帝城への呼び出し 3
レティシアはなんとか気持ちを落ち着けて言った。
「……いえでも、それでは母は私の父と会えていませんもの。もしそうなっていたのなら私はおりませんわ」
レティシアは余りの話に驚きなにやら心臓がドクドクと鳴っていた。が、もしもそんな事態になっていたのならここに居たのはおそらく自分ではないと思う。
「もしもを言っても仕方がない、か……。しかしレティシア、覚えておきなさい。お前は間違いなく次代の皇帝にと指名された者の娘であると。だからこそ、今はこの帝国を離れようとも、次の世代こそ帝国に戻るとそう約束して欲しい」
「……だから、あの時の茶会での次代の子供のお話だったのですね。
リオネル様が仰ったように子供本人の気持ち次第だとは思いますが……、宜しいのですか? 後から彼と話をして思いましたが、あのお話は余りにもランゴーニュ王国に……私達に都合の良い話ではありませんか? だいたい誰もが憧れる帝国と縁を結ばせていただけるなど」
レティシアの言葉に皇帝は思わず笑った。
「ふ……。『だいたい誰も』が、か……。そうだな、レティシア。お前はその『だいたい』に入っていないのだな。
そしてレティシアの血を引く子を欲しているのはこちらなのだ。お前に有利になるのは当然のこと」
皇帝はそう言った後、少し悲しげに笑った。
「……そしておそらくは我が妹ヴァイオレットも皇位に魅力など感じなかったのやもしれないが……。
マリアンヌ陛下に指名されていない、兄と私が皇帝となった。それなのに皇帝に指名されその地位に就くべきヴァイオレットは……。本当はお前を皇太子とすべきなのかもしれない。しかし……」
「……それは、絶対ダメですわ! 皇帝とは……一つの国の長たる者は、血筋だけで選ぶものではないですもの。……国を背負い守っていく、その覚悟がある者がなるべきです。……残念ながら私にはそれがありませんわ。そして……」
レティシアは、自分の言葉に聞き入ってくれる皇帝のまだどこか悲しげな目をジッと見た。
「……やはり母もそうだと思います。
当時の事は分かりませんが、私の知る母は王都の街で1人の母親として生き生きと暮らしていました。毎日の仕事、今日のご飯、休日の過ごし方、周りの人達との関わり……。私達は不幸だなんて思っていなかったし、貴族になりたいとも思いませんでした」
皇帝はジッとその話を、レティシアの目を見ながら聞いていた。愛しい妹と同じその深い紫の瞳を……。
「……生意気を言って申し訳ございません。けれど、母は皇帝になる事を望んでいたのではないと、そう申し上げたかったのです。母はいつも、周りが笑顔でいる事を望んでいるような人でしたから」
「周りを笑顔に……。……そうだな。ヴァイオレットはそういう娘であった。いつも私や兄上を、困らせては最後には笑顔にしてくれた……」
…… 普通は思い出って美化されていくものよね? それなのに『困らせ』られた事を真っ先に思い出すなんて……。お母様、どれだけ伯父様方に酷い悪戯をして困らせていたのですか……。
ちょっとしんみりとしかけていたレティシアだったが、母の度の過ぎた悪戯具合が想像出来てしまい頭の痛い思いになった。
それでも伯父である皇帝は和やかな顔をされていたので、まあいいかと思い直す。
「ですから、陛下は……伯父様、は……。どうかこのままこの帝国をお導きください。母もきっとそれを望んでいると思います」
レティシアは、皇帝陛下を思い切って『伯父』と呼んでみた。ドキドキしながら皇帝を見ると、嬉しそうに微笑まれた。
皇帝は、……伯父は妹の許しを得たかったのだと、そう、レティシアは思った。兄妹が離れ離れになって20年、ずっとこの皇帝は妹の許しを求めていたのだ、と。
当時がどんな状況だったのかは分からないが、妹を守る事が出来なかった自分をずっと責めていたのかもしれない。
