第一話:鉄魂の門(てっこんのもん)
「本日より、貴様らの魂は、国が預かる」
日本からくり競輪学校。
2028年の4月。静岡の山奥、巨大な擂鉢をひっくり返したような絶壁の底に位置するこの養成所は、通称**「鉄魂学園」**と呼ばれていた。
門をくぐったのは、全国から選りすぐられた精鋭100名。その中に、速水健吾もいた。
彼らが着ているのは、まだ何の装飾もないグレーの訓練用特殊スーツ。背中には空の「外付マブイタンク」が、重石のようにのしかかっている。
「……ここが、俺の戦場か」
健吾が小さく呟いた時、隣から冷ややかな声が響いた。
「山口支部の清水誠。競艇界を揺るがす『水の天才』の弟が、なぜわざわざ泥臭い競輪に? データの無駄遣いだな」
声の主は、算盤陣。
エリートの家系に生まれ、入校前から「理論上の最高効率」を叩き出している男だ。彼は健吾を一瞥し、手元のデバイスを操作しながら言い放つ。
「君のコアマブイ期待値は、測定不能の不安定さだ。ここでは『熱量』よりも『安定』が正義。君のような情緒不安定な魂は、最初の週でギアを焼き付かせて退学することになるだろう」
健吾は反論しなかった。ただ、自分の胸に手を当てる。そこには、兄と別れる際に誓った熱い塊――コアマブイ2500の胎動があった。
「整列!」
鬼教官の怒声が響く。
正面の大型スクリーンに、学園のシンボルである**「黄金の巨大ゼンマイ」**が映し出された。
「からくり競輪は、遊びではない! 魂を削り、鉄を回し、風を殺す聖戦だ! 貴様らの脊髄にインターフェースを打ち込む準備はできているか!」
その瞬間、教官がスイッチを入れた。
広大なバンクに設置された巨大な送風機が、猛烈な向かい風を巻き起こす。立っているのもやっとの突風。だが、これこそがからくり競輪の日常だ。
「これより、第一適性検査を行う。内容は単純だ。『自分のマブイだけで、一歩前へ進め』。人力は一切禁止! 魂で、その重さ300キロの訓練用自転車を回してみせろ!」
生徒たちが次々とインターフェースを接続していく。
「ガガッ!」
「ギギギ……ッ!」
鈍い金属音が響く中、多くの生徒は一歩も動けず、逆にマブイを吸い取られてその場に膝をついた。
健吾もまた、自転車のクランクに手をかけ、脊髄の端子をスーツに直結させる。
(……来い。俺の、マブイ!)
健吾の脳裏に、下関の荒波を切り裂く兄のボートが浮かぶ。
「水の流れ」を「鉄の回転」へ。
瞬間、健吾の背中の空のタンクが、赤く発熱した。
「――回れッ!!」
ドォォォォォン!
訓練機から、蒸気機関のような猛烈な排気音が上がった。
健吾の自転車のタイヤが、火花を散らしながらアスファルトを削り取る。
算盤陣が、驚愕に目を見開いた。
「なんだ……あの異常な『魂の燃焼効率』は!? 計算に合わない!」
健吾は、一歩どころか、猛烈な勢いで向かい風を切り裂き、教官の目の前まで突っ込んでみせた。
これが、のちに「阿蘇の噴火」と恐れられる男の、最初の一回転だった。




