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からくり競輪 ー烈風のマブイー  作者: 水前寺鯉太郎
重賞挑戦編

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第十九話:孤高の怪物と、全日本の招待状

小倉メディアドームという「純粋空間」の理

 北九州市、小倉。競輪発祥の地にある小倉メディアドームは、全天候型の屋内400mバンクである。この「室内」という環境が、からくり競輪において持つ意味は極めて重い。

* 無風の真空: 外部からの風の影響が一切排除されるため、那須妙子のような「風読み」の能力は封じられる。一方で、純粋なマブイの出力が100%推進力へと変換されるため、ごまかしの効かない「地力」のぶつかり合いとなる。

* マブイの充満: 閉鎖空間であるため、選手たちが放つ排熱やエネルギー波がドーム内に滞留し、バンク内のボルテージは屋外の数倍の密度に達する。

* 高速の板張り(マブイ伝導): 木材を組み合わせた板張りバンクは、タイヤとの摩擦係数が低く、マブイの加速波が路面にダイレクトに伝わる。一瞬の踏み込みが、物理限界を超えた時速100kmオーバーの領域へと選手を誘う。


 立川競輪場。誰もいない早朝のバンクを、桜庭葵が一人で駆けていた。

 彼女がペダルを一漕ぎするたびに、周囲の空気は真空になったかのように静まり返る。以前のような華やかな風の音はない。彼女があまりに強すぎるため、もはや立川の精鋭たちでさえ、彼女の練習相手を務めることができなくなっていた。彼女の背後につこうとした選手は、例外なくその「深度」にマブイを吸い取られ、失速して落車してしまうからだ。

 「熱い勝負がしたい。……あの時、健吾先輩が見せてくれたような、火傷するくらいの熱が欲しい」

 葵のコアマブイ7000は、彼女の意志とは無関係に、周囲のエネルギーを貪欲に吸収し続けていた。それは「地力」という名の、あまりにも美しく残酷な暴力。彼女は頂点に立ちながら、世界から切り離されたような、絶対的な零度の孤独の中にいた。

2. G1「全日本選抜競輪」の斡旋:小倉への招待状

 そんな静寂を破ったのは、からくり競輪界最高峰の舞台、G1・全日本選抜への招待状だった。

 今回の舞台は、九州・小倉ドーム。

 招待されたのは、選ばれし9名のS級トップレーサーのみ。

* 桜庭 葵(立川): 覚醒し「孤独な怪物」となった、現役最強の深度7000。

* 算盤 陣(京王閣): 計算の極致を求め、葵のデータを解析し続ける冷徹な戦術家。

* 那須 妙子(館山): 風を捨て、執念の「自転加速」を身につけた孤高の蒼き風。

* 速水 健吾(阿蘇): 算盤の劇薬データにより、自身の命を燃料に変えた「特異点」。

 その他、全国から集まった「からくり」の猛者たちが、小倉の無酸素空間で激突する。これはもはやレースではない。魂の密度を競う、生存競争である。


 一方、阿蘇の山深く、不破源さんの工房。

 健吾は、かつてないほど禍々しい光を放つ新しいスーツ『炎(HOMURA)』と対峙していた。

 源さんは、算盤から送られた禁断の設計データを元に、健吾のコアマブイ器官にメスを入れた。

 「できたぞ、健吾。算盤の言う通り、コアを包む『シェル』を限界まで削り落とした。……お前のマブイは今、常に爆発寸前の臨界状態で保たれている。少しでも制御を誤れば、スーツごと、お前の精神ごと消し飛ぶぞ」

 健吾のコアマブイは数値上は2500のままだ。しかし、器(殻)を紙のように薄くしたことで、その内部圧力は数値上の12000相当にまで跳ね上がっていた。地力そのものを「内圧による爆発力」で無理やり引き上げる、命がけのインチキ。

 「消し飛ぶなら、あの小倉の直線で、葵を追い越す瞬間がいい。……源さん、行ってくる。俺の『一発』が、あの子の深淵を蒸発させるかどうか、見ててくれ」

 健吾の背中には、冷却装置すら排除された。熱を逃がせば圧力が下がる。爆発力を維持するためには、自身が焼かれる苦痛を受け入れ続けなければならない。


 北九州、小倉メディアドーム。

 無酸素、無風のドーム内は、選手たちの放つマブイの火花で異様な緊張感に満ちていた。

 検車場に現れた葵は、かつての天真爛漫な少女ではなかった。彼女の周囲には常に薄暗いエメラルドグリーンの霧が漂い、近づく者のマブイを無意識に削り取っている。

 「……健吾先輩。そのスーツから漏れてる熱、今にも壊れちゃいそうですね。痛くないですか?」

 葵が健吾をじっと見つめると、健吾のスーツ『炎』が、彼女の深度に共鳴して「ギチギチ」と悲鳴を上げた。薄くなったコアの殻が、外部からの圧力に耐えかねて軋んでいるのだ。

 「痛ぇよ。でも、この痛みがお前をぶち抜くエネルギーになるんだ。……楽しみにしてろ、葵。俺の熱は、もうお前に飲み込めるような生易しいもんじゃねぇぞ」

 「……そうですか。今の先輩なら、私の底まで届くかもしれません。……嬉しい。本当に、楽しみにしてます」

 葵の瞳の奥で、エメラルドの炎が揺らめいた。それは、自分を終わらせてくれるかもしれない「光」を待ち望む、絶望的な期待だった。


 「構えろ!」

 電子号砲が小倉の静寂を切り裂いた。

 一斉に飛び出す九台のからくり。

 健吾の『炎』からは、これまでの真紅とは異なる、白銀に近い超高温のプラズマが噴き出していた。

 「ドォォォォォン!!」

 一掻きごとに、バンクの板張りが焦げるほどの衝撃。

 算盤の計算通り、健吾の「薄殻高圧」は、序盤から葵の7000を圧倒する加速を見せつける。

 しかし、算盤は自身の機体で健吾の背後につきながら、冷徹にその数値をモニターしていた。

 (……始まったか。速水健吾、君の『再点火』は、このレースの残り4分間だけしか持たない。それを過ぎれば、君のコアは文字通り蒸発する。さあ、太陽を喰らってみせたまえ、特異点)

 小倉の400mバンク。

 無風の空間で、健吾の「白銀の熱」と、葵の「深緑の深淵」が激突する。

 からくり競輪の歴史に刻まれる、最も熱く、最も短い4分間。

 「行くぜえええ、葵ィィッ!!」

 健吾の叫びが、ドームの天井を揺らした。

G1全日本選抜、予選第1レース。

健吾の「薄殻高圧」は、葵の深度を突き破ることができるのか?


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