7.あたしはあたしでいればいい。
◇ ◇ ◇
神聖な祈祷の間。
そこでは神子たちが国のため、聖なる祈りを粛々と捧げている……というのはかつての話。
「タルタラ様ー。これ街の人がくれたお饅頭です。一緒に食べましょー♪」
「んむ。ここに来るといろいろ食べられてよいな。この短期間で、さまざまな味に触れられて実に面白い」
「料理得意なメッサおばちゃんがいるからね。おばちゃんの味は天下一品だよ」
天使に堕天使そして白神子。
今では和気あいあいと、気心の知れた仲間で国を護るお務めを果たしている。
こーんな楽しいことってないよね!
「ネ、ネフェリア様……」
たどたどしい口調で呼びかけられ、あたしは振り向いた。
「なあにシビリアーナ?」
そこには恭しくこうべを垂れるシビリアーナの姿。
「白神子様の沐浴の準備、できました」
「あ、ありがとー♪ じゃあ後はあたしがやるから、もう休憩入って大丈夫だよ」
「はい。ありがとうございます」
頭を上げるシビリアーナ。その屈辱にまみれた顔を見るのが、日々の楽しみのひとつだった。
シビリアーナは自身の申し出通り、白神子への道を開いた。
ただし今は白神子見習い。現在の白神子がその座を降りたとき、初めて白神子を継げるのだ。
「んじゃあ白神子様、沐浴に行きましょうかっ」
あたしが身を翻してしゃがみ込むと、
「わうっ!」
白神子パトリックがうれしそうに返事をした。
「くっ……」
「え、なにシビリアーナ? 今なにか言った?」
「な、なんでもありませんわネフェリア様!」
慌てて取り繕うシビリアーナに、あたしはほっと息を吐いた。
「そう、よかった。あたし転化してから気が短いから、うっかり挽き肉にされちゃわないよう気をつけてね」
「は、はいっ」
シビリアーナが背筋を伸ばして答えてくる。
あたしは立ち上がり、励ますように両拳を握った。
「まあ今はつらいかもしれないけど、いつか白神子になれるんだし。努力は必ず報われるから、頑張ろうねシビリアーナ!」
「そ、そうですね!」
まあ向こう八十年は、その予定はないけどねー♪
パトリックは寿命強化により、人間並みの寿命が与えられている。加えてタルタラ様の加護でがっちり庇護してあるから、シビリアーナが良からぬことをたくらんだとしても、パトリックに危害を加えることはできない。ていうかパトリックに手を出そうとしたら、その時点であたしがシビリアーナをぶち殺す。あと生意気が過ぎてもぶち殺す。
鞭の次は、うっすら甘い表層で覆った激辛飴を。それがあたしの飴と鞭。
今まで散々パトリックを蔑んでくれた分、しっかりこの子に尽くしてもらうんだから!
「失礼します」
祈祷の間の入り口から、羊皮紙を持った若い神官が入ってくる。まだ見習いの身だけど、彼は誠実勤勉に働いてくれている。
……しかも、ちょっとカッコイイんだよね。
いやあ、人事を一新してよかったよかった。
ちなみに以前いた神官は、胡麻すりがいちいち鬱陶しいから、そのほとんどをクビにした。
もちろん慈悲ある行いとして、三カ月分のバナナを渡して。みんな泣いて喜んでた。
……でもまあ、それはまずかったかな。
バナナに関しては思い返すたびに後悔する。
というのも、あたしが大量のバナナを与えるさまを見てインスピレーションを得た有名画家が、『堕天使ネフェリアのバナナ鑑賞会』とかいうふざけた絵画を献上してきたんだ。それ以来あたしには『バナナの堕天使』という不名誉な二つ名がついて回っている。
……タルタラ様の気持ち、今なら分かる。
堕天使ネフェリア。最初にして最後の後悔。
食べ物で遊ぶのはやめましょう。
「ネフェリア様、タルタラ様、パトリック様。本日のご予定ですが……」
彼が今日の予定を読み上げてくれる。よどみなく発せられるその声は、清流の音を聞いているかのような心地よさだ。今のあたしにはもったいないくらい。
あたしは堕天使。恨みを晴らすのに容赦はしない。
タルタラ様は、堕天使化によって、あたしの感情が攻撃的なものへと引きずられていると言っていた。
でもたぶん違う。
それをきっかけにしているだけで、あたしは元々こういう人間なんだ。
だから認めて受け入れる。
シビリアーナはクズだ。あたしもクズだ。それでいい。
もしかしたら、いずれ報いを受けるときが来るかもしれない。上等だ。
もう立場だとか常識だとか気にしない。聖人が怒ったっていいし、悪魔が優しくたっていい。芋娘が堕天使になったっていい。
そんな上辺のちぐはぐさ、気にしていたら息が詰まる。
どんな形だって関係ない。あたしはあたしでいればいい。
「――以上が本日のご予定です」
読み上げを終えた神官に、「りょーかい!」と親指を立てる。
ほんと言うと、国を護るこの仕事は嫌いじゃない。街の人たちが好きだから。
あたしは、ぱんっと両手をたたいた。
「さてさてさてっと。今日も張り切って、国の平和を護りましょー!」
お読みくださり、ありがとうございました。