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探索

 剣を抜き、獲物を中央に見据える。正面、木の合間の先で3匹群れるそれは、大きなイノシシだった。

 確かアンドルフさんが言っていたボアというやつである。危険は少なく家畜として飼うこともあるらしいのだが、その大きさは俺の腰ほどまであるだろう。体当たりされればひとたまりもない。

 それぐらい躱せ、ということなのだろうか。


「あいつらはこっちに気づいたら一直線に突進してくる。できるだけ木の近くで待ち構えろ」

「お前は?」

「まず矢で一匹仕留める。お前も一緒に前に出て一匹注意を引いてくれ。そこからは一人一匹だ」


 それぐらいはできて当たり前だろ? という様子で話しかけてくるので、軽い不安を振り切って頷く。

 いわばこちらに突進してきたら引きつけてから木を挟むようにして避ければいいのだ。それができないほど鈍くさくなってる訳ではない。


「いくぞ」

「ああ」


 ハルトが弓に矢を(つが)え、ゆっくりと弦を引いていく。数秒、狙いを定めるための静寂が訪れて、それを放たれた矢が破った。

 高い風切り音と、遅れてやってくる重い命中音。何かが倒れる音と共に、互いに動き出す。


「命中。右のを任せる」

「了解」


 突然付近にいた仲間がやられて混乱しているボア達に、大きく弧を描く様に迫る。

 どうやらハルトの方は既に気付かれたらしく、落ち着いて立ち止まり牽制しあっていた。仲間がそちらを見た事に注意を取られ、俺が仕留める方はハルトの方を向いている。

 そのまま近付けそうだな。

 より速く足を動かし、距離を詰めていく。斬るよりかは突き刺すほうが良いだろうと、剣を逆手に持ち替えた。

 間合いまであと数歩。剣を振り上げようとしたその瞬間。

 ボアが気付き、こちらの方を向く。が、それなら先に動いているこちらの方が速い。寧ろ急所に突き立てやすくて好都合だ。

 勢いを緩めずそのまま両手を振り上げる、が。

 ボアがノーモーションで突進してきた。


「うおっ!」


 咄嗟に重心をずらして横に飛び、転がる。体をもう1回転させて起き上がると、ボアは近くの木に突っ込んで頭を振っていた。

 よく見ると牙がその幹を深く抉っている。危なかった、相手が準備をしておらず初速が遅かったからこそなんとか躱せた。

 恐らく、最高速を出されたら当たっていただろう。

 こちらを見失っているうちにまた背後から近付き、今度こそと剣を振り上げる。

 そして、振り下ろした鋭利な先端は図太い首の根本に埋まった。少し硬い感触と共に、ゴリゴリと重い音が鳴る。

 引き抜くと、大量の血が穴から溢れ、毛と皮を濡らして滴った。

 その巨体が倒れるのを見届けてから、剣を思い切り振って血を払う。ねっとりとした血は少ししか飛んでくれず、刃には生々しい赤色が残っている。

 後で拭き取らねばならないだろう。


 そうして歩き始めようとした瞬間、一際心臓が大きく鳴るような感覚に襲われた。

 不思議に思って体を動かすと、何やら力が漲ってくるような気がする。

 ああ、これがこの剣に掛かった加護の効果か。

 まだどれほど強くなっているかわからないが、明確に実感できる感覚は良い。癖になりそうだ。


「どうした。どこか怪我でもしたか」

「ん? ああ、いやそういうわけじゃない。大丈夫だ」


 自分の体をまじまじと眺める俺を不思議に思ったのだろう。もう一匹の方を倒したらしいハルトが戻ってくる。


「倒したボアはどうするんだ?」

「持って帰る事もできるが、食べるとして野生のは臭いぞ」

「敢えて食べる理由もないか」

「そうだな」


 ボアの死体には手を付けず、そのまま別の獲物を探して歩き始める。

 手持ち無沙汰なので、疑問に思ったことを聞くことにした。


「なぁ、狩りについてだが」

「どうした。食べないなら殺すなとでも?」

「いや、そういう訳じゃない。ただ、お前らよく狩りをするんだろ? 食べる物に困っていないなら、する理由は無いんじゃないかと思ってな」

「なるほどな」


 そう言葉を切って、ハルトは腕を組んで考え始める。その様子は答えを迷ってる感じではなく、言葉を選んでるような感じだった。


「まぁ、お前と一緒だよ」

「どういう意味だ?」

「ただの練習、遊びに近い。幾らこの周辺は安全とはいえ、いつ村が襲われるかわからない。その時に男である俺達が何も使えません、じゃあ話にならないだろ」

「村が攻められる事なんてあるのか」

「そう聞くだけだ。お前が忘れてるだけかは知らないが、旅人が旅をする理由なんて、村が滅ぼされて生き延びてきたという理由が殆どだぞ。安全な場所を自分から飛び出してきた奴なんてそうそう居ない」


