第1話 一人目・結城凛
「ずっと前から好きだった。俺と、付き合ってほしい」
茜色に染まる教室。放課後の太陽は眩しさを手放し、燃えるような赤い姿を見せつけていた。
開いた窓から風がそよぎ、彼女の長い黒髪を揺らす。
「……本気、なの? 私たち、ただの幼馴染だって、前は……」
「ごめん。照れくさかったんだ。自分に素直になれなかった。でも、もう誤魔化さない。俺はお前が好きだ。生まれた時からずっと隣にいたお前が、俺にとっては一番大切なんだ。これからもずっと……」
彼女は俺のことを見つめ返し、俺も決して目を逸らさない。
「ずっと、そばにいてほしい」
顔が熱い。だけど、きっとこの夕日のせいでバレないはずだ。
彼女は一瞬俯いたが、すぐに顔を上げた。心なしか、その瞳が潤んでいるように見える。
一秒が永遠に感じる。
答えが聞きたい。でも聞きたくない。
ドクンドクンと、自分の心臓がうるさいほどに跳ねている。
耐えきれず、俺が一瞬目を閉じたその時。
トン、と。
胸に柔らかいものが当たった。
そっと目を開けると、すぐ目の前に黒髪がある。鼻先をくすぐる、甘いシャンプーの香り。
「私、絶対にもう君を手放さないよ? 覚悟はいいんだよね?」
「ああ、俺も絶対に離さない……!」
そうして見つめあったあと、俺たちはどちらともなく瞼を閉じて——。
◇
「くぅううううう! やっぱ幼馴染最高だろ!」
俺は読み終えたばかりのラノベをパタンと閉じ、両手の拳を突き上げて歓喜の声を上げた。
「……先輩。図書室で大声を出すと皆さんの迷惑になりますよ」
「今は俺とお前しかいないからいいだろ」
ここは桜ヶ丘学園の図書室。幼稚園から大学までのエスカレーター校であるこの学園で、俺、朝倉悠真は高等部の二年生をやっている。
夏休み後の期末試験が終わったばかりの近頃、俺は読書を満喫していた。
ジト目でツッコミを入れてきたこいつは、一年後輩の夕凪栞。肩までかかる髪にメガネという出で立ちで、はっきり言って顔は可愛い。だが、残念ながら俺の恋愛対象外だ。なぜなら——。
「先輩は本当に『幼馴染』が好きですよねぇ」
「おう! 俺の夢は幼馴染と結婚することだからな!」
栞は胸を張る俺を見て、心底呆れたように深々とため息をついた。
「先輩、知ってますか?」
「何を?」
「幼馴染と結婚する割合って、たったの『1%』らしいですよ」
俺は栞の顔をまじまじと見つめた。
「……マジ?」
「マジです。この前SNSで流れてきました」
ぬおおおおおお!!
その情報を聞いた瞬間、俺の中の歯車がカチリと音を立てて回り始めた気がした。
1%?
たったの?
50%くらいあるものだとばかり思って油断していた。世の中の夫婦の半分は幼馴染同士だと思っていたのに、そうじゃないなんて。
そんなに確率が低いなら、こんなところでラノベを読んでのんびりしている場合じゃない!
今にも幼馴染たちが誰かに告白されて、付き合い始めているかもしれない!
俺はNTRが苦手だから、そうなったら手が出せなくなってしまう! 俺がされたら嫌なことをするわけにもいかない。
夢を実現するために、どうすべきか。
俺の脳内スーパーコンピュータが弾き出した答え。それは……
「そうだ! こうしちゃいられない!」
俺はカバンの中に読み終わったラノベを雑に放り込み、勢いよく立ち上がる。
「栞、また明日な!」
「せ、先輩!? どうしたんですか、急に……」
俺は栞の言葉を聞かずに図書室を飛び出し、猛ダッシュで階段を駆け降りた。
この時間ならまだあいつは学校にいるはずだ。部活帰りを狙って校門で待ち伏せすれば……!
——いた!
