恋の行く末 2
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「ねぇ、ハンナ。申し訳ないのだけれど、この手紙を密かに届けてもらう事は出来るかしら?」
フランドル公爵家の話を聞いた夜。レティシアは手紙を書いた。
そしてそれをハンナに届けてもらえるようにお願いする。
ハンナはそれを、本来の主人であるクライスラー公爵への手紙かと思い喜んで受け取ったが……。その宛先を見て表情を消した。
「レティシア様。……いったいコレは……」
おそらく渋られるだろうことはレティシアにも分かっていた。
「お願い、ハンナ。他にこんな事頼めるのも出来そうな人も居なくて……。彼女がコレを受け取らないというのなら処分してもらっていいわ。でも……。今、彼女はとても追い込まれていると思うの。それはある意味自業自得だしどうしようもないとは思う。でもそのままそんな思い詰めた状況でただ不幸に飲み込まれてしまうなんて……。
誰でも、苦しい時悲しい時には助けが欲しいもの。……何か少しでも突破口があれば、自分の力でそれを乗り越えられると思うの。だから……!」
ハンナは目を見開いた。元平民として暮らしていたというレティシア嬢。彼女は自分の知っている貴族令嬢とは随分と違う。彼らは高慢で、自分達侍女や護衛をまるで虫ケラのように扱う。……元平民だから、こんな考えになるのだろうか……?
――それにもしも。
あの時の自分にも助けがあったなら。叔父に爵位を奪われたあの時、こんな風に親身になってくれる人がいたのなら――。
ハンナは目を閉じ、そして頷いた。
◇ ◇ ◇
「支度は進んでいるのかい? 兄上達も落胆の余りに私の言うことにもお答えしていただけない。今回の事はお前にも責任はあるのだから、しっかりと両親を支えてやりなさい。領地の離れが兄上やお前の屋敷になる。おそらく社交界に出る事ももう無いから豪華なドレスや物は荷物になるだけだから置いて行きなさい。……後で、兄上達にもお前からそう話をしてやってくれ」
元王宮の官吏で爵位もなかったお父様の1番下の弟。
あの貧乏くさかった叔父が、新たな『フランドル公爵』となった。他の弟達は爵位を持ちフランドル公爵派として今回の事に関わっていた事から後継からは外されたのだ。……そしてフランドル公爵家嫡男である弟はまだ余りにも幼かった。
……新たなフランドル公爵家は領地を随分と減らし、王家や他の貴族達の信頼も失ったマイナスからのスタートとなるだろう。
ローズマリーはこちらに気を遣いながら部屋を出ていく叔父の後ろ姿を感情を伴わない表情でじっと見ていた。
……もう、涙も尽きた。あの卒業パーティーから全てがまるで砂が手からこぼれ落ちるようだった。何もかも、なくなった。
このフランドル公爵家も、……愛するアベルも。身分も未来も無くなった。そして、あの『攻略本』の内容も。あのパーティーより先は、めでたしめでたしで終わっている。バッドエンドのその後の内容なんて胸糞悪くて覚えていない。
どうしてこうなったかだなんて、幾らなんでももう分かっている。……分からざるを得なかった。
……そう、『予言』だ。ローズマリーが予言を出す事で、内容が狂ってきたのだ。『攻略本』で先が分かるからと、調子に乗って『予言』を出し続けたから。
『こうなる』と言われれば、人は誰しもそれが悪い内容ならば回避しようと考えるだろう。私は『予言』を出す事でどんどん内容を書き換えてしまったのだ。
特に『リオネル殿下』。彼は幼い頃からその罪を責められ続けた事で、辛く哀しい思いをした。そしてそうなるまいと努力した。今の彼はゲームでの彼とは全く違う。……それにもっと早くに気付くべきだった。
私が幸せを……アベル王子との未来を掴めた最後のチャンスは、国王陛下よりリオネル殿下との婚約を白紙にしアベル殿下と婚約をと言われた時だろう。
どうしてあの時、ゲーム通りに話を進める事に拘ってしまったのか。好きな人との結婚話だったのだ、喜んで受けるべきだったのだ。それを自分はこの世界はゲームだと、そう思って断った。
あのゲームでのローズマリーもアベルを愛していた。彼女は国王に決められたリオネルとの婚約に縛られてアベルとの恋を諦めていたのだ。……アベルを愛していたのなら、あの時に婚約話を受けるべきだったのだ。
――けれど、全てはもう遅い。
あの後叔父に王都の物々しい警備の話を聞いたにも関わらず、『予言』通りにならず王国の覇権を取れなかった事で追い込まれ、後に引けなくなったフランドル公爵達は公爵家の持つ私兵達を動かそうとした。それはすぐさま王家に知らされ事は露見した。……しかしまだ兵の場所を移動させただけだった為に公爵家は父の失脚だけで許された。