 ダグダの村は相当平和に見えるが、それは珍しい事なのかもしれない。

 ある程度広く、祝福の掛かった土地に多すぎない人口だからこそ、飢えもせず危険に晒されてもいないんだろう。

 モンスターノートを見ると、十人集まってやっと倒せるようなバケモノが外を闊歩してて当たり前なのだ。食料を得るために日々外に出ていたら命がいくらあっても足りない。

 と、考えていると小さな黒い影が目の前を横切る。小さく声を出して仰け反った。


「どうした」

「わからない。なんか虫みたいなのが目の前を通った」

「虫? 咄嗟に手を出したか?」

「いや。避けただけだ」

「なら、いい。できるだけ動くな」


 時折聞こえる虫特有の耳障りな羽音の元を探しながら、ハルトと固まるようにして立ち止まる。


「どうしたんだ」

「バトルビーの縄張りに入った。刺激しないように出るぞ」

「蜂が縄張りなんて持つのか」

「巣の周りはな。一度刺激すると巣からワラワラ出てくる。面倒だ」


 ああ、そう言えばノートにも巣の周りは非常に危険と書いてあった。歴戦の戦士でも対処できなければ殺されるらしい。

 そうして、俺達の目の前に羽音の主は立ち止まった。

 デカい。それはもうデカかった。全長は手の平よりは明らかに大きい。下手すると顔ぐらい大きいかもしれない。

 こんなのに刺されたら終わりだ。なんとかショックとかいう奴で絶対死ぬ。

 睨み合っていると、また別の羽音が聞こえてきて、もう一匹目の前で浮遊し始める。仲間を呼ばれているのだろうか。

 不安になりつつも動かずに相手の反応を待っていると、唐突に一匹があらぬ方向へと全力で飛んでいった。その瞬間にハルトが背負っていた弓を構えて撃つ。


「クソッ! 外したか!」

「どうしたいきなり」

「仲間を呼びに巣に帰られた。やるしかねぇ!」

「逃げることはできないのか」

「目の前のこいつどうにかして余裕あったらな!」


 戻らなかったもう一匹の方を見ると、警戒しているのか左右に揺れながら飛んでいた。背中の剣をゆっくりと抜き、正眼に構える。

 こちらが睨み合っている間にハルトが弓を撃った。だが蜂の鋭角な動きは捉えづらいらしく、矢がその体を貫くことはない。瞬間、好機とばかりに蜂が迫る。隙の大きな攻撃ではダメだ。懐に潜られるとハルトも弓が撃てなくなるだろう。なら。

 蜂がこちらのリーチに入った瞬間、大きく腕を伸ばし突きを放つ。だが、やはり反応は速く、潜り込むようにして脇を取られる。そしてそこで立ち止まり、狙いを定めて尻を上げた。

 そうだ、その瞬間なら躱すことはできない。

 後ろに残していた重心で、腕を手繰るように力任せに剣を振る。今まさに針を突き刺そうとしていた蜂の体は二つに割れ、それぞれが地に落ちた。


「やるな」

「それほどでも。で、どうする。逃げられそうか」

「いや、無理そうだ。恐らく追いつかれる。村に大群を連れ込んだり逃げてるうちに他のモンスターとかち合う方がマズい」

「あれの大群だぞ。対策はあるのか」

「ああ。剣の刃をこっちに向けてくれないか」


 言われたとおりハルトの方へ軽く切っ先を向けると、軽く手をかざして何かをぶつぶつと唱え始めた。不思議に思いながらも待っていると、ボッという音と共に剣を火が包む。


「うぉっ、なんだこれ」

「祈祷や祝福の一種だ。虫には火が効く。悪いがお前に触れても熱いから気をつけろよ」

「おう」


 そう言ってハルトは自分の小剣と矢にも火を灯し始める。何を燃料に使っているのかはよく分からないが、不思議な力だ。祝福やら加護やらが重要視されているのも頷ける。今朝の教会に行った事だって、これのためなのかもしれない。


「よし、準備完了だ。来るぞ。取り敢えず襲われそうになったら適当で良いから振っておけ」

「了解」


 弓を構えるハルトの斜め前に立ち、剣を構える。少しずつ小さく連なる大群の羽音が聞こえてきた。

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