教会
「結構急ぐんだな」
「ああ、行きたいところがある」
「それはさっき済んだんじゃないのか」
「ん? なるほどな、あいつらのことか。それとはまた別だ」
早歩き気味になったハルトに足並みを合わせて、その一歩後ろを続いていく。うっかりすると遅れそうなので、当分は歩くことに集中することにした。
「ここだ」
「ここは……教会か」
ハルトが急ぎ始めてから程なくして、目的の建物に着いたらしい。
相変わらず木作りの素朴さが窺えるが、窓はステンドグラスのように着色されており、高い屋根の上には金属で作られた不思議な形の装飾がなされている。恐らくは教会であること、信仰する神が何であるかを示すためのマークなのだろう。
それ以外にも所々に凝った模様などが彫り込まれており、一種の神々しさを醸している。かなり手をかけて作られたことが容易に想像できた。
この村の中ではかなり大きな建物だと思う。少なくともここまで見た中では一番に大きい。外周を回るのに1分以上掛かりそうなほどだ。
教会という立場なら、不慮の事故等で身寄りが無くなってしまった子供の保護や、霊安室的な役割をこなすためにはこれくらいの大きさが必要なのかもしれない。
これ以上の大きさの建造物は見慣れているはずなのに、どうやら一日かそこらで人の感覚は狂うらしい。
「入るぞ。親父と鉢合わせはしたくない」
「そうだな」
ぼうっ、として見とれているところを急かされ、ハルトに続いて扉を開ける。
ステンドグラスから射し込む控え目な光が辺りに満ち、その静かな雰囲気がより神聖さを際立たせる。外より少し薄暗い筈なのだが、不思議とそんな気はしなかった。
中央から奥の祭壇に向けて真っ直ぐな道があり、その両脇には均一にベンチが並べられている。良くイメージする礼拝堂のそれで問題ないだろう。
ハルトは中央の道をつかつかと迷いなく歩き始めていた。その先には膝を折って座り込んだ人間が一人、祭壇に向けて深く祈りを捧げている。
「あー、祈りの途中すまないが、少し良いか」
祈っていた人間はその声に気付いてゆっくりと立ち上がり、振り向いた。
その顔を見て、これがアンドルフさんが言っていた教会の綺麗な少女なのだと一瞬で察しがついた。繊細そうに輝く長い金髪に、見て分かるほどに長い睫毛。鼻筋はスッと通っていて、垂れ気味の目は青く輝いている。
優しげな雰囲気はアデーラさんのそれに近い。立ち上がると身長はかなり高く、俺やハルトの鼻までありそうだ。黒いローブのようなもを纏っているが、その上からでも胸や腰回りの体のラインがゆったりと出ていて、似合う言葉ではないのだろうが扇情的だ。
ある程度年上のようにも思えるが、ハルトが気になっているらしい辺りそう離れてはいないのだろう。
「おや、クリフハルトさん、今日は早いのですね」
「親父に急かされてな」
「まぁ。でも、貴方が来てくれるのは、私は嬉しいです。アデーラさんに言っておきましょうか?」
「いい、やめてくれ。親父にバレるとまた面倒だ」
「ふふ、では、秘密ですね」
居心地悪そうにこちらに目を逸らしながら、ボリボリとハルトが頭を掻く。助けを求めているなら俺はゴメンなのだが。
見た目通りの柔らかく耳に心地良い声に、笑うときの右手を口元に持って行く仕草、言葉選びや口調など、恐らくは全部天然でやっているのだろう。
ただ、それら全てがあまりにもハマりすぎていて、なんというかこう、とてもクる。ストライクゾーンのど真ん中をぶち抜いてくる感じだ。
これを最も的確に表現するなら、きっと一番当てはまる言葉は「魔性」だ。
ハルトが色々言われるのも頷ける。女慣れしていないのなら、一度は心奪われること必至だろう。勿論俺も慣れているわけじゃないので、1回ドキッとしたのだが。
「そちらの方は?」
「うちに泊まってる旅人さんだ。ここと同じ神様を信仰しているらしい」
「それは嬉しいです。初めまして、ニルデと言います。貴方に導きがありますように」
「こちらこそ、マコトと言います。以後お世話になることがあるかもしれません」
ニッコリと微笑まれて、恭しく会釈されたのでこちらも返しておく。所作から感じる気品は中々のものだ。付け焼き刃でこうはならない。
「それで、今日は?」
「少し、外に出る。その前に一度祈っておかないとだからな」
「とても良い心がけです。でも、やはり外は危ないのでしょう? あまり特別な理由が無い限り止めといた方が……」
「心配は要らない。それに、危険だからここに来たんだ」
「言ってもやめないのは分かっていましたが、でも危険なことばかりやってるといつか怪我をしますよ?」
「じゃあ怪我しないように祈ってくれ」
むー、と頬を軽く膨らませるものの、ニルデは道を譲るようにして案内を始める。祭壇の手前まで来て、ハルトが左膝を曲げてしゃがんだ。真似をして片膝立ちでしゃがみ、両手を胸の前で組む。
あの女神に祈るというのは何というか癪だし、実際アイツから見れば滑稽なことではあるのだろうが、一応真剣に祈っておく。
自分では忙しいと言っていたが、あの野郎のことだ、時々どこかで見ているに違いない。
ハルトの隣でニルデも祈っているらしく、ただただ静かな時間が流れる。
どれくらいの時間が経ったのか、隣で軽い衣擦れの音が聞こえて顔を上げる。ハルトの方は祈りを終えたらしく、それに続いた俺、少し遅れてニルデが顔を上げた。
「行くのですね」
「ああ」
「あなた方にミラ様の加護がありますよう」
またも深く礼をするニルデを後ろに、教会を出る。村の外へと続く道に戻り、ある程度教会から離れたところで口を開いた。
「あれがアンドルフさんが言ってた美人の娘って人か?」
「親父はそんな紹介をしたんだな。そうだよ、合っている」
「結構長い付き合いなのか」
「まぁ、そうだな。ずっとちっさいガキからの付き合いになる」
俗に言う幼馴染みってやつか。異性の幼馴染みというのは中々珍しい。実際、そういった存在が欲しいと思うやつも多そうだ。
持っているやつに言っても、得てして姉や妹のように「実際はゴミだよ。要らない要らない」と返されるのだろうが。
人は無い物ねだりをする生き物だ。もう一度生きたいというのは、どれ程欲深い願いなのだろう。
「小さい頃から、ずっと教会に居たのか?」
「ニルデのことか? そうだな、俺と初めて会ったときは既に教会で生活してたな。どうしてそうなったかはわからない。あいつ自身も覚えてないらしい」
「そうか」
「親父がこうもイジるのは、思い出すからなんだろうな。元居た場所に似たような関係のやつが居たのかもしれねぇし、もしかすると羨ましいのかもしれねぇ」
「はは、まぁそうだったところで口が滑っても羨ましいとは言わなさそうだがな」
「違いない」
話をしながら、今の今まで元の世界の家族や友人のことを一切考えなかったことを、思い出していた。
一年間病院から出ていなかったから、仕方の無いことだと言えばそれまでだ。だが、自然にそういったことが思い浮かばない人間は、どれだけつまらない人間なのだろうか。
満足して死んだとほざいた癖に、やはり思い出すのは後悔ばかりだった。