皇帝との邂逅 2
今回、途中から皇帝視線の話になります。
すでに帝城には皇帝の誕生祝いの夜会の為にたくさんの貴族たちが来ていた。
クライスラー公爵家の馬車であると一目で分かる家紋の付いた豪華な馬車から降りてくる貴人に、人々は最初から注目した。
まず、降りてきたのはエドモンド クライスラー公爵。黄金の髪に薄紫の瞳。皇族の縁戚とすぐに分かるその姿、若い頃から美青年と言われ今も変わらぬ美丈夫ぶりに女性達は頬を染め、ほうとため息をつく。
次に顔を見せたのは、まだ10代前半の少年。彼も黄金の髪に薄紫の瞳を持ち、どことなく前にいるクライスラー公爵と似た美少年。周りの貴族達は、この少年が公爵の妹から養子に迎えた跡継ぎかと凝視した。そして歳の近い娘がいる者は是非縁を繋ぎたいと考えた。
……そしてその次に見えたのは、公爵に下から手を差し出されその手に乗せた細い腕。冷酷と有名な公爵に優しい瞳で見つめられ、令嬢はその姿を現した。
――その瞬間。
周囲の貴族達は時が止まったかのように動けなくなった。
ある程度の年齢の者は、懐かしい麗しの人物に似たその令嬢から目が離せなかった。
そしてその人物を直接見た事がない世代の者も、当然貴族教育の中で見た事のある絵姿からもしやと瞠目する。
それは、金の髪の美しい少女。その身には白銀と薄紫を混ぜたような煌めく美しいドレスを纏い、そしてその瞳は……。
「『ヴォールのアメジスト』……」
……誰かが、そう小さく呟いた。
その静まった貴族達の中、彼ら3人は帝城の奥を見た。そしてその周りの貴族達はただ黙って彼らに道をあけた。
そして真っ直ぐに皇帝の座す方に向けて人垣の道が出来たのである。
それを見たクライスラー公爵は薄く笑い、隣で自分の腕に掴まりエスコートされる愛しい娘に目を向けた。
「さあ、道も開けた事であるし、行こうか。……レティシア、ステファン」
父を見た子供たちは微笑み頷く。
「「はい。お父様」」
そうして歩き出すが貴族達の視線は相変わらずレティシアに向けられた。
「あのお方は……」
「まさか……」
そんな小さく呟くような声だけが聞こえるが、皆ほぼ黙ってレティシアを見ていた。
レティシアは今まででもこの帝国の人々は自分を見て驚くのである程度は覚悟はしていたが、このようなパーティーで流石にここまで注目されるとは思わず内心は心臓が破裂しそうなほど鳴っていた。
すると、両隣にいる父と弟はこちらに微笑みレティシアの心をほぐしてくれるのだ。……レティシアは2人がいるから大丈夫、と深呼吸して落ち着き微笑み返す。
周囲から見ても3人は、とても仲の良い家族だった。
そうして3人が宮殿の中ほどまで進んだ時、それまで鳴っていた音楽が止まり侍従が皇帝陛下の入場を告げた。
会場内の者達は一斉に頭を下げた。
勿論、クライスラー公爵家の3人もその場で頭を下げる。
レティシア達の場所からはまだよく見えないし、どちらにせよ頭を下げているのでその姿は見られないのだが、皇帝らしきお方がゆっくりと入場されたような気配がした。
そしてその人物は会場内を見渡し、いつもと違うその様子に眉を顰めた。
その皇帝の様子に目ざとく気付いた侍従が声を上げる。
「輝かしきヴォール帝国の皇帝陛下の誕生を祝う会である! そのめでたき席で、これはいったい何事か? 何故会場内に人垣の道が出来ている?」
その侍従の言葉にレティシアはドキリとする。しかし横の様子を窺うと、父も弟も全く動じていない。……ここはレティシアもそれに倣うべきだろう。そう思い、自分をなんとか落ち着ける。
「恐れながら申し上げます。……どうやらこの人垣はあれにいらっしゃるクライスラー公爵家の方々に対して行われているようでございます。……おそらくはクライスラー公爵の新たに取られた養女、そのご令嬢を一目見んと皆があのようになっているものと思われます」
得意げに皇帝にそう進言したのは、皇帝の従兄弟にあたるゼーベック侯爵。皇帝の母の実家のシュナイダー公爵家の次男が侯爵家に婿養子に入ったのだ。
三男の伯爵を含めたこのシュナイダー公爵家の一族は、現皇帝ジークベルトが不遇の時代に支え続けたという矜持がある。ジークベルト皇帝の母の実家である事に誇りを持っているのだ。そしてやっとそのジークベルト皇帝の時代がやって来た。彼らは今、この世の春を謳歌しているのだ。
彼らはそれに影を落とすような存在は許せなかった。
