第四話:卒業検定レース・前編、魂の断層
舞台:学園・地獄の333バンク(擂鉢状の急カント)
天候:強風(阿蘇の山おろしを模した人工風)
番組:六車立て・三分戦
時期:2028年7月
1. 緊張の検車場
出走前、健吾は自ら調整した愛車を最終チェックしていた。
背中の外付マブイタンクは、学園支給の標準型。だが、その内部ギアには阿蘇の記憶を刻んだ「ザラついた研磨」が施されている。
「速水、そのガタつく駆動音……相変わらず非効率だな。僕の計算では、君は最終コーナーまでに外付マブイを使い切り、コアを焼き付かせて落車する。確率は98%だ」
隣でスーツの気圧調整をしていた算盤陣が、冷徹に告げる。
算盤のスーツは「鏡面仕上げ」の白銀。一滴のマブイも漏らさない完璧な密閉構造だ。
「算盤、残りの2%には何て書いてあるんだ?」
健吾が問い返すと、算盤はフッと鼻で笑った。
「『奇跡』だ。この学園に最も不要な概念だよ」
2. 並びの確定
教官が告げた「並び(ライン)」は、健吾にとって試練だった。
【1班:理論派ライン】 算盤(京王閣)ー 影山(小倉)
最強の効率と消音。隙のない鉄壁の布陣。
【2班:パワーライン】 大文字(鹿児島)ー 嵯峨野(京都)
破壊的な加速とカントの技術。
【3班:急造ライン】 速水健吾(阿蘇) ー 羽柴(高松)
暴発するマブイの健吾と、風を読みすぎる羽柴。噛み合う保証はない。
「健吾、俺はお前の風除けにはならねぇぜ」と羽柴がニヤリと笑う。「だが、お前がマブイを爆発させるなら、その気流、使わせてもらう」
3. 発走:沈黙のスタート
「構えろ!」
号砲とともに、6つのインターフェースが脊髄に火を吹く。
だが、一歩目が速かったのは算盤ラインだった。
算盤のスーツは、無駄な排気音を一切出さない。
シュルシュルという精密な歯車の音だけを響かせ、最短ルートで先頭(S)を取る。
健吾は最後方に置かれた。
(焦るな……。今はマブイを練るんだ。阿蘇の火口の底、一番熱い場所を思い出せ)
4. 残り二周:ジャンの鳴動
カラン、カラン……!
「ジャン」の鐘が鳴り響く。
先頭を行く算盤が、背中のバルブを僅かに解放した。
「計算通りだ。ここから一気に、追いつけない領域まで『マブイ密度』を上げる」
算盤のスーツから、冷却用の青い霧が噴き出す。
一気に加速する先行ライン。
中団の大文字も、黒煙を上げながら強引に捲りにかかる。
バンクは、6人の放つマブイの余熱で陽炎が立ち昇り、地獄のような熱気に包まれた。
「行くぞ、羽柴!」
「ああ、見せてみろよ! お前のデカすぎるマブイを!」
健吾は、外付マブイの封印を解いた。
だが、彼が選んだのは「追い込み」ではない。
一番外側、カントの最も高い場所、**「誰も通らない、最も風圧の強い壁」**へ向かって、ハンドルを投げ入れた。
「何っ!? あの速度であの角度に突っ込めば、遠心力でマブイが逆流するぞ!」
算盤の計算が、初めて狂い始める。
「――逆流上等だ。俺のマブイは、そんなもんじゃ止まらねぇ!」
健吾の背中で、巨大なメインゼンマイが「ギチギチギチッ!」と悲鳴を上げた。
阿蘇の噴火のような咆哮が、静かな学園のバンクを切り裂いた。




