恋の行く末 1
……クライスラー公爵が出発してからの2週間、レティシアはリオネルとの交流を深めながらも帝国へ出発する為の準備に追われた。
ミーシャの実家ベルニエ侯爵家と彼女の婚約者のラングレー公爵家からアドバイスをもらいつつ忙しくも和やかに時を過ごした。
「……それではレティシアお嬢様。今から子爵家に帰りますのでこちらに……」
あれから、レティシアにはクライスラー公爵から付けられた護衛と侍女ハンナがいる。護衛は3人体制、ハンナはほぼレティシアに付きっきりである。
「……ありがとう、ハンナ。貴女がいてくれて心強いし帝国のしきたりなど教えてもらってとても有難いのだけれど……。ハンナは元々クライスラー公爵の侍女だったのよね? 今更だけれど、私の為に残ってもらって大丈夫だったの?」
「勿論でございます。私は畏れ多くも公爵閣下より大切なお嬢様であるレティシア様の事を任された事を誇りに思っております。私の命にかえても、お守りいたします」
そう真剣な顔で答えてくれるハンナだったけれど、その言葉の重さにレティシアは驚く。
「命にって……。私の為にそんな事までしてはダメよ。貴女はあくまでも仕事なのだから、普段は自分の事を1番に考えてね」
ハンナにとってはレティシアに仕えてくれるのはあくまでも仕事。勿論、公爵にレティシアを守るようにと命じられている以上それも仕事の一部なのだろうけれど、命までかけるのはどうかとレティシアは思った。まあ、ただの言葉のあやなのかもしれないけれど。
ハンナはただ静かに微笑んで、子爵家へと帰る準備をしてくれた。
◇ ◇ ◇
今、コベール子爵家は物々しい雰囲気に包まれている。
なんと言っても、王国から派遣された衛兵が屋敷を囲むように警備をし、屋敷の中では帝国の護衛を中心に守られている。
……何やら、ものすごく仰々しい重要人物でもいるかのような雰囲気なのだけれど……!
確かに王太子殿下の婚約者なのだけれど、コレは大袈裟過ぎるのでは……?
レティシアはそう思いながらも彼らに微笑みながら部屋に戻る。コベール子爵夫妻も少し居心地悪そうに迎えてくれる。
「……何やら慣れないからか落ち着かんな……」
「……貴方。これはレティシアの為に陛下とクライスラー公爵閣下が付けて下さった警備なのですから、有難いと思いこそすれそのように思う事など失礼ですわ」
コベール子爵夫妻のこのやり取りもここ最近何度も見る光景だ。2人ともなんとかこの状況に慣れようと努力しつつ自分達に言い聞かせているかのようだった。……本当に申し訳ない、とレティシアは思ったがここで謝るのもやめてくれと何度も言われているのでとりあえずグッと我慢する。
そしてここ最近気になっていた事を聞いてみた。
「お父様。……あの、フランドル公爵家はあれからどうなったのかご存知ですか? 王宮の方やミーシャ達は教えてくれなくて……」
レティシアは、おそらく同じ日本からの転生者であるローズマリーの事が気になっていた。
日本人だった自分達から見て、『公爵令嬢の憂い〜真実の愛を求めて』という乙女ゲームの世界だと思えるこの世界。その内容の全てを知っていて『予言』していたと思われるローズマリー フランドル公爵令嬢。彼女が主役であるはずのこの世界、しかもそのゲームの流れを知っていたはずなのにそのローズマリーがバッドエンドを迎えてしまった。
レティシアも卒業パーティーでその前世を思い出したが、前世では受験期に入った為王道ルートしかゲームをしておらず、バッドエンドで実際ローズマリーがどうなるかは全く知らないのだ。
……今のこの状況で処刑なんてあり得ないし、最悪『修道院行き』なのかしら……。リオネル様もミーシャ達も私に気をつかってか全く教えてくれないのよね。
元日本人同士として話がしたいと思うけれど、今の彼女には迷惑なだけなのか、それとも今彼女に何かしてやれる事があるのかをレティシアは考えていた。
……おそらくただゲーム通りにしようとした単純な考えだったとはいえ、リオネル様を傷付け自分を階段から突き落としたりした事は本当は許せないけれど。
レティシアがローズマリーと関わったのは集団でレティシアを呼び出した時と階段から落とされた時くらい。しかもそのどちらもローズマリーがほぼ一方的に一言話していただけで会話などではなかったが……、彼女に対してレティシアが感じた事は彼女の内面の『幼さ』。言い方を変えれば『幼稚さ』だろうか。
幼い子供が自分の思い通りにする為に駄々をこねる状態。彼女は筆頭公爵家令嬢という肩書きと美しさ、そして『予言』の神秘性とでそのまま内面は成長しないまま大きくなった、という感じだろうか。
レティシアはあのパーティーの日から、徐々に色んな前世を思い出していた。
……学生時代によく似た事を主張していた同級生の事も。
