体調不良の影響 2
リーシアは安静にしながらも、不安で未来視をやめる事が出来なかった。
のめり込まないよう自制しながら、たまにヴィジット領外にいる知人の未来を確認していた。
手紙の返信を待ちヴィジット領の事を一度頭から外そうと意識し、ようやく形だけでも冷静さを取り戻すと、カイとルクレイスの事が気になった。
それにユレアノとエイゼンの未来と。
あれだけ変わってしまったのだから、二人の未来まで変わって居ないかと、また不安になった。
結果としてユレアノとエイゼンの仲は変わらなかった。
ただ二人の距離が縮まるのが多少遅れて、王城での再会から恋が始まるように変わっていた。
早く両思いになれるよう行動を起こそうかと考えたものの、カイに別れる恋人が出来る事で王女との愛情が深まったのを思い出した。
ユレアノとエイゼンは恋の始りが遅れた所で幸せそうで、リーシアは嬉しく、また切なかった。
二人の事はまたしばらく見ないと決めた。
リーシアは体調と相談しながら、次にカイの未来を確認しなおした。
リーシアはずっと寝込んでいたし、自分以外の未来が何もなく大きく変わる事はまずない。
前回見た未来視のなぞり直しだと考えていたリーシアは愕然とした。
カイはまた恋人を作らなくなっていた。
未来が短期間に揺り戻した理由はリーシアには分からない。
カイはかたくなに見えるほど恋人を作らず、王女に請われ、また結婚して幸せになった。
別れる恋人がいないのに、二人の愛は更に深まっているようで、リーシアはただ不可解な改変に困惑した。
リーシアが未来視に捕らわれて寝込む事で、普通に就学した場合と友達らの行動がずれて、考え方に作用していく。
――リーシアに視えるのは、何も知らず、何も動かなかった時の未来だ。
しかし寝込んでいただけのリーシアには、何がそんなに作用したのか分からないし、それほど変化を起こす大きな影響があるとは思えない。
何にせよ、傷付いて別れる二人が、最初から交際しないよう戻ったならそれで良いと胸を撫で下ろした。
元に戻りはしたが、リーシアの心は晴れなかった。
カイと王女は、恐らくユレアノとエイゼンのような関係なのだろうと感じていた。
まるで運命とでも言うように、枝葉が変わろうともしっかりと結び付く二人。
祝福をすれど見せつけられれば寂しさも感じる。
何しろその内の一人は片想いしていた相手だから余計に。
恋愛的な面は忘れる、気にしないとして、リーシアには決して拭えない不安と罪悪感がある。
気にしないようにしていたが、婚約の解消が叶ったために、意識せざるを得なくなった。
それは他人の運命を変えてしまっている恐ろしさだ。
リーシアの視る未来は、リーシアの心情や行動が変わる事で変わっていくものだ。
逆に言えば、リーシアが全く何も行動に変化を起こさなかった場合、視たままに必ず訪れる。
転ぶ人間を助けただけなら、何も思わずにいられる。
むしろ助けられて良かったと思う。
なら転んだ人間が、実は転んで怪我をする事がきっかけで人生が好転するとしたらどうだろう。
あるいは助けた事で別の人間が転んでしまったなら。
全てを掴めない事はリーシアも理解している。
だからエイゼンを諦めたのだ。
リーシアは自分の不幸が大切な人達をも不幸にすると知っている。
だから不幸にはなりたくない。
けれどただ自分の幸せだけを求めて手を伸ばす事も出来ない。
自分のために運命が変わって、得るはずの幸せが歪む人を作りたくはなかった。
カイの未来を見て、リーシアの心は強く決まった。
リーシアの未来から一つの道が完全に消えた。
ルクレイスは元々リーシアに興味をもたず、関わることもなかった。
つまり本来のルクレイスには、リーシアではない別の人がいるはずだ。
それが上手くいっていたかどうか、既に確かめる事は出来ない。
けれどリーシアと結ばれれば、ルクレイスは破滅一択だ。
居るかもしれない別の人との未来を壊してまで、リーシアにルクレイスと親しくする選択はない。
結婚は当然、友達としてでも親しく共にいる未来は望ましくない。
