第5話:偽りの遺書と、記録官の嘘
薄曇りの午後、王立文書館の閲覧室にて。
クラリスは机に積まれた十数冊の古い記録簿を睨みつけていた。
「……妙だわ。やっぱり、筆跡が違う」
机上に広げられていたのは、クロエ・ランベール事件の正式な“遺書写本”と、別口から入手した《未記録原本》の筆跡見本。
並べれば明らかだった。どちらも「クロエのもの」とされていたが、筆跡も文調も一致していない。
(つまり、遺書は偽造されていた……)
この事実は、王国の文書体系の根幹を揺るがす。
記録官が、意図的に文書を差し替えたのだとすれば。
「……筆頭記録官ルシアン・グレイ。あなたが何を守ろうとしたのか、確かめてやる」
クラリスは記録官室で過去に交わされた覚書の中から、“クロエ事件”に言及した内部連絡書を探し出した。
日付は、事件の二日前。
「報告:貴族令嬢クロエ・ランベールの婚姻契約に関し、王家からの内命あり」
その文面に、エルミナの眉がひそめられた。
「婚姻契約……? 誰と?」
詳細欄に書かれていた名前は——
レイモンド・アスカルディア王子。
「……王族の婚約者だった?」
クロエ・ランベールは平民寄りの中級貴族の娘。それが、なぜ第二王子との婚姻候補に?
王家からの命とはいえ、これは政略結婚を通り越した“政治の仕掛け”だ。
(だとすれば、誰かがそれを邪魔したかった。そして……)
「遺書を偽造して、彼女を自殺に見せかけた。そうすれば、記録は“スキャンダル”にならずに済む」
──すべてが、つながった。
事件当日、クロエは呼び出された。呼び出したのは、“第二王子付きの侍従”という記録がある。
その侍従の名は——
「……ユリウス・ミネルヴァ」
あの、今は誠実を装っている記録官補佐だった。
彼が関わっていた? いいえ、それだけではない。
(もし、ユリウスが事件に関わっていたのだとしたら……なぜ、あのとき私に、クロエ事件の記録を渡したの?)
思考の渦が静かに冷えていく。
そこへ。
「……また来てたんだな、エルミナ嬢」
現れたのは、アルセイン。
彼は静かに彼女の隣に腰掛けた。
「遺書が偽造されていた。証拠は揃ったわ」
「……それで、次は誰を問い詰める?」
彼の声は静かだった。だが、その瞳は明らかに怒っていた。
「俺は、もう黙っていられない。クロエは、誰かの都合で殺された。そんな記録を“真実”と呼ぶのは間違っている」
彼の言葉に、クラリスは頷いた。
「この事件、今から“記録し直す”わ。わたしの手で」
そう言って、彼女は白紙の記録簿を開いた。
新たな“事件記録”が、ここから始まった。




