後悔 2 エイゼン
エイゼンは心の整理がつけられないまま、勉強にも集中出来ないでいた。
そんな時に父親からの呼び出しがあった。
学園は王都にあるので、家族が城勤めなら会いやすい立地だ。
意識が散漫になっているといえ、特に何か問題を起こした訳でもなく、激しく学習に阻害を出した訳でもない。
しかし明確な理由もなく呼び出すような父でもない。
訝しみながらもエイゼンに理由を深く探るような気力はなかった。
何の気構えもないまま申請を出して王都にある屋敷へ帰った。
宰相でもあるエイゼンの父は厳格な人だった。
他人にも自分にも厳しく、成果の無い努力を嫌う。
結果を残せる努力の仕方を考えろと堂々と言う人間だ。
その厳しさは家族にも向けられる。
人払いがされエイゼンは父と二人きり、いつもなら緊張で身が引き締まり冴えた頭で向かい合う。
しかしエイゼンは鬱々として、気だるい気持ちで父の前に立った。
ぴくりと、わずかに眉を動かされたのに気付いても、その意味を処理する事は出来なかった。
「リーシア嬢に何をした」
「……?」
頭が働いていない以上に全く心当たりがなく、エイゼンは反応出来なかった。
重たい溜息が聞こえ、ようやく会話に集中しなければと気付いた。
「私は何もしていません。
何かあったのですか?」
「何もしていないからか」
感情の無い呟きに失望を感じ取り、エイゼンは本当の意味で我に返った。
「ヴィジット家から不満か抗議があったのですか?」
「婚約の解消を受け入れる。
もう戻って良い」
「それでは分かりません!
俺の何が悪かったと?!」
エイゼンは思わず声を荒げた。
取り乱した様子を見せた息子に、父はしばらくしてから口を開いた。
「お前は婚約者を繋ぎ止められなかった。
それだけだ」
「意味が、分かりません」
「ヴィジット家は異能者の支援に乗り出した」
関係が分からずエイゼンは黙って続きを待った。
「リーシア嬢はカイ君と仲が良いようだな」
「それは……まさか」
「このタイミングでまた婚約解消の打診がきた。
お前が理由が分からないならもう限界だ。
分からないと言う事は改善が出来ないと言う事だ」
「……」
エイゼンからしてみれば理不尽な話だ。
自分が悪いのかも分からないのに、改善と言われて面白い訳がない。
しかももしリーシアがカイの事を好きになったのなら、エイゼンにどれだけの非があるというのか。
責められているのは、繋ぎ止められなかった事、つまりリーシアに求められなかった事だ。
息子が不思議に思うほど、昔から父はリーシアとの結婚を望んでいた。
幼い息子の望みを聞いて強引にした婚約、という形だが、父の中にそれ以上の何かが有ると息子は気づいていた。
ヴィジット家に怒りを向ける事なく、息子に諦めを向けているのが良い例だ。
父は自分と同様か、下手をすれば自分以上に解消したくないはずだ、とエイゼンは考えている。
だからこの解消を受け入れる変化の裏には、エイゼンの知らない何かがまだある。
具体策を示せぬまま嫌だと言って、聞いてくれる父で無いのは息子の自分がよく分かっていた。
出来るのは先伸ばしだけだ。
「リーシアとカイ君が親しい事は学園では有名です。
しかしそこに恋愛感情は囁かれていません」
「だろうな」
「ユレアノさんや他の生徒とも仲が良く、彼女にも恩恵があるはずです」
「お前たちの世界の話ではない。
大人の世界でどう判断されているかだ」
「それでも、まだ、解消の必要まではないと考えます」
「解消しないことで更に信頼を失うだろうな」
「……噂は父さんがどうにでもするんでしょう?
それともヴィジット家がコーラス家と敵対すると言う事ですか?」
「彼がこんなつまらん理由で敵対する訳がないだろう」
言い捨てるような父の言葉に、息子は深追いできない気配を感じ取った。
自分が関われる事でないのにしつこく食い下がれば更に機嫌を損ねる。
そうなればもう先伸ばしすら出来ないだろう。
「もう少し、時間をください。
私はずっとリーシアと一緒でした。
リーシアの本心が分かるまで、いえ、本心を確かめるまで待ってください」
エイゼンは父が黙って頷くのを見届けた後、部屋を退出した。
今までは将来リーシアと結婚するのだと、何も疑わずに信じていた。
足元が一気に崩れた気がした。