カチュアの言葉を思いだす。
――親しくもなく疎遠でもない関係。
しかしルクレイスはリーシアの秘密に気付き、既に好意を持っている。
関わらない事が出来ないなら、関わりつつ親しくならないよう動かなければいけない。
ルクレイスを自分の未来から切り離すと決めれば、気持ちはすっきりとしていた。
どこでどう変わるか分からなくても、望む方向へ持っていくしかない。
リーシアはエイゼンとの婚約解消を目指した時のように、決意を強くした。
ο ο ο
溜まり場としている場所で、エイゼンは緊張を隠しながらルクレイスに尋ねた。
周囲に他の友人らもいるが、部屋で二人で話すよりも内緒話はしやすかった。
個室ではルクレイスの護衛が近すぎるためだ。
友人らから離れた場所に、何でもない顔をして二人は座っていた。
「リーシアの友人に近付いていると聞きましたが」
「ユレアノ嬢の事か」
「ええ……リーシアをどうするおつもりで」
エイゼンは睨むように目元に力が入るのを抑えきれなかった。
エイゼンはユレアノと何度か顔を合わせたことがあるが、聖女と評価されるのが納得できる、優しく邪気のない少女だと感じた。
そんな少女を利用してリーシアに手を出すのは許せない。
加えて継承権を放棄の予定を組んでいるといえ、ルクレイスは王族だ。
今一人の少女への執着を見せれば水面下で動く者が増え、巻き込まれる可能性すらある。
「卒業して継承権を放棄して、ほとぼりが冷めたら平民の女性から相手を選ぶ。
それも富みも権力もない、政治に興味がないとアピール出来る相手を。
そういう予定でしたよね」
「そうだな」
エイゼンが熱くなるのを抑えようとしている一方で、ルクレイスはただ冷静だった。
「リーシアのヴィジット家は富んでいます。
中央の政治には直接関わっていないものの、間接的には要望を飲ませるツテもある」
「異能者支援は簡単に通ってしまったな」
「何よりリーシアは病弱だ。
ルクレイス様や周囲の干渉に耐えられるはずがない」
「言いたい事をはっきり言ったらどうだ」
「――リーシアに手を出さないでください」
ルクレイスは返事をやめ、エイゼンも畳み掛けたりはしなかった。
相手の出方を窺うような沈黙が流れた。
ルクレイスは感情も乗せず、事務的な確認のように尋ねた。
「復縁を狙っているか?」
「叶うならば」
「あれから話し合いは」
「……していません」
「笑わせる」
親友からの皮肉にエイゼンは押し黙った。
怒鳴り散らすほど理性を欠いてもおらず、平然と聞き流せるほど割りきれてもいない。
「エイゼン、お前はリーシア嬢の謎にどれだけ近付いた?」
学園に入学してから奇行を見せ始めたリーシア。
その行動の目的は婚約解消としれたが、尖った方法を取ってまで望んだ理由は不明なままだ。
その謎を、エイゼンは解く気でいた。
大人びた表情も儚げな雰囲気も、リーシアの秘めた内心だと、いつかその心を溶かしたいと考えていた。
しかしリーシアがまざまざと見せていた物がそのままであれば、謎なんかではない。
エイゼンが見ようとしていなかった、婚約解消を願憂いである。
「――恋愛の、対象として、見れないと……」
「それを信じたのか?」
「何かご存じなのですか」
エイゼンは胸に何かが突き刺さるように感じた。
婚約者の自分が辿り着けなかった謎に、直接面識のない友人が近付けたというなら、どれだけ情けない事か。
ルクレイスは哀れむような視線を向けた。
それが能力の足りない者に向ける諦めの視線だと、エイゼンは知っている。
自分が何を間違えたのか、何が不足したというのか。
父にリーシアとの婚約解消を告げられ責められた時の事がエイゼンの脳裏に甦った。
「俺以外は、知っていると……?」
「それは違うな。
私もまだ知っている訳ではない」
「なら何を言いたいんですか。
まだ、とは……」
「お前リーシア嬢の事を少しでも調べたか?」
ルクレイスの言葉はエイゼンには理解出来ない物だった。
「婚約者の身辺調査をしろと?
