演目 1
マロッドは廊下の角から顔を出して通る人達を伺っていた。
マロッドの隣には数人の友達が一緒に並んでいた。
廊下が十字に交差した場所で、進行方向の左右に伸びる廊下は、交差する地点まで来ないと壁が邪魔で見えなくなっている。
校舎の奥まった場所で、奥の教室に用事がない生徒が通り道にする場所ではなかった。
授業での教室の移動、空き時間、人通りの量。
いろんな点から選ばれたのが、この時この場所だった。
通る人は少なくはないが多くもない。
隠れるように周囲を見渡すマロッドを、更に隠れて見る人間も出てきた。
「本当にするのです?」
不安そうにユレアノが言った。
廊下の角で隠れるマロッドと離れた壁際で、ユレアノ、カイ、リーシアの3人が待機していた。
カチュアは離れた場所で他の友達と一緒に待機していた。
リーシアはマロッドなよ背中を見て、カチュアと視線を合わせてから、ユレアノに答えた。
「恥ずかしいですが練習の成果を出す時です」
「で、でも……」
「恥ずかしいのはユレアノじゃないだろ。
俺とリーシアだ」
「そうですけど……」
リーシアもユレアノも緊張していて、カイがつい呼び捨てたのも注意できなかった。
マロッドが大きく手を振って合図をした。
まばらにいる生徒たちが足を止めて、怪しい3つの集団を見つめてた。
リーシアはマロッドの合図を見ながら、その場に崩れたように座り込んだ。
貴族の令嬢が自分から床に尻をつけるという行動に、見ている者たちは息を飲んだり小声で罵ったりした。
リーシアは大きく息を吸い込んだ。
「きゃあっ!」
自分で座ったのを見ていた者たちにはわざとらしい悲鳴だったが、声だけなら聞いたものが慌てるような出来だった。
よく通る声だった。
ちなみにカチュアによって、この時間に周辺にいる予定の警備員や教師には周知されている。
リーシアはそれまで儚げで大人しそうな雰囲気だったのに、カイを睨み付けて歯軋りするような表情は鬼女を思い起こさせた。
リーシアはまた息を吸って、金切声でカイを罵った。
「私に暴力を振るうなんて!
どうなるか分かっておりますの?!」
「暴力だなんて!
あなたが勝手に倒れたのでは無いですか」
「口答えする気なの?!
そこの平民が邪魔をしたせいで!」
三人は練習の成果でよく響く大きな声が出ていた。
廊下の向こうまで通る声量だ。
少ない会話で時間を稼ぐため比較的ゆっくりとした話し方をしているが、抑揚のある感情的に演じている。
嘘臭いほど過剰にならないよう、作りすぎないように。
リーシアは横目でマロッドの方を伺った。
マロッドたちは廊下を塞ぐ壁になるように広がっている。
もちろん通りたいと思う人が入ればすり抜けられる広がりかたで、こんな何か始まった廊下を迂回せずすり抜けたい人間はそういない。
リーシアは友達の一人の後ろにエイゼンを見て、すぐに視線を戻した。
マロッドの位置で付き合ってくれている友達たちは、今から『何が起きているのか』をさも知らない振りで話始めるのだ。
そしてリーシアたちは演技を続けなければいけない。
「僕は、ユレアノ様が危ないと思って……
決して傷つけようだなんて!」
「あなたに発言する権利なんてありませんわ。
床に頭を擦り付けて謝罪なさい!」
「そんな……」
「何をおっしゃるの?
私を突き飛ばそうとしたリーシア様の自業自得ではありませんか」
「うるさい、うるさいですわ!」
カイは怯えた小動物のように肩を縮め、それでもユレアノの前に盾のように立っていた。
ボロが出ないように俯いているのだが、正面切って貴族に逆らえない気弱な平民の演出に利用していた。
カイの後ろに立つユレアノは苦しそうに、悲しそうにリーシアを見つめた。
性根の歪んだ傲慢な令嬢を憐れむ眼差し、優しき聖女に見合うものだったが、この後のシナリオを想像することで作り出している表情だった。
ユレアノが受け入れがたい事をする予定であり、とても悔しく思っていた。
そしてリーシアはただ演技に必死だった。
罵るのは好きではない。
こんな感情も抱いたことはない。
けれど自分と違う誰かになりきって、演じる事に集中できるこの時間が好きでもあった。
見せ場はこれからだ。