22.解
「‥‥宵闇のエンの、名において‥‥」
呟きました。もちろん何も変わりません。夜は夜のまま、星が空で瞬いています。
ところで先ほどから何かが気にかかっています。何だったでしょう、先ほどの中庭の出来事が、その何かが、記憶を刺激します。思い出すだけで不快なのは間違いありません、けれどその不快感は、いつも母と剣士の並びを見るときのそれと、同じようでまた違うようで、もやもやと落ち着きません。そしてそれがまた不快極まりない。
ところで私は何故、こうまであの剣士を厭うのでしょうか。
私の信じる騎士の道にもとるというのは間違いありません。けれどそれだけでしょうか。正直、生理的に嫌悪すら覚えます。剣の師としては申し分なく、見目も麗しいほうで、えぇ母との並びはそれはそれは絵になるのでそれも腹立たしいのですが、ですがそれは何故なのでしょう。
「‥‥クエント‥‥」
彼の名です。口にするだけで何か不快です。物語。己は主役だとでも言いたいのでしょうか。
しばらくそうして、鬱々と黒々と考えこんでいましたが、不意に打たれたように私は顔を上げました。
目の前には、塔。封印の塔。無垢の鍵はすでに触れた。あとはキィワードがあればいい。
「‥‥宵闇の、エンクエントロスの名において!」
――あぁ、願いは成就します。
私は思い出しました。
何故あの剣士の存在がこれほど目障りなのか。
それはその名が、まるで宵闇の名を千切ったような名であるから。
それだけではこれほどの嫌悪を覚えはしなかったでしょうけれど、まるで今の私の名前と合わせれば宵闇の名になるかのような存在が、よりによって私の騎士の道にまるで反しているものだから。
そう、宵闇の名はエンクエントロス。
その名が塔の封印の鍵。
封印が、解かれる。
私は恍惚のままに、ぽかりと開いた塔の入り口をくぐりました。




