37.義姉と
「‥‥どうされたのですか」
ぼんやりとした義姉をぼんやりと見つめていたら、やはりどこかぼんやりと、声をかけられました。しまった、押しかけたのはこちらだというのにぼうっとしていました。
「特にどうということもないのですが、お話ができないかと思いまして」
いつもの通り、私の顔には張り付いた笑顔。
「‥‥お話、ですか」
「はい。私の侍女の淹れるお茶はそれはそれは美味しいのです」
義姉はやはり薄ぼんやりと、ようやくわが姫を認識されたようでした。あぁ、とかはぁとか、口の中で何かを呟かれたようですが、さっぱり聞こえてきませんでした。それでも私の強引なお茶のお誘いを受けてくださることにしたらしく、私は初めて義姉の客間へ通されました。
かちゃりかちゃりと、小さな音が部屋に満ちる。
ぼんやりさんでも味のよさは感じたらしく、義姉がちょっと驚いたように目を見張ったのが印象的でした。すると幾分印象がはっきりと表れました。そうか、ぼんやりした印象は、目が細いせいだったのですね。
「‥‥お話、とは」
それにしてもぼそぼそと話されるかたですね。
私はちょっと首を傾げて見せ、それからにこりと微笑みました。
「お微笑いください」
と、私は兄の妃となるひとに言いました。
「楽しくなくても。幸せでなくても。それを表に出すことないよう。
仮面でいいからお微笑いください」
もちろん、嫁を不幸せにするような兄なら私が殴りに行きますけれど。
義姉はきょとんと私を見ました。うん、やはり虚を突かれたときの表情は、別に薄ぼんやりとしていない。つまり私が笑顔の仮面を被るのと同じということでしょう。
「兄殿下はあぁいうかたですから、感情をただ殺すのではお互いによい結果にならないのではないかと思ったのです」
「‥‥つまり、それは」
「あのひとは多分、仮面の笑顔でも怒りはしませんよ」
そのとき義姉の表情を彩った感情は何だったでしょうか。怖れ・怯え・怒り・あるいはそれら全てで、また全く違うもの。
「この国で貴女を損なうものはありません。もともとの同盟国ですから政治的な云々はそれほど期待されていませんし、むしろ貴女が不幸がるほうがよろしくないと思います」
義姉はやはりすべてを押し殺しましたが、それでもぎこちなく唇を歪めました。
「‥‥それは忠告なのかしら」
似たような笑顔を私も浮かべました。
「そのようなものかもしれません」




