罪を償わなければならない。
「よし、全員大休止!一時間後には出発する!休憩しろ!」
怒気を孕んで飛ばすと、その犯罪集団の行列は動きを止めて、その場で座り込み一息ついていた。
全員安めとは言ったものの、やはり俺とマイクは休めもしない。
捕虜の監視、健康状態異常の有無、すべてに目を配らせないといけなかった。
燕、アサシンも座り込んで休んでいる。本当なら俺たちと一緒に監視をしてもらいたいものだが・・・・・・。
全集警戒を行い、一人一人に目を光らせていると、奥のほうで走り出した青年がいた。
さっき疲れ果てて座り込んだあの青年だ。
アサシンも、燕も動けないままで正直に言えば使い物にならなかった。
俺はとっさに機関銃を構え、小さくなる背中に向かって無数の鉛の雨を撃たせると、その青年は無情にも倒れ力尽きる。
銃声が嫌に鳴り響いて、その残響でこの場にいる者たちは血の気が引いていき、青ざめる。
あまりこういう方法では主導権は握りたくはないのだが。
「・・・・・・時間がないな。全員立て!今からぶっ通しで王都まで歩く!全員根性を見せろ!」
「おいバルト!」
マイクが肩を押して止めに入る。彼の顔からは疲れと苛立ちが募っている。
「お前、バカなこと言うんじゃないよ!みんな見てみろ!疲れているだろう?」
「でも時間がない。なんとしても今日中に王都につかなければならない。疲れているのは俺もだ。だから急ぐんだ。行くぞ!」
一行はまた立ち上がり、のそのそと歩き始めた。
一人一人の足取りは重く、足枷でもついているんじゃないかと錯覚するぐらいのほどだった。かくいう俺もそろそろ限界が近かった。
変わらぬ景色に変わらぬ道。まるで同じところをぐるぐると回り続けている見たいでこっちも気が狂いそうになる。
やがて、日は傾き、完全に真っ暗になりかけるような暗さまでなった時刻。今日中に王都につくのには無理があるような気がして大休止の号令をかけようとしたその時だった。
森の奥でかすかにきらめく小さな光の集合体がゆらゆらと陽炎の中を揺れているのが見えた。
それを見て皆が一斉に町の存在に気づいて感嘆の声を漏らすものもいれば、嗚咽が聞こえてくるものもいた。
皆に希望が宿った。周りは暗くても、心のうちは晴れの日の青空のごとく照らしてくれていた。
「ラストスパートだ!全員頑張るぞ!俺に続け!」
こうして最後の力を振り絞り、整地された道へたどり着き、行軍を続けた。
整地された道を踏んだ人間はたちまち声を漏らして感動している。もう体力をむしばみ続ける荒々しい道ではなくなったことを実感するには十分であった。
もうここまでくればあとは気が楽だった。この犯罪集団も、我々も。
目的地まであと少し。ほんの少しなのだ。
目指すは宮殿レッドバロン。その宮殿に向かって囚人を引き渡せば任務は完了される。そこに行けばすべて終わると信じてやまない。
歩を進めるペースを上げる。この希望の灯が消えないうちに。希望の明かりを見失わないうちに。
だが、今経験しているこの地獄は単なる序章に過ぎなかったということをこの時の皆々どもは知る由もなかった。