長子であるシュナイダー公爵本人は、今回その相手が帝位継承権を持ち侮れない存在のクライスラー公爵である事で面と向かって彼と対立するつもりはなかったのだが……。
ゼーベック侯爵は今まで弱みらしい弱みのなかったクライスラー公爵に、やっと弱点を見つけたとばかりにさらに調子づいた。
「クライスラー公爵閣下が皇帝陛下に養女の話をされてから早3ヶ月程が過ぎました。これ程時間をかけての『淑女教育』とやらに我らも非常に興味がございます。……もしやクライスラー公爵閣下はそのご令嬢を皇太子アルフォンス殿下にとお考えなのではありますまいな? ……たかだか王国の子爵家の娘などを!」
「……やめぬか」
流石にそれは失礼だろうと、シュナイダー公爵は弟である侯爵を止めた。
クライスラー公爵はまだここから少し離れたところにいる為、よく聞こえていないことを願ったのだが……。
クライスラー公爵達は一礼し前に進み出た。更に人垣が広がる。
その様子を見ていたシュナイダー公爵達は、クライスラー公爵の次の行動を少し不安に思うと共に、あの周囲の貴族達は何を大袈裟な動きをしているのだ? と思っていたが……。
クライスラー公爵一行がその姿を自分達からしっかり見れる位置まで来て、彼らは驚愕で言葉を失う。
クライスラー公爵と、その跡継ぎと思われる少年、そしてその間にいるのは……。
「……ヴァイオレット……ッ!」
そう思わず声を上げたのは、ヴォール帝国の皇帝ジークベルトだった。
◇ ◇ ◇
「……父上。会場の様子が何やらおかしいのですが……」
ヴォール帝国皇帝ジークベルト ヴォールは、自分の誕生を祝うパーティーの会場に向かう途中、皇太子であるアルフォンスからそう声をかけられた。
「……おかしい、とは? 会場内は厳重に警備もされているしここには何も騒ぎなど聞こえては来ないが?」
――あの馬鹿げた帝位争いから20年。そして自分が皇位を継いで5年。おかしな反乱の芽はすぐに摘み取れるよう制度を改めている。いきなりこの帝城に入り込み何かを起こせる者などいないだろうし、今はそのような怪しい動きの報告も受けていない。
「はい。確かに会場内は静かです。……静かすぎるのです。いつもならば貴族達の話し声などの騒めきが聞こえるはずなのですが、特に入り口付近が妙に静まっているのです」
「……なに? 祝いの余興……ではないのか。
……分かった。侍従に私の入場を早めると伝えよう」
そしてジークベルト皇帝はいつもより早く会場入りしたのだが……。
……確かにおかしい。
入場した皇族の入り口付近はいつも通りだが、その向こうの帝城の入口からの会場内は妙な雰囲気に包まれている。
何より、この『道』はなんだ? 誇り高き帝国貴族達が誰かの為に道を開けている?
眉を顰めたジークベルトを見て侍従がこれは何事かと尋ねると、ジークベルトの従兄弟であるゼーベック侯爵が進み出て言った。
コレは、クライスラー公爵が原因であると。
……クライスラー公爵? 彼がどうやってこの並居る貴族達にこれ程の畏怖を与え道を開かせる事が出来るというのか? 彼は筆頭公爵でその祖母は皇女、彼自身は帝位継承権第4位を持つとはいえ、今更そんな事で彼を崇め奉ったりはしないだろう。その帝位を継いだ頂点である皇帝が前にいるというのに。
するとゼーベック侯爵は更に、『公爵が最近迎えた養女』を我が息子である皇太子アルフォンスの妃にと考えていると言い出した。これには侯爵の兄であるシュナイダー公爵が止めていたので、この侯爵の暴走だろう。
そんな話をしていると、会場の中ほどにいたクライスラー公爵が一礼をし前に進み出て来た。
そんな彼らを間近で見た者達はまた一様に驚き彼らに道を開ける。……いったいなんだというのだ?
ほぼ前まで来て、それまで薄ら笑いを浮かべていたゼーベック侯爵達は凍り付いた。
シュナイダー公爵などは目を見開き震え出していた。
ジークベルトも不審に思いながらも前をじっくりと見た。
そこにはクライスラー公爵とおそらくその甥であり養子にとった嫡男の少年、そして……。
ジークベルトも、その者を見て思考が停止する。
……懐かしい、愛しい者。
そこにはジークベルトがこの20年一度たりとも忘れた事のなかった、愛しいたった一人の妹ヴァイオレットが居た。
お読みいただきありがとうございます。
ゼーベック侯爵は勝手な話をしましたが、相手の事をきちんと分かっていないのに暴走してしまうのは良くなかったですね……。




