帝城の呼び出し 2
「レティシア クライスラーでございます。お呼びと伺い参上いたしましてございます」
案内されたのは、帝城の皇帝の私室。
帝城に着いたレティシアは仕事に向かう父、皇太子に会う弟と別れてここに案内されて来た。
……ここには、皇帝の身内か相当親しい者しか入る事はない。
レティシアは緊張しつつ、カーテシーをした。
「そのように堅苦しくなくて良い。お前は私の大切な『姪』なのだから」
伯父である皇帝は優しく笑って言った。
……いやいや、私は騙されませんよ? この前の茶会だって、なんだかんだ言ってリオネル様への圧迫面接だったし!
それに『無礼講だー』なんて言われて調子に乗ってハメをはずしてやらかした、などという話も前世でよく聞いた話だ。
特に相手は伯父とはいえ『皇帝』。親しき仲にも礼儀あり、よ! ……まだ親しくもないしね……。
そう考えながら、レティシアは控えめに微笑んだ。
そんなレティシアを皇帝はジッと見つめた。皇帝はレティシアから妹ヴァイオレットの面影を探しているのだ。
そして座るように指示され、皇帝が座るのを見届けてから恐る恐る座った。
「……やはり、こうして見ると顔もヴァイオレットによく似ている。姿形も驚く程似ているが……。お前たち親子は王国の王都で暮らしていたと聞いたが、2人の姿は帝国人そのもの。周りから何か言われたり暮らしにくかったりした事はなかったのか」
皇帝は心配でそう聞いた。
……王都の街で? レティシアは思い返してみるが、あの街で何かを言われたり嫌な思いをしたりした事はない。
「……特にありませんでした。周りの方は皆良い方ばかりで……。それに今思えば周りの方も帝国の流れを汲む方が多かったですね。帝国人街とでもいうんでしょうか。だから特に目立っていたという事もなかったと思います」
「帝国人の移住者の多い街だった、という事か。……そうか、それでヴァイオレットはその街に住みついたのかもしれんな。しかし帝国人ばかりの街ならば、尚更その皇族の瞳の事を知っている者もいそうなものだが……」
「……瞳? ですか。でも私はあの卒業パーティーの時までその言葉を聞いた事もありませんでした。勿論、母とその街で暮らしていた時もです」
ああその瞳は〜、なんて事は一切なかったのよね。あの頃は母の職場もあの街の中だったし自分もまだ子供で街から出る事もそうなかったけれど。
「周りの者は、敢えて全くその事に触れなかった、という事かもしれんな……。詳しく調べてみないとなんともいえないが、お前の周りに住んでいた者達は知っていてお前たちを守っていてくれた、とも考えられる。『ヴォールのアメジスト』の事はともかく、皇族の瞳は紫という話はある程度知られた話だ。今まで全くそれを言われなかったというのは反対に不自然でもある」
レティシアは当時の近所の人たちを思い出す。皆、気の良い世話好きな人たちばかりで小さい頃から随分とお世話になった。
「あの……そういえばあの街で私達がすごくお世話になった女性がいるんです。いつも私達の相談に乗ってくれたり母のお葬式などでも凄く親身になって動いてくださって……」
『母のお葬式』
皇帝は自分の大切な妹の『葬式』という言葉に、沈痛な表情になった。
「陛下。……すみません……。このようなお話はしない方がいいですね」
「……いや。大切な事だ。聞かせてくれ。その、お世話になった女性とは?」
気丈に振る舞おうとしている皇帝にレティシアも胸が痛んだが、とりあえず話を続けた。
「その女性と母が仲良くなったきっかけというのが、母の……『靴バーン』なんです。だから私、初めどうしてもその母が皇女だったなんて信じられなくて……」
尚も話を続けようとするレティシアを皇帝が止めた。
「レティシア。……待ちなさい。……その、『靴バン』? というのは?」
皇帝は困惑しながら聞いた。
そして、レティシアははっと気付く。確かにこれでは伝わらない。
「……あの。王国では夏になると……害虫が出るのです。帝国ではあまり出ないらしく、大概の帝国出身の方は特に嫌がるのだとこちらに来てから聞いたのですが……」
「……害虫?」
なんの話かと「?」の表情をしている皇帝にレティシアは言った。
「母は、皆が嫌がる害虫を一撃で仕留める名人だったのです。あの一見上品そうな容姿で、素早く靴を脱いで容赦なく仕留めていました。それが、何やら向こうの人々の心を射止めたようで……」
そこまで話していると、皇帝は衝撃を受けた顔をして思わずといった様子で俯いた。……そして震え出す。
「……え? あの、皇帝陛下!? 大丈夫ですか? ご気分がお悪いのですか……? ……大変っ!」
レティシアは驚き、誰か人を呼ぼうと立ち上がろうとしたが……。
「……くっ! くははははは……!!」
皇帝は、腹を抱えて笑い出した。
……え???