その、失意の中一気に老け込んだ両親と共に、ローズマリーは領地の片隅で一生そこで暮らす事になる。愛するアベルと離れて。
ローズマリーはその豪華な部屋のベランダから外を眺めた。生まれた時から暮らすこの豪華な屋敷とも、もうお別れ。アベルとも、もう会えない。
ローズマリーは不意に思い出していた。
……ああ、あの時もこんな気持ちになったわ。
前世日本で、受験の時期にこの乙女ゲームにハマり込んで周りが見えなくなり、成績が下がり両親にも泣かれ失望され追い込まれてしまったあの時に。
「転生して、『攻略本』ですっかり内容も分かっているこの世界で、今度こそ幸せになれると思ったのに、ね……。
結局、自分で何もかもダメにしちゃった。私、あの時となんにも変わらないんだなぁ……」
そう思うとまた涙が溢れた。……もう尽きたと思ったのに。暫くそのまま泣いていると、カタンッ……と音がした。
「……?」
あのパーティーから、この世界で友人だったはずの令嬢達からはなんの音沙汰もない。誰もかもが、ローズマリーから離れていった。
音がした方、窓枠を見るとそこには1通の手紙があった。
「ッ!!」
……誰から? もしかして、1番仲の良かった子から? それとも、まさかアベル殿下……!
そう思って慌ててその手紙を手にした。
『ローズマリー フランドル様』
それを見て、もうわざわざ『公爵』の文字を抜くなんて、と一瞬差出人に対して怒りにも似た感情が湧いた。しかし確かにそれは事実ではあるし今の自分にわざわざ手紙をくれたのだ。
そう思い、裏の差出人の名前を見るが名は記入されていなかった。
まあ確かに今の自分に堂々と名乗って手紙を出さないのかもしれない。……いえ、もしかしてコレは嫌がらせの手紙?
そう思ったら手紙を開けるのが急に怖くなった。
それでも急ぎの内容だったらどうするのと、思い切って開封してみた。
すると……。
そこには思いもかけない名前が書いてあったのだ。
◇ ◇ ◇
『レティシア コベール』
ローズマリーはゴクリと唾を飲みそう書かれた手紙をそろりと開けた。
そこには一通りの手紙の定型文と……、あるとても気になる一文。
『公爵令嬢の憂い、それも真実の愛を求めてのこの度の事態にとても心を痛めております』
――というもの。
封筒の宛名には敢えて『公爵』の名は抜いているのに、ここにだけは『公爵令嬢』と書かれている。
……そしてこの一文。
あの子爵令嬢は『公爵令嬢の憂い〜真実の愛を求めて〜』の乙女ゲームを知っている――?
愕然とした。……この世界に転生したのは自分だけでは無かったということか。
もしや、この子爵令嬢が何かをしてゲームの内容が変わったのでは? ……一瞬そう思ったが、あの子爵令嬢の立場で運命を変えることは出来なかっただろう。それは、この数日間考え続けて分かっている事。
だけど、あの子爵令嬢は転生者に違いない。自分をあの騒ぎに巻き込んだローズマリーを恨んでいるということ? しかし手紙にはそのような恨み言は何も書かれてはいない。それにあの子爵令嬢は今現在リオネル殿下の婚約者となったはずだ。しかも、あの帝国の公爵の『養女』となって。
今となっては子爵令嬢が勝ち組となった事は口惜しいが、コレは自分が招いた結果。感情を押し殺し手紙を最後まで読んでいると……。
『私の実の両親は深く愛し合い父は母と一緒になる為にその立場を捨て、2人ひっそりと暮らしていたそうです。父は事故で亡くなりましたが、母は父をずっと愛していました。そして今の私の新しい父は、想いは言葉にして相手に言わないと伝わらないと強く仰います。今はただ、伝えたい事を伝えてみるべきではないでしょうか。お相手もただ一歩を踏み出せず悩んでいらっしゃるのかもしれません』
コレは……、アベル殿下に今の私の想いを伝えるべき、と言っているの?
そんなの無理だ。何より今の自分からアベル殿下に手紙を届けてもらえるはずがない。
そして手紙の追伸を見ると、そこには明日の同じ時間遣いの者がお手紙を預かりに参ります、と書いてあった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ローズマリーは自分の過ちにやっと気付きました。そして何もかもを諦め泣き暮らしていました。
ローズマリーの叔父は国から兄家族を領地でほぼ幽閉する様に命令されています。公爵家嫡男であった幼い甥をいつか落ち着いた頃に王都に呼び出し、教育を受けさせてやりたいと考えています。