校門の近く。肩まで伸びる黒髪を揺らして歩いている少女の背中を見つける。
「おーい! 凛!」
俺の呼ぶ声に、少女が振り返った。
「悠真じゃない。——今帰り?」
「ああ。久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
「久しぶりって、朝は毎日一緒に登校してるじゃない」
「そうだけど、最近一緒に帰ってないなと思ってさ。いやか?」
「……い、いやじゃないけど。何か企んだりしてないよね?」
「そ、そんなことするはずないだろっ」
結城凛。隣の家に住む三姉妹の次女であり、俺にとっては幼稚園に入る前からの付き合いになる生粋の幼馴染だ。言い換えるならば幼馴染オブ幼馴染だ。
凛は昔から、怒ると左の眉だけ少し上がる。本人は気づいていないらしいが、俺にはすぐわかる。
それから、嘘をつく時は必ず髪の先を指で巻く。三姉妹の中で一番しっかり者ぶっているくせに、そういうところだけは小さい頃から変わっていない。
「なに、じろじろ見て」
「いや、凛って変わらないなと思って」
「……それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。たぶん」
「たぶんってなに」
ほら、左の眉が上がった。
それから、最近見た動画のことや、他愛のない学校の話をしながら凛と並んで歩く。
傾いた西日のせいで、自分たちの身長よりも長く伸びた影が前を歩いていた。その二つの影がすっと重なり、俺は少しだけドキッとしてしまう。
俺はやっぱりこいつのこと——
幼馴染と結婚。
そんな俺の妄想に出てくる幼馴染はいつも凛だった。
「ねぇ、悠真。この公園……」
通りかかった小さな公園。元気に遊んでいた子どもたちが、迎えに来た親と手を繋いで帰っていくところだった。
「ああ。小さい頃、ここでよく遊んだよな」
「ちょっと遊んでいく?」
「いいな。かくれんぼか? でも凛はすぐ泣くからなぁ。『ゆうまぁ、どこぉーー』って」
「まだ覚えてたの? バカ!」
「忘れるわけないだろ。大事な思い出なんだから」
幼馴染たちと遊んだこの公園にはいろいろな思い出が詰まってる。凛とは違うあの子との思い出も。あの子は小学校の入学前に引っ越してしまったけど。
凛は少し俯きながら、ブランコの方へと歩いていった。夕日の逆光になって、今は彼女の表情はよくわからない。俺はその後ろを静かについていく。
「お互い、大きくなったよね」
「そうだな……」
……これ、もしかしてすごくいい雰囲気じゃないか?
ここで告白しても、いけるんじゃないか?
いつも、また今度、また今度って思ってた。
だけど、幼馴染と結ばれる可能性がそんなに低いと知ってしまった今、躊躇している余裕は俺にはなかった。
「な、なぁ」
「なぁに?」
凛はブランコの横に立ち、鎖を握って遊ぶように揺らしていた。
「ずっと前から好きだった。俺と、付き合ってくれ!」
告白なんて初めてだった俺は、つい先ほどまで読んでいたラノベと同じセリフを言ってしまった。
振り返った凛は目を丸くして、夕日にも負けないくらい顔を真っ赤に染め上げた。
「へっ!? な、なに急に……っ!」
「ず、ずっと言おうと思ってたんだ。俺たち、もう高校二年生だし……進路で離れ離れになるかもしれないだろ? ずっと隣にいてくれた凛には、これからも俺の隣にいて欲しいんだ」
俺は凛の目から視線を逸らさず、じっと見つめ続けた。
彼女の瞳が、大きく揺れている。
これはOKなのか?
OKだよな、凛!
凛がブランコの鎖を離し、ゆらゆらと揺れ、影がそれを追いかける。
そして、彼女は小さく唇を震わせた。
ドクンドクンと、自分の心臓がうるさいほどに跳ねている。
耐えきれず、俺が一瞬目を閉じたその時——
⭐︎⭐︎第2話に続く⭐︎⭐︎




