40.騒動の顛末
「‥‥姫様」
「マール?‥‥あれ、グリエタいつの間にいなくなってたんだ?」
兄は相変わらずですね。和みたいのはやまやまですが、ひとまず無視します。兄に付き合っていたら話が進みやしないので。
「おめでたい日を前に、何の騒ぎなのです」
私は母を睨み据えました。その視線を遮るように進み出る剣士。確かに話しかけた相手は彼ですが、何やら苛としました。
「殿下が、私を妃殿下の護衛に回したい、と」
「?どういうことです?」
「それがさ、聞いてよマール」
無視していたのに食いついてきたのは兄でした。おや、基本能天気な兄には珍しいこの表情は、怒りでしょうか。まるで迫力はありませんが、似合わない義憤に駆られているようで、憤懣やるかたないというように兄は続けました。
「カントゥータがやっと話してくれたんだけどさ」
義姉の名を、実は初めて兄の口から聞きました。意外と仲良くやっていけているようで安心しました。
「カントゥータの親王様が酷いんだよ」
「寝首をかくようにとでも言われていました?」
「そうなんだって」
‥‥しまったどうしましょう。冗談のつもりだったのですが本当だとは。やりかねないとは思っていましたが。
「だって、呪いはどうなるのです?」
他人の血を流すことを厭うのは、誰もに等しく刻まれた呪いです。ましてや義姉は王族に生まれたもの、その手を汚すことなど基本的にはありえないのではないのでしょうか。
「だから、命じるだけならできるじゃないか。それもひどいと思うんだけどさ、しかもさ、失敗したらどうなるかとかって脅されているっていうから」
「だからと言ってクエントをわたくしから引き離すなどと‥‥!」
あぁ、そういうことですか。
「それで、護衛ですか。そうですね、師はこの国一番の剣士ですものね、非常に理にかなっていますよね」
「彼はわたくしの‥‥!」
「母君は黙ってください」
師の影から顔を出していたので冷たく見据えると、蒼白なまま黙りました。いちいち癇に障るのですよ、母の声は。
「おそらく脅しだけでしょうけれど、せめて他国からの客がいる間だけでも、警戒するのはいいでしょうね」