レティシアが目をぱちくりとさせていると、少しして笑いが落ち着いて来た皇帝が言った。
「……ヴァイオレットは昔と変わっておらなかったのだな。それでこそ、私の妹ヴァイオレットだ」
レティシアはその言葉をただ驚きで聞いていた。
……え? 皇帝陛下はいったい何を仰っているの?
「え? 私はだから母は皇女様ではないのではないかと……」
「いや、間違いないだろう。そんな事が出来るのはむしろヴァイオレットしか居ない」
――そして私は伯父である皇帝から、母の若かりし日の伝説? の数々を教えてもらったのだ。
幼い頃から虫が平気でイタズラ好きな、お転婆な皇女の話を――。
「……本当、なのですか……。どうして皇女様が子供の頃から虫が平気だったのですか!? というか、それでお兄様達にイタズラするとか大丈夫なんですか!!」
破天荒過ぎるでしょう、お母様!
「虫が平気なのは、あの子が小さな頃に保養地に行ってからだな。皇妃である母が体調を崩し半年程2人は保養地で暮らした。その時にあちらの子供達と自然豊かな場所で思い切り遊んでいたようで……。そこから帰ってからだ、あちこちに容赦なく悪戯を仕掛けてくるようになったのは」
何やら遠い目をする皇帝を見て、おそらく懐かしいが余り楽しいばかりでない思い出なのがよく分かる。
「……陛下! 本当に申し訳ございませんっ! 母はなんという事を……!」
レティシアは居た堪れなくてつい謝ってしまう。
……お母様! 本当に何やってるんですか――!
「ふふ。レティシア。お前の母は私の妹でもあるのだから謝らずともよい。そしてそれらは悪い事ばかりではなかった。……私と兄が仲良くなれたのは、アレの悪戯のお陰なのだから」
……皇帝の、兄? 前皇帝よね? 帝国全土を巻き込んだ帝位争いの相手なのよね? 仲が良かった?
「?」という顔をしたレティシアを見て、皇帝は苦笑しながら言った。
「……幼い頃それまでは話した事もない兄だった。それが幼いヴァイオレットに悪戯をされて叱るに叱れず私に相談に来られたのだ。それから私達は妹の悪戯への対抗策を練ったり情報を共有したりしてね。……いつの間にか仲良くなっていた」
――え。それは、まさかお母様が兄達を仲良くする為に……? の訳がないわよね……?
「周りの大人達が争う中、私達兄弟は仲が良かったのだよ。そしてそこにはいつもヴァイオレットがいた。私達は3人でバランスが取れて……、いや、違うな」
そこまで言って皇帝はレティシアをジッと見た。
「ヴァイオレットこそが、私達兄弟のバランスをとってくれていた。彼女が、この帝国のバランスをとっていたのだ。
――レティシア」
皇帝が、伯父ではなく1人の為政者の目でレティシアをしっかりと見た。
「二代前の偉大なる女帝マリアンヌ陛下は、お前の母ヴァイオレット皇女を大変気に入られていた。……当時私はただ1人の孫娘であり『ヴォールのアメジスト』を持つ彼女を気に入っているのだと思っていたが……」
皇帝のその真剣な目にレティシアはゴクリと唾を飲む。
「マリアンヌ陛下は、彼女の真価を見抜いておられたのだ。これは公には出来ぬ事だが、あの時マリアンヌ陛下は次の皇帝に……ヴァイオレットを指名されていた」
「――ッ!?」
「もしもあの当時、そのお言葉の通りにしていれば、あのような争いは起こらなかっただろう。……これは、当時の大臣達に握り潰されたのだ。今となってはどうにもならぬ事だが、世が世ならお前は皇帝の子であった」
レティシアは、頭がクラクラとして手の先が震えていた。
……あの、お母様が次の皇帝に指名されていた!?
お読みいただき、ありがとうございます!
遅くなりましたが、誤字報告も感謝しております。
前回のお茶会の事もあり大分警戒していたレティシアでしたが、今回は一応伯父と姪として会いたくての呼び出しでした。
レティシアの顔立ちは父親に似ているのですが、母の兄から見ればこちらにも似ている、と感じたようです。




