第二十一話:深淵の勝利(京王閣凱旋戦・決着)
第十六話:深淵の勝利(京王閣凱旋戦・決着)
1. 飲み込まれた炎
ゴールまで残り20メートル。
健吾の視界の中で、先行する妙子の背中が熱に歪みます。二人の共鳴は完璧でした。しかし、その「完璧なリズム」こそが、葵にとっては最も読みやすい旋律だったのです。
「……先輩たちの熱、全部『同調』しちゃいました」
葵の声が、風に乗って健吾の耳に届いた気がしました。
その瞬間、葵のスーツ『萌葱』から放たれたのは、熱でも風でもない、「絶対的な静寂」。
葵のコアマブイ7000が、健吾と妙子が生み出したエネルギーの波形を完全に逆転させ、打ち消してしまったのです。共鳴していたはずの二人のマブイは、干渉を起こして急速に霧散。加速が止まり、健吾のクランクが絶望的に重くなります。
2. 怪物、凱旋
「あああぁぁぁ……ッ!!」
健吾の叫びも虚しく、葵の影がスッと、吸い込まれるようにゴール板を通過しました。
それは、力ずくで抜き去るような暴力的な加速ではなく、まるでそこにあるのが当然であるかのような、自然で残酷な一着。
1着:桜庭 葵(京王閣)
2着:速水 健吾(阿蘇)
3着:那須 妙子(館山)
健吾と妙子が二人で、命を削って作り上げた「最強の一撃」を、葵はたった一人で、その「深淵」の中に沈めてみせたのです。
3. レース後の沈黙
ゴール後、検車場へと戻るスロープ。
全力を出し切り、スーツから異音を立てている妙子が、ポツリと呟きました。
「……二人がかりでも、届かなかった。あの子、もう『からくり競輪』の枠組みを超えようとしているわ」
健吾はハンドルを握ったまま、動けませんでした。
勝負には負けた。けれど、それ以上に恐ろしかったのは、葵の圧倒的な「地力」です。2500のコアでは、どれだけ技術やラインを駆使しても、7000という圧倒的な「質」の前では小手先の細工に過ぎないという現実。
4. 兄・誠の出現
「――無様なもんだな、健吾」
重い足取りで更衣室へ向かう健吾の前に、一人の男が立ちはだかりました。
漆黒のライダースジャケットに身を包んだ、兄・清水誠。
「兄貴……。見てたのか」
「ああ。女子にラインを組ませてもらい、それでも地力で捻り潰される。……お前が阿蘇で磨いてきたのは、そんな程度の火種だったのか?」
誠の言葉は、今の健吾にはナイフのように刺さります。
誠は健吾の胸ぐらを掴み、その耳元で冷酷に囁きました。
「いいか、健吾。コアマブイの数字なんてものは、魂の『器』の大きさに過ぎん。お前が2500で7000を殺したいなら、もう方法は一つしかない。……**『マブイの再点火』**だ。今のままじゃ、次にお前に会うのは引退会見の場になるな」
誠はそれだけ言い残すと、夜の東京の闇へと消えていきました。




