皇帝との邂逅 1
「……ふわぁ……。これが、帝城……。なんて壮麗で素敵なの……」
クライスラー公爵家の家紋のついた豪華な馬車の窓から外を覗いたレティシアは思わず声をあげた。
前世でも世界のお城は映像や本で見た事はあったが、実際に間近で見るとまさに圧巻の一言だった。
「お姉様。なんですか、それ。『ふわぁ』なんてダメですよ。『帝国の淑女』たるもの、そのような物言いはしません」
横からダメ出しが入る。弟ステファンだ。
本来まだ12歳で成人していないステファンは夜会に来る事はないのだけれど、今日は皇帝陛下の誕生祝のパーティー。クライスラー公爵家の後継者として特別に参加する事になっているのだ。
「うっ……。これは、このお城の美しさへの賛辞、みたいなものよ。それに大丈夫! お城に入ったら完璧な淑女になるから。なんてったって、先生方やディアナ様からマナーはほぼ完璧だと言われているもの!」
自信たっぷりにそう言ったレティシアだったが、ステファンは残念そうな子を見るような目で見て言った。
「……普段の行いというものはどこに行っても往々にして出てしまうものですよ。それにここで驚いていては帝城の内部の荘厳さを見たら、お姉様はもっと『ふわぁふわぁ』言ってるんじゃないですかね」
「……うっ」
ステファンのなかなかの突っ込みに、レティシアはぐうの音も出なかった。
「ステファン、なかなか言うようになったわね……」
「この3ヶ月、お姉様に鍛えられましたから」
恨めしそうに見たレティシアに、ステファンはとても良い笑顔を見せた。
そしてそんな姉弟の仲の良い姿を父であるクライスラー公爵は微笑ましく見ていたのだった。
そんな父公爵の顔を、レティシアはチラリと見る。
……お父様は、いつもと変わらない。
今日、母のお身内の方を教えてくれると約束してくれた、母をずっと愛してくれていた父。行方不明になった母は別の男性と結婚しその娘を産んだというのに、その娘であるレティシアを自分の娘として愛し慈しんでくれる父。
今、クライスラー公爵である父と弟ステファン、そしてレティシアという3人は擬似的に親子として暮らし、その関係性は本物の親子程の絆がある、と思える。
レティシアは、母が実際にどんな生まれであっても母は母。そして今自分の側で愛してくれる父の事も、何があったとしても最後まで信じ抜こうと決めていた。
◇ ◇ ◇
クライスラー公爵家の馬車が帝城の馬車用の入り口の前でゆっくりと静かに止まった。
そこで、クライスラー公爵である父は真剣な顔になりレティシアに向き合って言った。
「……レティシア。今日は君の帝国での社交界デビューであると共に、君の母の身内に引き合わせる日でもある。君の身内は、まだ君の存在を知らない。
そしてレティシアのその姿は君の母を知る者達にその当時の母親を思い起こさせるだろう。……恐れなくていい。レティシアはレティシアらしい淑女として堂々としていなさい」
……お母様の、お身内に今日ここで会える。
「お父様……。お母様のお身内の方は、この帝国で無事でいらっしゃったのですね。その方が私という存在に気付かれたとして、私はご迷惑をお掛けするつもりはございません。けれど相手の方からお声かけいただけなかったとしても、どの方だったのかだけはコッソリ教えていただけますか? お顔だけ、拝見させていただければ十分ですから」
母や母の実家がどんな状況でこの帝国を追われる事になったのかは分からない。……何も分からないが、今もこの帝国で活躍されているのかもしれない身内に迷惑をかけるつもりはなかったレティシアは父にそうお願いした。
それを聞いた公爵は、少し悲しげな顔をした後優しくレティシアに微笑んだ。
「……大丈夫だ。そしてもしレティシアの母の身内が何も言わなかったとしても、レティシアが私の娘だという事は何も変わらない。ここでレティシアの身分をヴォール帝国筆頭公爵家であるクライスラー家の娘だと、そう皆に認知させ堂々と愛する者の元へ嫁げるようになる事が1番の目的なのだから」
「お父様……」
……あぁ。……やはり父は私の為に、私が愛する人と何に怯える事なく堂々と一緒にいられる為にと動いてくださっていたのだ。
王国の元平民の子爵家の娘。そして亡命した帝国貴族を母に持つ娘というだけでは一国の国王の王妃としてはやっていけない。最悪、元帝国貴族という事で余計に帝国からの横槍が入る恐れもある。
帝国の公爵家の養女となっただけでも立場は万全なのかもしれないが、父は自分に降りかかる全ての憂いを取り去ろうとしてくれているのだ。
「お父様。……ありがとうございます。私は今日何があろうとも貴方の娘である事に誇りを持ち、施していただいた教育の成果を出して見せます。母のお身内の事は、今は忘れます。私が今大切なのは王国で私を育ててくれたコベール子爵家と、このクライスラー公爵家の家族なのですから」
……今日は父がお膳立てしてくれた、公爵家の娘としての初披露目の日。今は母の事はいったん忘れやり切る事が大事だと思う。お身内には、また帝国にいる残された時間のうちに会おうと思えば会えるだろう。
それにレティシアは今の自分が大事にしなければならないものの優先順位を間違えてはいけない、と思った。今自分が大切なもの、それは今まで育ててくれたコベール子爵家と、今自分を支えてくれている父や慕ってくれる弟。この今の自分の大切な家族を最優先に考えなければ。
……そして今は、自分のヴォール帝国の社交界デビューの事に集中する!
「お姉様。……大丈夫だよ。僕も付いているからね」
弟ステファンの心強い言葉に父とレティシアは笑顔になり、それから3人で頷き笑い合う。
「……さあ。出陣だな」
――私達親子3人はゆっくりと馬車の外に出た。そして帝国の王侯貴族達が集う帝城に向かった。
◇ ◇ ◇
「……? なんだ? 向こうが妙に静かになったな。どうなっている?」
偉大なるヴォール帝国皇帝の誕生祝の夜会。
その盛大な夜会にて皇帝の従兄弟でもあるシュナイダー公爵はもうすぐ現れるはずの皇帝に挨拶をする為、会場の奥の皇族の為の入り口付近で他の貴族達と歓談していた。
今日の彼らは筆頭公爵家クライスラー家で新たに養女となった令嬢が初めて夜会に出席するらしいという話題で持ちきりだった。
「3ヶ月以上も人目から隠し続けた娘、ねぇ……。ここまで思わせぶりな事をされては、これはもう誰もが驚くような絶世の美女でもないと、皆に呆れられてしまいますぞ。とんだ肩透かしを喰らわせられたとな!」
「……それを、よりにもよって我らが皇帝陛下の誕生を祝う夜会で初披露させるとは! 大した自信としかいいようがありませんな」
などと彼らは言いたい放題で盛り上がっていたのだが、不意に会場の入り口付近から起こったさざなみのような騒めきとその後の静かさに気付き不快感を覚えた。
「我らが皇帝陛下の祝いの夜会でいったい何がおこっているのか……」
「……もしや、例の『絶世の美女』が現れたのでは? ククッ……、コレは見ものですぞ」
彼らはいやらしく笑い、入り口の方を見た。
……その向こうからはゆっくりと人垣で出来た道を歩いてくる、3人の姿が見えた。
お読みいただき、ありがとうございます!