仲の良かった兄妹。……身体も心も離れてしまって謝る事も出来なかった。
兄は妹を探し出し、会って許しを請いたかったのだ。
……だから、私がこの伯父を許そう。この伯父に許しを与える事が出来るのは、今この世の中でおそらくは私だけなのだ。
「……伯父様。母は誰の事も恨んではいませんでした。みんなの笑顔が好きな人だったので、伯父様も母の事を考える時は笑顔でいてあげてください。そして伯父様が治めるこのヴォール帝国で、皆が笑って暮らせるようになりますように」
レティシアは母の気持ちになって言ってみた。そして自分を凝視している伯父に微笑んだ。
レティシアがふわりと微笑めば、その深い紫の瞳……ヴォールのアメジストが輝いた。……伯父皇帝はそのレティシアを眩しそうに見つめた。
「ふ……。娘が出来てはしゃぎ喜ぶエドモンドを横目で見てきたが……。あやつの気持ちがよく分かる。可愛い姪に『伯父様』と呼ばれれば、大概の願いは叶えてやりたくなるな。息子とはまた違う可愛さだな」
そう言って喜ばれたのでレティシアはホッとする。
そうして伯父である皇帝は、スッと為政者の顔になった。
「レティシア。お前はランゴーニュ王国に嫁ぎ王妃として愛する夫と共に王国を繁栄させよ。私はこのヴォール帝国を更に素晴らしき国とし、お前の後ろ盾となろう。そして皇太子アルフォンスにそれを引き継ぎ、その次代にはお互いの子を娶せる事とする。レティシア、お前の子が共に我がヴォール帝国を愛せるようによく導くように」
伯父は皇帝としてレティシアに命じた。
……しかしその内容はどう考えてもレティシアの為のもの。レティシアの後ろ盾となり彼女の力となるべきもの。そして、まだ存在していない子供の未来までを約束されたのだ。
「伯父様。……皇帝陛下。有り難く、お話を承ります」
ヴォール帝国皇帝とその姪であるレティシアは、それからもレティシアの帝国滞在期間中何度も交流を持ち続けた。
そして初めは少し硬さの残った関係であったものが、レティシアとジークベルト皇帝はどんどん打ち解けていった。
約20年心を閉ざしていた皇帝は、大切な妹の子が現れた事で心を開く事が出来たのだった。
◇ ◇ ◇
「! お父様! 迎えに来てくださったのですか」
多忙な皇帝との話が終わり、レティシアが女官と廊下を歩いていると前から父クライスラー公爵がやって来た。
「ああ。そろそろ終わる頃だろうと思ってね。こちらもちょうど一つ仕事が終わったところなのだ。……私が案内しよう」
そう言って女官を下がらせ、レティシアは父に連れられ歩き出した。そして通りかかった城内の主だった場所を解説付きで案内してもらいながら到着したのは一つの品の良い執務室だった。
「お父様。ここは?」
「ここは私に与えられた帝城での仕事部屋だ。後でステファンも来ることになっているからそれまでここで話をしよう」
「……広いですね。横にももう一つお部屋があるのですか?」
「ああ。私の仮眠室だよ」
落ち着いた濃い茶色基調のその部屋は、沢山の本が並んだ書棚にこの部屋の主人用の大きな机、手前にはソファーセットがあった。そこで来客者の対応をするのだろう。そして隣の仮眠室でお泊まりする事も出来るらしい。
クライスラー公爵はお茶の準備をさせ他の者を下がらせ、ソファーセットに2人で座り向かい合った。
「お父様は毎日ここでお仕事をされているのですね。なんだかワクワクします」
キラキラとした目で周りを見るレティシアに、公爵は微笑んだ。
「それは良かった。……レティシア。皇帝との話はいかがであった?」
公爵はおそらく心配でわざわざ迎えに来てくれたのだろう。
レティシアはそれを感じて嬉しくて微笑んだ。
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