第7話:記録を燃やす者
王宮の奥深く、静まり返った文書館に、燻るような煙の匂いが漂っていた。
「……これは、放火未遂?」
駆けつけたクラリスは、文書館の司書から差し出された焼け焦げた書簡の束を受け取り、その表紙を見て息を呑んだ。
《記録官・ユリウス補佐訂正文 副本》
——昨夜、彼が書いた“真実の証言”だった。
「これを……誰が」
「今朝、開館準備に入ったときには既に煙が立っていて、棚の裏に火種が置かれていました。ただ、炎は広がらず、被害は最小限で済みました」
クラリスは足早に文書館の棚を見て回る。
狙われたのは特定の一角——“近年の王室婚姻関連の記録”だった。
クロエ・ランベールの婚約話、そして彼女の死の前後に残された公文書……すべてがその棚に収められていた。
(偶然の火災、なわけないわ)
クラリスは一つの仮説を確信に変える。
「誰かが、“クロエの死に関する記録”そのものを消そうとしている」
それは、すなわち——
“事件が掘り返されることを最も恐れる者”が動き出した証だった。
その日の午後、ユリウスの執務室にて。
「……訂正文の副本が、燃やされました」
クラリスの言葉に、ユリウスは目を伏せる。
「やはり、記録が動けば、それを止めようとする力も動く……当然のことです」
「あなたはもう後戻りできないわよ?」
「もとより、戻るつもりはありません。あの晩——クロエ嬢が中庭へ向かう前、彼女は言ったのです」
《ねえ、ユリウス。あなたの記録が、私の存在を残してくれるなら、少しは生きた意味があったと思えるの》
その言葉を思い出したユリウスの眼差しに、迷いはなかった。
「副本は焼かれても、正本はまだ……“保管庫”にあります。ですが、王家の許可がなければ、持ち出すことも閲覧もできません」
「……王家の誰かに、協力を求める必要がある」
クラリスの思考がめまぐるしく回転する。
(協力を得られる可能性があるのは、あの人しかいない……)
夕刻、彼女は王宮第三棟の応接室へと向かう。
応対に現れたのは、第二王子・レイモンドの異母兄であり、政治から一歩引いた立場を保っていた人物——第一王子・ジークハルト殿下。
「久しいな、クラリス嬢。死者の名を追って、私のもとへ来たのか?」
静かだが、鋭い眼差し。だがその奥には、かすかな懐かしみもあった。
「殿下。お願いがあります。記録保管庫にある、“クロエ・ランベールの件に関する訂正記録”の閲覧と持ち出し許可を、頂けませんか」
「……それは、王家にとって過去の傷を暴く行為だ。なぜそこまで?」
「私は彼女の親友として、そして冤罪で断罪された一人として、どうしてもこのままにはできないのです」
ジークハルトはしばらく沈黙した。
その後、静かに一枚の許可証を差し出す。
「ただし、これは“個人的な好意”だ。記録が開かれた瞬間から、敵はさらに明確になる。それを忘れるな」
「……はい。覚悟の上です」
その夜。
許可証を携えたエルミナは、記録官長と共に厳重に封印された“保管庫”へと向かった。
扉が開かれる瞬間、彼女の胸は静かに高鳴っていた。
焼かれた副本ではない、“真実の原本”がそこにある。
クロエが最後に見たもの、王家が隠した罪、そして——その先にある、真犯人の輪郭。
すべてが、次のページに記されていた。




