36.押しかける
「さて」
夕食後、一旦自室へ戻り、わが姫にもひとこと申し上げ、私は客間へ向かいました。
「どんなかたなの、そのお姫様は?」
わが姫は無邪気に首を傾げられます。ちなみに、自室以外でも私とわが姫が揃っているときは誰も注意を寄越さないことになっています。隠遁ではありませんので存在に気付かれないほどではありませんが、私やわが姫が何をしても、余程でなければ見過ごされるような設定にしてあります。ですので、侍女姿のわが姫に対して、私が仕えるような言動を取っても誰も気にしません。
「そうですね。覇気のないかたですね」
「え。‥‥それは‥‥えっと‥‥」
端的に申し上げたところ、困ったように微笑まれました。
「兄との結婚が嫌だという感じではないのですけれどね」
どの程度が余程にあたるのか、設定した私自身でも分かりませんので、わが姫にお茶道具のカートを押させてしまっているのが心苦しいのですよね。楽しそうにしていらっしゃるのでまぁ、よいのかもしれませんが。
「いろいろと、諦められてはいるようですね。
それは構いませんが、表に現れてしまうのもどうかと思いまして」
「エンって意外と世話焼きよね」
お節介かもしれないとは、思っています。
「要らぬ世話ならそれはそれで、構いませんけれど。‥‥あ、ここですね」
いかな客室でも、半年も逗留されていれば、それなりに生活感というものが現れてくるものですね。
というより、そういえばいつまでお客様扱いなのでしょうね。お客様、というか、余所者といいますか。少し気になりますね。明日にでも父に訊いてみましょう。本来気にすべきは兄だと思いますが。
「‥‥妹姫、様?」
「はい。エン(マール)・クルスです。
食後のお茶をご一緒できればと、触れは出させていただいていましたが‥‥」
おつきのかたに声をかけて、待つことしばし。
「‥‥足を運んでいただき、申し訳ありません」
迎えてくださった近い未来の兄の妃は、相変わらずどこかうすぼんやりとなさっていました。