あの同級生の考え方や何かというと『証拠』の要求をしたりするやり方など、ローズマリーの事を考えていたら何故かその同級生を思い出したのだ。……それに彼女は乙女ゲームの『攻略本』を持っていてゲームをずっとやり込んでいたようだった。受験期であったけれど。
ゲームの世界に転生し、その主要な登場人物が前世身近な人だったなんて事があり得るのかは分からない。
それにレティシアは今までこの世界で自分で考え悩みながら生きてきた。今生きているここは、現実。苦しみも哀しみも……喜びも。父アランが母ヴィオレと出逢い恋に落ちた事や、その後今の父である伯父コベール子爵が私を守ってくれた事。そして、リオネル様を好きになった事。……全ては現実。
決してゲームの決められたストーリーではなく、みんながそれぞれ思い悩みながらも行動し生きてきたのだ。
フランドル公爵令嬢が、前世の自分の知っている同級生かは分からない。だけど彼女はこの世界がゲームだと、そう考えここで懸命に生きる人達を蔑ろにしているように思える。
乙女ゲームが終わりフランドル公爵令嬢にとってはバッドエンドとなった今、これから彼女が『攻略本』なしにどうやって生きるのか。同じ日本人として、そんな話をいつかはしてみたいとも思っていた。
レティシアの問いかけに、コベール子爵は少し言いにくそうに答えた。
「大臣方の協議の結果、フランドル公爵家は『不敬罪』『王太子リオネル殿下に対する長年に渡る名誉毀損』……そして『反乱罪』で処罰される。領地を一部国へ返納し、厳しく屋敷の監視をされる事になると聞いている。
……実はこれは内密の話だが公爵は私兵を集め何事かを起こそうとしていたのだ。この緊張状態にあって王都の警備を厳しくしていた衛兵にすぐに見つかり露見したがね。
本来お取り潰しになってもおかしくないのだが、まだ私兵を集めかけただけの段階であったし辿れば王家とも繋がりのある伝統ある公爵家だ。その為現在爵位を持っていない末の弟殿が公爵になられる事でなんとか継続される事になったのだ。
……王宮の方々は、レティシアに負い目をおわせてはいけないと気を使って下さっているのだと思うよ」
「はい。そう思います。……あの、ローズマリー様は……?」
恐る恐る尋ねると、子爵は困ったような顔をした。
「フランドル公爵令嬢は、おそらくご両親と共に領地に行かれるのではないかな。……ご令嬢の事が、憎いのかい?」
「全く何も思わないと言えば嘘になりますけれど……。憎んではおりません。そして……ローズマリー様は、アベル殿下と仲が良かったかと記憶していますので、お2人はどうなるのかなと……」
憎んではいない。……というか、フランドル公爵家側から憎まれているのはレティシアなのではないか? こちらは全く何も悪い事はしていないとは思うけれど。
「アベル殿下はご結婚が決まったそうだ。まだ学業がおありになるが、正式に決まれば近々お相手の国へ行かれるらしい」
「お相手の、国? 外国へ行かれるのですか? ……まさか、帝国へ?」
そこでアベル殿下とバッタリ会ってしまったら、なんだかバツが悪い。……いえ、アベル殿下とは知り合いでは無いし、とにかくレティシアは何も悪い事はしていないと思うけれど。
そんな微妙な表情を読み取った子爵はすぐさま教えてくれた。
「いや、お相手はドール王国の次期女王陛下だ。アベル殿下は畏れ多くも『王配』として迎えられる。おめでたい話なのだ」
「ドール王国……」
えーと、この世界の地図の隅っこの小さな王国だったわよね? 確か実りは少なく海に面しているけれど断崖が多く漁に出られる港は僅か。先の戦争ではそのお陰で戦火に巻き込まれなかったと言われている。
この豊かなランゴーニュ王国の王子から実りの少ない見知らぬ離れた小さな王国の王配。
しかも、ローズマリー嬢と恋人だったのよね? 幾ら彼女の公爵家が酷い状態だとしても別れてそこに行こうと思うものかしら?
「アベル殿下はそのお話を……」
心配そうに問いかけたレティシアに、子爵は答える。
「ご本人は乗り気では無いと聞いている。だからまだ正式な発表はされていないが国王陛下の決めた事を覆す事は困難だろう」
それを聞いたレティシアはなんとも言えない気持ちになる。子爵夫妻も、困った様子だった。
「……畏れながら。レティシア様に……王家に対して反乱ともいえる行為をしたフランドル公爵家や不貞を働いたアベル殿下と令嬢の事を皆様が気にかける必要は全くございません」
そうきっぱりと言った元クライスラー公爵の侍女ハンナに、子爵家の人々は曖昧に頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
帝国へ行く準備が着々と進む中、同じ転生者であるローズマリーの事が気にかかるレティシアです。
そしてフランドル公爵は、あれから兵を動かそうとしてすぐに露見し失脚していました。