幼馴染をこそこそと探れと言いたいのですか。
リーシアに醜い裏があるはずがない」
「彼女の明かせない苦悩を払ってやりたいと思わなかったか」
エイゼンは絶句した。
リーシアに気付かれないように調査して、裏から手を回して奇行の原因を解決しようとしなかったのか。
ルクレイスはそう言ったのだ。
それだけの思いはなかったのかと。
そんな大仰な事を思いつけと言うのか。
エイゼンは理不尽に思った。
「……リーシアに、何があると言うつもりですか。
あの子は普通の女の子です――少し変わってはいますが。
調べた所で幼馴染みの私が知る以上の何が出てくると言うのです。
私達は婚約者としてきちんと会ってい――」
「あの子、か」
エイゼンの言葉をルクレイスは言葉を拾い出して遮った。
エイゼンはどうしてその言葉を抜き出されたのか分からなかった。
ルクレイスには一つしか年の違わない元婚約者を、あの子と呼べる心情は理解出来なかった。
復縁したい愛しい人に使う代名詞として似合うと思えなかった。
年の離れた保護対象に向ける言葉に聞こえていた。
第一、幼馴染みと言っても幼い頃から頻繁に会っていたというだけだ。
それで相手の完全な理解など出来るはずがないと、今既に知らない面に迷わされているだろうと、ルクレイスは心の中で呟いた。
「……何か?」
「彼女について私とお前の意見はぶつかるだけだろうな。
私はお前と友達を止めたくはない」
「……」
「復縁を考えての行動を私も止めはしない。
お前ならおかしな方法を選ぶ事はしないだろう。
だがお前はもう彼女の婚約者ではないんだ。
私の邪魔はしないでくれないか」
「……」
「正々堂々と戦おうではないか。
恋敵として」
「それは……」
「必要なのは邪魔者の妨害ではない。
相手の心を得る事だろう?」
正論が通じない地位と権力を持つ相手に諭され、エイゼンは思い浮かんだ反論で冷静になった。
あえてそれを口にする事で、友への返事とした。
「ならば地位や権力で無理矢理召し上げる事はしないと誓ってくださいね。
王位継承で混乱が出ますし、何よりリーシアを苦しめるような事は父の力を使ってでも許しませんから。
……婚約者面して言う訳ではないですよ。
私はリーシアの幼馴染ですから」
二人は苦い笑みを交わして和解した。
片方は言葉通り正々堂々と少女の心を得ようと決心した。
最近また熱を出して寮で寝込んでいると聞いていた。
親友の言葉を後押しに、歓迎されない方法でも再度挑戦して話をしようと心が決まった。
体調も気になるし、病みあがりの見舞なら逃げられない。
しかしもう片方は、恋愛で片付く問題ではないと覚悟を固めつつあった。
恋敵よりも多くの情報を入手しており、少女の抱える苦しみが何か、形が見えてきていた。
「それで、一体何をなさるつもりで?」
「恋敵に手札を見せろと?」
「搦め手に気付く子ではないですからね。
納得出来る公正な方法か、恋敵の視線での確認が必要でしょう?」
一人の女をかけた男同士の戦いが始まった、と言う熱い終わり方の出来る二人ではない。
エイゼンなら誉められない手段を取らないとルクレイスは信頼しているが、逆は成り立たない。
ルクレイスは必要と判断すれば犠牲を飲み込めると、エイゼンは知っている。
エイゼンにとって、リーシアは守りたい幼馴染の愛しい少女だ。
しかし客観的に考えて、リーシアにルクレイスがそこまで欲しがる理由がなく、むしろ悪条件だ。
学園での奇行があり、病弱でもある。
礼儀も勉学も文句ないが、王子様の伴侶として迎えるには突出していないし、継承権の放棄を踏まえると家柄がしっかりしすぎている。
だからこそエイゼンは警戒した。
恋情だけならルクレイスは誠実に動くだろう。
しかしエイゼンの知らない何かの利害があるなら、ルクレイスは際どい手段をとる可能性もある。