39.騒動
兄の成婚の儀を翌々日に控えたその日。当然のようにわが婚約者様との時間を取らされていた私のところにその報告がなされたのは、昼下がりでした。
「申し訳ありません、マール様」
私の前に膝をついたのは兄の騎士。焦っているだろうに相変わらず表情には出ていません。ただ、兄の身を案じているのだけはよくよく分かります。いつもどっしりと落ち着いているのが、今すぐにでも駆け出したいように脚に力が入っておりますので。
私はと言えば、口元が引くつくのは仕方のない事でしょう。
「‥‥また兄殿下が逃げ出されたのですか?」
流石に我が国の恥部を晒すわけにもいかず、婚約者様の客間から暇を告げて、私と兄の騎士とはダンスホールに向かって足早に歩きながら会話をしました。
「あ、いえ、そうではありません」
「違うのですか?それでは私が必要な事態とは一体‥‥」
兄の騎士が兄の傍を離れて私に声をかけるだなんて、ほかに思いつかなかったのですが。
「‥‥王妃殿下が」
「‥‥母君がどういたしました」
ここ数年、個人的な会話などしていない私と母とは違い、兄と母とは特別悪い関係ではなかったはずですが、何事があったのでしょうね。
「アダス殿のことです」
「‥‥師のことで?
何が何やらまるで分かりませんね‥‥まぁいいでしょう。現場で考えます」
本当に言葉が足りないのですよこの男は。
「それで一体何事ですか見苦しい」
ダンスホールの扉の前に群がっていた雇用人たちは散らし、中に入って私は低く一喝しました。
兄はきょとんとしていました。何事が起ったのかまるで理解していないのでしょう、何だかもう兄はこのままでよいような気がします。母は蒼白で兄に食って掛かっていたようでした。母の剣士は少し離れた場所で手を出しあぐねていたようです。しかもこの、我が国のあまり誇られないような場面にどうして義姉までいらっしゃるのでしょう。兄に寄り添っている‥‥ように見えますが、心中は読めません。
けれどこれだけ見ても何事が起ったのやらさっぱり分かりませんね。
「‥‥師よ。一体何事です」
一歩引いているように見える、かの剣士に近付きました。ほかの面々は突然現れた私に驚いて、一時ダンスホールの時間が止まったようでした。




