第十八話:底知れぬ深度(ディープ・マブイ)
「……計算、終わり。道が見えたよ、健吾先輩」
それは、今まで無邪気に笑っていたはずの桜庭葵の声でした。
彼女のコアマブイ7000。それは単なる出力の高さではありませんでした。他者のマブイの波形を読み取り、その「隙間」に自分のマブイを完全に同期させる**『深度同期』**。
1. 影の加速
健吾と凛が外側で競り合い、妙子が内側を締めようとした一瞬の呼吸。
葵は、三人が生み出した巨大な気流の「淀み」を完璧に捉えました。
「なっ……!? いつからそこにいた!」
健吾のセンサーが、真後ろ、コンマ数ミリの距離に潜んでいた葵をようやく検知しました。しかし、もう遅い。
葵のスーツ『萌葱(MOEGI)』が、それまで蓄えていた外付マブイ10000を一気に「一点」へ集中。
爆発的な「逃げ」でも、鋭い「差し」でもない。まるで水面を滑る石のように、抵抗をゼロにした**『超流動走行』**で、三人の間をすり抜けていきます。
2. 7000の輝き
「これが、私の……本当のマブイです!」
葵の瞳が、明るい茶色から透き通るようなエメラルドグリーンへと変貌します。
健吾の熱い「炎」も、妙子の冷たい「風」も、凛の荒い「煙」も。
葵の圧倒的なコアマブイの「深度」の前では、すべてが凪のように静まり返ってしまいました。
3. 衝撃のチェッカーフラッグ
最終直線の残り10メートル。
健吾が必死にハンドルを投げ、妙子が牙を剥き、凛が叫ぶ。
その三人の鼻先を、一番小さく、一番若い影が、軽やかに、そして残酷に奪い去りました。
1着:桜庭 葵(立川)
2着:那須 妙子(館山)
3着:速水 健吾(阿蘇)
コンマ数秒の差。
しかし、その差は数字以上に「絶望的」な実力の片鱗を物語っていました。
4. 敗北のあとの沈黙
ゴールを過ぎ、静まり返る館山競輪場。
健吾は、自分のコアマブイ2500が、葵の7000に「飲み込まれた」感覚に、全身の震えが止まりませんでした。
「……はは、まいったな」
健吾は、力なく笑いました。
九十九島を制し、自分こそが単騎の王だと思い上がっていた鼻柱を、自分を慕っていたはずの後輩に、最も綺麗な形で叩き折られたのです。
葵は、ヘルメットを脱いで、いつもの元気な笑顔で振り返りました。
「先輩! 今の、私の本気です! ……次は、もっと熱いところ、見せてくれますよね?」
その無邪気な瞳の奥に、健吾は「怪物」の兆しを見ました。




