後悔 3 エイゼン
リーシアにどう確かめれば良いのか。
今までエイゼンは問題にぶつかっても前向きに、そんなに苦しむことなく打開してきた。
状況を確認し、前例をひっぱりだし、類似事例と比較し、自分の頭で考え、場合によっては他人も動かす。
しかし幼馴染みの少女の内心へどう手を伸ばせば良いのか、酷く簡単なはずだった事が、今はさっぱり分からなかった。
いつもの溜まり場で何人かで気を抜いて集まっていたが、エイゼンは何をする気にもなれず、離れて一人で考え事をしていた。
ぼんやりしていると視界に影が落ちて、ルクレイスが隣に座った。
「いつまでそうしているつもりだ」
エイゼンは心臓を捕まれたように感じた。
ルクレイスには何も話していないので、事情を知っているはずもない。
見透かしたのでなく、彼自身の強さ故に、情けない友へ苦言を呈したのだろうとエイゼンは考え直した。
「言えない事なら表に出すな。
言いたいならさっさと言え。
それでもあの宰相の息子か」
憎まれ口だが励ましも込められていると感じて、エイゼンは少しだけ気持ちが和らいだ。
苦笑を浮かべて言葉を返した。
「私は父さんのようにはなれません。
先日見放されてきたばかりです。
あの人が何を考えているか、本当に分からない」
「リーシア嬢の事は諦めたらどうだ」
エイゼンは心臓が止まるかと思った。
ルクレイスの言葉は事情を知らない者の言葉ではなかった。
「父から、何か?」
「私と宰相が話す機会などないだろうが。
お前の様子がおかしくなったのは嬢を見舞いに行った後だ。
それからこの前の呼び出し。
何も無いはずがない」
「だからって、諦めろなんて」
エイゼンは眉を寄せ、苦々しい思いでルクレイスを見た。
ルクレイスは無表情に、まっすぐにエイゼンを見ていた。
エイゼンの胸に、奇妙な、言葉にならない違和感が生れた。
「ルクレイス様?
何か隠していませんか」
エイゼンとしてはルクレイスが何か情報を知っている、もしくは気づいていると考えていた。
ルクレイスは王族としては俗っぽく、ふざけて見せても優秀だ。
皮肉じみた事ばかり言うと見せかけて正論を叩き込んでくる。
理想が高く、厳しく律し、かつ柔軟なのが彼だ。
そんな彼が感情に捕らわれかけているなど、エイゼンは思いもよらない。
ルクレイスはしばらく黙っていたが、後ろを振り返って近くで会話に興じている友人たちの方を見た。
彼らの様子をしばし眺め、ルクレイスはエイゼンの方へ向き直って姿勢を崩した。
エイゼンは内密な話だろうと悟っていた。
「私はお前を助ける事は出来ない。
だがその理由を黙っているのは確かに卑怯だろう。
お前が諦めた方が都合が良いんだ」
声は潜められていたが、ゆったりとした体勢で、友人たちが見ても内緒話をしているようには見えない態度だった。
エイゼンも雑談をしているかのように楽な姿勢で先を促した。
「都合とはなんです」
「私の都合だ」
意味が分からずエイゼンは眉を寄せた。
ルクレイスは小さく笑った。
自嘲気味な笑みだった。
「嬢は興味深いな」
「……?」
「ヴィジット家の事を好奇心で調べていたんだが、いつの間にか嬢の事を見ていた」
ゆっくりと、言葉の羅列がエイゼンの中に浸透して、その意味が思考を奪った。
目を見開いて硬直する友人を一瞥し、ルクレイスは遠くを見た。
「嬢の行動に興味を引かれている。
近づいて見たいが、婚約者がいるというのは都合が悪い」
エイゼンは一瞬、ルクレイスが裏で何かをしたために婚約解消に動き出したのではないかと疑った。
しかしすぐに自身で否定した。
この件は特殊で、ルクレイスが王子だろうが、有能だろうが、裏で操作できるような事では無い。
何より親友が欲望のままそんな事をするはずがない。
「まあ、今はただの興味だ。
けれど婚約者の存在を面白くないとも感じている。
お前には悪いが解消になると私は嬉しいよ」
「……」
「理性をもって親友に誓うが、圧力はかけていない。
脅しでもないぞ。
エイゼンがもし、心から嬢を愛し婚約を貫きたいのなら祝福しよう。
だがもし躊躇いがあるなら、そこを開けてほしい。
私でなくとも、彼女を欲しがる人間は沢山現れるだろう」
ルクレイスは立ち上がり、エイゼンを置いて他の友人たちの方へと歩いて行った。
婚約と友人を天秤にかけなければいけない日が来るなんて思いもしなかった。
エイゼンはもう、自分がどうしたいのか分からなくなりかけていた。
ο ο ο
リーシアをどう呼び出すか、どんな話をすれば良いのか、エイゼンが答えを出す前にそれは起こった。
リーシアの、いつもの悪ぶった演技。
甘えだと思っていた時は、タイミングの良さや見事な役作りに関心さえしていた。
違うと分かった今では、それがリーシアの悲鳴のように見えた。
(あんな必死に、悪く見せて、そこまでして……)
怪我をしたかのような演技に、普段だったら本当に無事なのか心配をしただろう。
しかしこの時のエイゼンには自分と離れるための演技という考えしかなかった。
絶望する中、リーシアがカイに抱き上げられるのが見えた。
エイゼンは頭が殴られたような衝撃を受けた。
演技であの頬の赤さと恥じらいを出せるものなのか。
恥ずかしがる二人は絵に描いた恋人同士のようであり、女と男であった。
エイゼンは初めて、本当の意味でリーシアを女性だと認識した。
リーシアは異性で、性の対象なのだと。
他の男の腕の中、頬を染めるリーシアに、エイゼンは初めて女を見た。
抱き上げる男の方も、異性としてリーシアを意識していた。
エイゼンは初めてリーシアに恋をし、抱き上げる男に嫉妬した。
そして、去る二人の後ろ姿を見て、失恋を自覚した。




